2019年3月31日日曜日

誘拐 2 1 - 2

 出張から戻ったケンウッドは早速遺伝子管理局長ローガン・ハイネとドーム維持班総代ジョアン・ターナーを呼び、保養所設置案を提案してみた。ドーマーを外の世界に慣らして行く計画の発端だと言うことも忘れなかった。
 ハイネは局員が普段から外へ出かけているのであまり関心なさそうに見えた。ターナーの方は外に出る機会がないドーマー達がどんな反応をするかと心配した。

「みんな外の世界に関心はあるのですが、その一方で大気や細菌が怖いのですよ。」
「地球人なのだから、慣れれば平気だろう。」

とハイネが呟いた。その彼はもう年齢的に細菌への耐性が期待出来ない肉体になっている。医療区長のヤマザキ・ケンタロウは時間をかけてゆっくりと慣らして行けばハイネも外に出られると可能性を唱えているのだが、他の執政官達はこの美しい老ドーマーにそんな冒険をさせたくなくて反対しているのだった。

「予算の問題があるので、すぐにとは言わないが、2、3年のうちに保養所を使えるようにしたいのだよ。」

とケンウッドは言った。

「だから、最初は『通過』を終えたドーマーで、仕事に余裕のある者、現役指導に就く年齢の者たちから始めようと思う。彼等に先ず場所を選んでもらう。保養所だから、ドームから離れた場所、しかし万が一の時はすぐにこちらから救援に行ける距離が良いだろう。一般市民との距離も遠からず近からずの場所だ。」

 一度も外に出たことがないハイネと、外に出る仕事は多いが滅多にドームから離れたことがないターナーは顔を見合わせた。

「航空班の協力が要りますね。」

とターナーが言った。

「すぐに救援に行ける交通手段としては、ヘリコプターが一番でしょう。車ではドーム周辺のシティの交通渋滞などを考えないといけませんから。」
「交通渋滞?」

 ハイネは聞き慣れない言葉に思わず総代の言葉をリピートした。そうだ、ドーム内部では乗り物がない。多くのドーマーは交通渋滞なるものを知らないのだ、とケンウッドは気が付いた。

「車が一箇所に集中して走行がスムーズに行かなくなる状態だよ。」

とケンウッドはさりげない風を装って説明した。ターナーも大先輩が実は外の世界にはほとんど無知なのだと思い出したので、優しく例え話を出した。

「ほら、食堂の配膳コーナーで混み合って前に進めないことがあるでしょう? 外の道路でもそう言うことが頻繁に起きるんですよ。車は人間みたいな融通が利かないから、なかなか前に進めなくて、みんな苛々するんです。」

 そう言うターナーも渋滞の経験は資材購入で遠出したほんの2、3回しかなかったので、それ以上詳しく語ることはなかった。
 ああ、とハイネが頷いた。

「それなら、ヘリで行ける場所が良いですな。」
「どうだろう? 保養所設置に協力してくれるね?」

 ケンウッドは期待を込めて両名を見た。ハイネが小さく頷き、ターナーも「はい」と答えた。