2019年3月31日日曜日

誘拐 2 1 - 3

 保養所設置の案は、ローガン・ハイネ・ドーマー個人にはどうでも良いことだったが、若い部下達には必要だろうし、きっと仕事以外の目的でドームの外に出かけることに慣れれば喜ぶだろう、とハイネは思った。地球人類復活委員会が保養所の次にどんなアイデアを持ち出してくるのか、それはハイネにもまだ見当がつかなかった。しかし、外で生活することを最終目標にするのだから、外で寝泊まりしてドームに通勤すると言う考えもあるのだ。ドームはまだその存在を必要とされる施設だ。地球人の女性達は安心してお産に望める施設として、病院よりもドームを選択したがる。コロニー社会も折角200年間続けた施設運営をあっさり終わらせることを渋っている。出資者様達はドームが本来の役目を終えた時に、別の目的の施設として運営することを考え始めるだろうし、その場合の労働者としてドーマーが必要とされるだろう。

 もっとも、その時代になる頃には、流石の俺もこの世にはいないだろうさ

 ハイネはくよくよ考えることを止めて、執務室に戻った。午後の業務である報告書を読もうと机の前に座った途端、第1秘書のネピア・ドーマーが保安課からの連絡を受けて、局長に声を掛けた。

「局長、クロエルから緊急通信が入ってきました。」

 ハイネは端末を出した。画面にクロエル・ドーマーが現れた。顔面を端末に押し付けんばかりの近距離で、若い中米班チーフが感情を抑えた声で言った。

「局長、パトリック・タンが行方不明になりました。」

 一瞬、なんのことかハイネは解せなかった。
 クロエルは連邦捜査局の囮捜査官ロイ・ヒギンズと共にテロリストを装う殺人集団FOKの捜査の為に、北米南部班の局員を装ってセント・アイブス・メディカル・カレッジ・タウンに週一で通っていた。ヒギンズはダリル・セイヤーズ・ドーマーに扮している。セイヤーズは希少遺伝子保有者として故サタジット・ラムジー博士の資料に記載されており、それを読んだはずのFOKがセイヤーズを狙っているだろうと言う推測の元に囮を立てたのだ。果たして、FOKの首謀者と連邦捜査局が考えているセント・アイブス・メディカル・カレッジの医学部長ミナ・アン・ダウン教授がヒギンズとクロエルのコンビに接近してきた。ヒギンズは故意に敵に捕まってその尻尾をつかもうと言う危険な計画だ。そして、クロエルの最終報告では、ダウンがヒギンズが扮する偽セイヤーズに、行方不明のセイヤーズの息子を発見したので会わせると連絡してきたので、これから面会する、と言うのだった。
 パトリック・タン・ドーマーは北米南部班の局員で、クロエル達のサポートとして近くに待機している筈だ。それが行方不明とは?

「行方不明とは?」

 思わずハイネは尋ね、それから嫌な予感を覚えた。
 クロエルが端末を振り、周囲の風景をちらりと見せた。警察の規制線や、制服警官、救急隊員の姿が見えた。スーツ姿の男は、出張所所長、リュック・ニュカネン元ドーマーだ。

「ヒギンズがダウン教授と接触したのですが、何か手違いがあったらしく、現場が混乱しています。捜査官が一名、銃で撃たれて負傷、ヒギンズとダウンは薬品を嗅がされて意識不明ですが、命に別状ありません。今、病院に搬送するところです。」
「タンは・・・」

どう関わってくるのかとハイネが尋ねる前にクロエルは早口で言った。

「タンが僕に電話で来てくれと要請してきたので、その場所に行ったら、2人分の死体がありました。クローンだと思われます。そして、その場に居た筈のタンが何処にも居ないのです。端末が床に落ちていました。僕に連絡をした直後に何者かに襲われて拉致されたと思われます。」

 ハイネは心の中で待ってくれと叫んだ。何がどうなっているのか、頭の中で整理がつかない。わかったことは、唯一つ・・・

 俺の部下が何者かに攫われた!