2017年12月1日金曜日

退出者 8 - 7

 ケンウッドが遺伝子管理局本部の受付でIDを提示して入館パスを受け取ったところにリュック・ニュカネンが駆け込んで来た。慌ただしくIDを提示して走って行ったので、受付のドーマーが呆れて舌打ちした。

「彼は礼儀正しい方なのですがね・・・副長官に挨拶もしないなんて・・・」
「なぁに、同じ会議に出席するはずだ、私は全然気にしないから。」

 ケンウッドは約束の時間の1分前に局長室に入った。既にメンバーは全員揃っていた。4名の班チーフ、北米南部班の5名のチームリーダー、リュック・ニュカネン、そして局長だ。ケンウッドは局長に一番近い席に着いた。対面に末席のニュカネンが座っていた。緊張で硬くなっている。ハイネ局長が室内を見回して頷いた。すると北米南部班チーフ、フレデリック・ベイル・ドーマーが会議開始を宣言した。

「諸君、多忙なところを集まってもらい、感謝します。今日は先日話し合った出張所設置について、進展があったので報告と話し合いの場を持ちたいと思っています。
 なお、夕食前ですから、出来るだけ早く話をまとめるようにと局長から指示が出ておりますので、ご協力下さい。」
 
 一同から笑いが漏れた。ニュカネンは強張った頬をちょっと緩めただけだった。
ベイル・ドーマーが会議テーブルの上に3次元映像を立ち上げた。セント・アイブス・メディカル・カレッジ・タウンの立体地図で、その一部が拡大され、1棟のビルがさらに拡大表示された。ニュカネンが出した候補地のプラン3のビルだ。ニュカネンが思わず体を前に乗り出した。

「まず、報告です。うちの第3チームのリュック・ニュカネンが出したプラン3を採用することになりました。予算も認められましたので、早急に購入と改装に取り掛かる計画です。」

 ベイル・ドーマーはニュカネンに視線を向けた。

「ニュカネン・ドーマー、君にはさらに働いてもらおうと思うが、どうだろう? 購入手続きと改装の監督を引き受けてもらえないか? 売り手や改装工事業者と交渉してもらう厄介な仕事だが・・・」

 ニュカネンの顔が紅潮した。

「その様な大役を私に任せていただけるのですか?」
「バックアップをローズタウンの中部支局に頼んでおくが、大半は君の腕に掛かることになる。」

 ニュカネンが立ち上がった。興奮を抑えようと努力しながら、かすれる声を精一杯絞り出して言った。

「光栄です! 喜んで引き受けさせて頂きます。」

 まだ20代の若いリュック・ニュカネンには重い任務ではないか、と言いたげな班チーフもいたが、反対する者はいなかった。ハイネ局長が声を掛けた。

「ニュカネン・ドーマー、君には大いなる期待と信頼が寄せられている。だが困った時は遠慮なく支局なりドームなり巡回する仲間に相談したまえ。決して恥ずかしいことではない。君の力量を試す仕事ではないのだから無理をするなよ。無理をしてしくじる方が余程辛い。」
「はい、肝に命じておきます。」

 ベイルが座れと手で合図したので、ニュカネンはやっと自分が立ち上がっていたことに気がついた。耳まで赤くなって、彼は着席した。
 局長がケンウッドに声を掛けた。

「予算の方はお任せします、副長官。」
「うむ。」

 ケンウッドは出来るだけ威厳を保って頷いた。ドーマーばかりの会議に出たのは、実はこれが初めてだった。出席者の表情を観察するのは面白いのだが、自身がどんな役目を割り当てられるのか、わからなかった。そして、自分はドーム側のオブザーバーとして呼ばれたのだな、と悟り始めていた。
 次にベイルは、出張所の役割を明確に決めておこうと提案した。局長室内はやっと小さな議場の様に賑やかになった。班チーフに加えてチームリーダー達も意見を述べ、討論した。ドーマー達は議論しても、行儀良かった。誰かが発言する時は己の口を閉じて他人の意見に耳を傾ける。執政官会議の様に各自勝手に発言することはなく、相手の意見に異議があれば質問して、答えを吟味して、自身の意見を言うのだ。
 そして局長の希望通り、1時間後に話がまとまった。
 出張所の任務は、設置場所の遺伝子産業の監視、臨検、違反企業に対する業務停止手続き等だ。研究機関があれば、そこも検査に入る。所長は「元ドーマー」で、現地の人間を10名まで雇用できる。また、巡回してくる局員が休憩や宿泊にも利用出来るが、支局のような親切な対応をする必要はない。所長は指揮官であると同時に捜査員でもある役職だし、宿泊目的の施設ではないからだ。そして出張所の統括は遺伝子管理局本部であって支局ではない。班チーフが連絡役を担う。所長は支局長と常時情報交換を行う。
 ベイル・ドーマーは中部支局にこの決定を通知することを自身に課し、会議を閉会した。
 出席者達が退室して行くのを見送りながら、ケンウッドは机の上を片付けているハイネに声を掛けた。

「この後空いているなら、夕食を一緒にどうだい?」

 するとハイネはやはり後片付けをしているベイル・ドーマーを見た。

「彼も一緒で良いですか?」
「うん、構わないよ。」
「ベイル?」

 2人の会話を聞いていたベイル・ドーマーは少し頬を赤くして、光栄です、と答えた。