2017年12月20日水曜日

退出者 11 - 1

 ケンウッドはローズタウンの中部支局の空港でニューポートランド支局から来る飛行機を待っていた。良いお天気で、彼自身気持ちの良いフライトを楽しんだところだった。そのままフロリダのマイアミ支局まで飛んで行きたかったが、待ち合わせの時刻が迫っていたので我慢して降りたのだ。支局で車の手配をして、コーヒーを飲みながら空を見ていると、ドームのジェット機が到着した。降りた客は数名で、そのうちの1人がケンウッドの待ち人だった。
 こんがり小麦色に日焼けしたユリアン・リプリーがにこやかに近づいて来た。

「やあ、ニコラス、待たせたかね?」
「20分ばかりね。」

 2人は半月ぶりの再会に握手を交わして互いの無事を喜び合った。
 リプリーは後半月で退官する。アメリカ・ドームの長官に就任して丁度5年経つのだ。彼は就任当初の約束通り、引退して研究者の道に戻ることを切望し、ケンウッドが続投を願っても聞き入れてくれなかった。そして月の地球人類復活委員会執行部で退職願いを出して通ると、ケンウッドに後任を譲る手続きをして、最後に退官する執政官の特権である半月の地球旅行に出かけた。
 彼は南北アメリカ大陸の遺伝子管理局支局巡りと言う、いかにも堅物リプリーらしい旅を選んだ。半月しかないので滞在期間は短かったが、支局職員達や支局長を務める元ドーマー、支局巡りをする現役局員達の現地勤務ぶりを見学し、地元の一般地球人の生活を観光した。決してお忍びではなかったが、お供を連れず、1人でスーツケースを持って現れた長官に、各支局の職員達はびっくりした。リプリーは決して親しみやすい人柄ではない。事なかれ主義で、規則厳守の堅物で、チクリ屋だ。しかし半月の地球旅行では、彼は人懐こい面を見せた。わからないこと、疑問に思ったことを遠慮なく質問し、珍しい風物に純粋に驚いた。受けた親切に素直に感謝を述べた。各支局に彼は好印象を残した。
 リプリーは時計回りに南北両アメリカ大陸を回ったが、最終目的地はゴールであるドーム を通り過ぎて、南の小さな学術研究都市、セント・アイブス・メディカル・カレッジ・タウンと決めていた。彼の任期中で一番大きな出来事が、遺伝子工学研究施設の監視を目的とする出張所開設であった。セント・アイブスの出張所は、その記念すべき第一号なのだ。所長はまだ30歳にならない若い元ドーマー、リュック・ニュカネンだ。彼はリプリー以上の生真面目な性格で学術研究都市内に睨みを利かせ、科学者達の暴走を防いでいた。所長就任の最初の1年間で24件の違反を摘発し、3つの研究施設を閉鎖させた。ほんの若造と侮っていた科学者達は痛い目に遭ったのだ。彼の優秀さに、最寄りのローズタウン中部支局も一目置くようになり、かつての班の仲間も彼の出張所に立ち寄る時は緊張感を持って現れた。それでも、彼は出張所で働く現地採用の職員達への面倒見が良く、部下達から信頼されている、と立ち寄った局員達から本部に報告が入ると、彼を所長に任命したハイネ局長は満足そうに頷くのだった。
 リプリーがセント・アイブスに立ち寄ると聞いて、ケンウッドもニュカネンに会いたくなった。彼が暴漢に撃たれた時、彼の上に覆いかぶさって守ってくれた若者に、ケンウッドは父親の様な愛情を感じていた。ニュカネンと妻のアンナスティンが幸福な暮らしをしている姿を見てみたいと思ったのだ。だから、リプリーと落ち合って、会いに行くのだ。