2019年3月31日日曜日

誘拐 2 2 - 3

 局長執務室に入ると、秘書達が既に業務の準備を始めていた。ハイネは「おはよう」と声を掛け、続けて報告した。

「タンの救出に成功した。」

 ネピアとキンスキーが思わずハイタッチした。

「流石ですね、セイヤーズは!」

とキンスキーが言えば、ネピアが

「チームワークの勝利だろう。」

と言った。ハイネは苦笑して、席に着いた。電話が掛かって来て、ネピアが取り次いだ。

「局長、セイヤーズです。」

 ネピアもこの時ばかりはセイヤーズの名を嫌な顔をせずに告げた。ハイネは苦笑したまま電話に出た。

「おはようございます。パトリック・タンを救出しました。」

 セイヤーズが要件を真っ先に告げた。ハイネは「うん」と答えた。

「良くやった。」
「ワグナーの援助のお陰です。それにレイン、クロエル、ニュカネンも上手く敵の注意を引きつけてくれました。素晴らしいチームですよ!」

 セイヤーズの声が弾んでいた。ハイネはタンの顔を実際に見る迄まだ完全に安心出来る状態ではないと己に言い聞かせ、部下に新しい命令を与えた。

「直ぐにタンを連れて帰って来い。」
「仲間がまだですが?」
「君とタンだけ先に帰って来い。」

 無断でヘリを操縦して出て来たセイヤーズは逆らえない。それに彼の今回の任務は「タンの救出」だけなのだ。彼は一つだけ要求を出した。

「ヘリの中でタンの面倒を見る人員が必要です。ジョン・ケリーも連れて帰ります。」
「良かろう、寄り道するなよ。」

 ジョン・ケリー・ドーマーは外に出て2日目だ。遅かれ早かれ抗原注射の効力が切れる。夕方迄に帰って来なければならなかった。
 ハイネが通話を終えると、ネピア・ドーマーが医療区に電話を入れていた。セイヤーズが操縦するヘリの到着予定時刻を計算して負傷者の受け入れ準備を要請しているのだ。ハイネは彼に声を掛けた。

「ネピア・ドーマー、申し訳ないが、ヘリが到着する頃に送迎フロアに行ってくれないか? タンを迎えてやって欲しい。私が行きたいのだが、私が動けば長官に今回の遺伝子管理局のヘマがバレる。出来れば部下達の報告書が上がって詳細を私自身が把握する迄は、長官に知られたくないのだ。」

 ネピア・ドーマーはボスの気持ちを理解した。ケンウッド長官はドーマーが傷つくのを何よりも嫌がる。局員が誘拐され、怪我をさせられたと知れば、どんなにショックを受けることか。ケンウッドの哀しみは局長の哀しみでもある。ネピア・ドーマーはそれをしっかり理解していた。

「承知いたしました。タンの怪我の状況を確認して、励ましてきます。医療区にもしっかり治療するよう頼んでおきましょう。」