2019年3月31日日曜日

誘拐 2 1 - 6

 リュック・ニュカネンからデータ送信を依頼する電話が掛かってきたのは夕方だった。最初のクロエルの通報から4時間も経っていた。その間、ハイネは2名の秘書と共に弱々しく瞬くパトリック・タンの生命の光を見守っていたのだ。
 ニュカネンはレインの到着を待って、病院に収容されたダウン教授とヒギンズ捜査官の事情聴取を行ったと告げた。

「レインの接触テレパスで、ダウンが事件の鍵を握る人物であることは間違いないようです。ただ、物的証拠がないので逮捕出来ません。」

 ニュカネンは淡々と事実を語った。

「ヒギンズは気絶させられて何が起きたのか、まだ理解していません。怪我がないので、出張所に連れ帰り、休ませています。
 所長室のデータ受信の準備が整いましたので、送信をお願いします。」

 無駄のない語り口だったが、そこでふと口をつぐみ、それから静かに質問してきた。

「タンはまだ生きていますよね?」

 ハイネは努めて力強く応えた。

「ああ、生きているぞ。君達の近くにいる。」

 ニュカネンが一瞬笑顔になりかけた。ハイネはまだ早いと思い、「切るぞ」と告げて通話を終えた。そしてデータ送信ボタンを押した。
 それからたっぷり10分後に、今度はポール・レイン・ドーマーから電話が掛かってきた。ネピアが保安課から取り次ぎ、ハイネは電話に出た。

「ハイネだ。」
「局長、レインです。」
「タンは見つかったのか?」

 これは、タンの居場所の特定が出来たかと言う意味だ。レインが応えた。

「位置は確定出来ました。まだ生存していますが、ややこしい場所に連れて行かれたようです。それで、お願いがあります。」
「救出に必要な提案と言うことか?」
「そうです。」

 レインは一息置いてから、ダメ元で上司に頼んでみた。

「セイヤーズをこっちへ寄越して下さい。彼にタンを救出させます。」

 ハイネは、レインならそう来るだろうと予想していたので、ちょっとだけ安堵した。

「セイヤーズを誘拐しようと企んだ連中に捕まったタンを、セイヤーズに救出させるのか?」
「そうです。彼は1度トーラス野生動物保護団体ビルを訪問しています。恐らくビル全体の構造を理解しています。中に居る人間も記憶しているでしょう。」

 場所はトーラス野生動物保護団体の本拠地か。ハイネは富豪の団体とFOKの繋がりがしっくり来ないと感じた。何故、富豪がドーマーを攫う必要があるのだ?

「策士レイン、セイヤーズを使う他にも何か策があるのだろうな?」
「あります。囮捜査官はまだ有効なので、ヒギンズに陽動作戦に出てもらいます。本物と偽物のセイヤーズに同時に動いてもらって、敵を混乱させます。」

 ハイネは数秒間沈黙した。成功率を考えたのか、それとも安全性を考えたのか。 現地にいる3人のドーマーと元ドーマーは局長の返答を緊張しながら待った。
 やがて、ハイネは呟いた。

「どうせタンが誘拐された時点で俺が叱られるのは目に見えていたからなぁ・・・」

 彼は、ケンウッド長官の怒りを想像しているのだ。ドーマー達を誰よりも大切に思ってくれるあのコロニー人を心配させたくないのだ。
 画面の中のレインが切ない表情になった。彼もケンウッドのドーマーに対する愛情を痛いほど理解出来る男だ。
 ハイネは部下達の勇気を奮い立たせねばと、自らを叱咤して、レインに告げた。

「セイヤーズを派遣させる。君達はしっかり彼を守ってサポートしろ。次は誰1人怪我したり攫われたりするなよ。」