2019年3月31日日曜日

誘拐 2 1 - 4

 クロエル・ドーマーは北米南部班第1チームリーダーでチーフ副官のクラウス・フォン・ワグナー・ドーマーと合流するので、また連絡しますと言って通話を終えた。
 ハイネは椅子に全身を預けて暫く・・・10秒間・・・放心した。数ヶ月前にもポール・レイン・ドーマーがメーカーに誘拐されたが、あの時は、敵のラムゼイがレインの価値を知っている人間だと言う思いがあったので、レインを殺害したりしないと心の何処かで確信していた。しかし、今回の敵は違う。まだ実態を掴めていない殺人集団だ。

 何故、囮捜査官ではなく、俺の部下を攫ったのだ?

 怒りが込み上げてきた。どの子も可愛い。子供を傷つけられて平気な親がいるものか。
ハイネが身を起こした時、また端末に着信があった。ネピアが告げた。

「ニュカネンから通信です、局長。」

 ネピアもハイネの只ならぬ表情に異常事態を感じ取っている。クロエルに続いて出張所所長から通信が入るのも、その事件の重大さを物語っていた。
 ハイネが電話に出ると、リュック・ニュカネンが現れた。

「クロエルから連絡がありましたね?」

と彼は挨拶もそこそこに尋ねた。ハイネが「あった」と答えると、彼はまた尋ねた。

「詳細報告をしてよろしいでしょうか?」

 クロエル・ドーマーの興奮状態を見ているので、局長に細部を伝える余裕はなかっただろうと、堅物ニュカネンは素早く判断したのだ。ハイネはニュカネンの落ち着きを有り難く感じた。

「頼む。報告せよ。」

 リュック・ニュカネンは、クロエルと警察から聞いた話だと前置きして、事件の経過を語った。ヒギンズがセイヤーズだと信じるダウン教授から息子に会わせると連絡をもらったヒギンズが一人で打ち合わせ場所の礼拝堂に入った。クロエルが後からそこへ行こうとして、学生運動家に足止めを食らった。学生達は遺伝子管理局にクローン虐待を止めろと詰め寄ったのだ。クロエルが仕方なく相手をしていると礼拝堂で銃声が聞こえ、クロエルは中に駆け込んだ。彼はそこで負傷した連邦捜査官と薬品で気絶させられているヒギンズを発見した。誰かが礼拝堂の奥に逃げ込む気配もあった。クロエルは直ぐに駆けつけた応援に2名を託した。その時、タンから電話が掛かってきて、西隣の学舎に来てくれと言われた。クロエルは礼拝堂と学舎をつなぐ地下通路があるのに気が付いた。入り口付近にはダウンが倒れており、彼女も薬品で気絶していた。
 クロエルはダウンも警察に託して、地下通路から西隣の学舎に入った。そこで死体を見つけてしまった。通報して来たタンの姿が見えず、端末に電話をかけると、タンの端末は近くの床に落ちていた。

「クロエルは地下通路から出た時に、車が走り去る音を耳にしたと言っています。タンはその車で拉致されたと推測されます。」

 ニュカネンの落ち着きのある声を聞いているうちに、ハイネも冷静を取り戻した。

「タンは一人で行動していたのか? 2名1組で行動する規則を守らなかったのか?」
「私もそれをワグナーに問いました。」

 規則重視のニュカネンは言った。

「タンはジョン・ケリー・ドーマーと組んで行動していたのですが、彼等も例の学生運動家達の妨害を受け、いつの間にか離れてしまったそうです。ケリーはタンが近くに居るものと思い、連絡可能な場所だからと油断していました。」
「ケリーは無事なのだな?」
「彼は無事です。しかしタンが行方不明と知って、ショックを受けており、現在出張所で待機させています。」

 ニュカネンは、その場の指揮官から主導権を取るつもりはなく、クロエルが落ち着くのを待ちます、と言った。

「ワグナーがレインに連絡をとりましたので、レインも間も無く到着します。私は彼と病院でヒギンズとダウンから事情聴取します。現場はクロエルとワグナーに任せます。」
「うむ。」

 ハイネは自分が出来ることを素早く考えた。

「私はタンの生体信号を拾う。彼が生存しているなら、居場所は直ぐに特定出来る筈だ。そちらの準備が整ったら、連絡をくれ。データを送る。」
「わかりました。よろしくお願いします。」

 通信を終えると、ハイネはこの事件をケンウッド長官に報告すべきかと考え始めた。