2017年12月17日日曜日

退出者 10 - 6

 リュック・ニュカネンは、顔を強張らせて立ち上がった。起立する必要はないのだ。だが彼は立ち上がって、局長に進言した。

「私の友人は、あまりお役に立てないかと思います、局長。」
「何故だ?」
「それは・・・」

 ニュカネンが躊躇った。ハイネは端末を出して、何かの画面を検索した。そして言った。

「アンナスティン・カーネルは妊娠したな?」

 えっ!!!! とニュカネンを除く室内の人間全員がハイネを振り返った。ニュカネン・ドーマーは真っ青になった。だが、何故局長が知っているのかとは尋ねなかった。遺伝子管理局は地球上の女性の健康状態を常に把握することが仕事の一つだ。産科・婦人科の医師は患者の情報を遺伝子管理局に報告する義務がある。患者の情報に関する守秘義務は、女性の妊娠に関する限り、無視されるのだ。アンナスティン・カーネルの主治医は彼女の診察結果を法律に則って支局に報告した。支局は当然ながら本部に報告して、局長のコンピュータにデータが入ったのだ。局長は父親の胎児認知届けが出ていない妊娠報告を受けることになっているからだ。しかも、今回の案件は、女性が未婚であることも問題となっていた。男性からの妻帯許可申請も、男女双方からの婚姻許可申請も出ていない。シングルマザーは法律違反とならないが、父親の存在を明確にする義務が地球人全員に課せられている時代だった。
 ニュカネンは観念した。彼は床に視線を落として告白した。

「私の子供です。間違いありません。」
「胎児認知届けがまだだ。」
「昨夜、彼女から告白されました。今日、支局に行くべきでしたが、出張所の最終チェックがありましたので・・・」
「提出するのは胎児認知届けだけのつもりだったのか?」

 ハイネの質問に、ニュカネンが顔を上げた。リプリー、ケンウッド、クーリッジ、ベイル・ドーマー、それにレイン・ドーマーがリュック・ニュカネン・ドーマーに注目した。
ニュカネン・ドーマーは全身を硬直させた。そして声を固くなった喉から搾り出した。

「私はアンナスティン・カーネルとの結婚を望みます。妻帯許可申請と婚姻許可申請を出します。」

 ハイネ局長は頷いた。そしてリプリー長官を振り返った。

「それで、出張所のセキュリティシステムの設置に、予算はどの程度いただけますかな?」

 いきなり話が元に戻ったので、リプリーは混乱した表情で彼を見返した。

「ええっと、それはつまり?」
「クーリッジ保安課長がベイル・ドーマーと共に出張所に出向かれてセキュリティシステムの設置を見積もりされます。工事の監督はニュカネン・ドーマーが行います。ドームの外でのセキュリティシステムがどの程度のものか、局員達は知っています。ベイルは当然わかっています。市役所の職員の手助けは必要ありません。」
「ああ・・・それなら・・・」

 リプリーはケンウッドを振り返った。予算の検討は長官と副長官で行い、執政官会議で承認を取るだけだ。地球の事情に疎いコロニー人の学者達は、法外な値段でなければほぼ100パーセント承認を出すはずだ。
 リプリーは答えた。

「明日中に返答する。大まかな予想金額は今聞かせてもらえるかな?」

 それにはニュカネンが答えた。

「それは私からお答えします・・・」