2019年3月31日日曜日

誘拐 2 1 - 7

 ダリル・セイヤーズ・ドーマーは夕方の運動に出ようとロッカールームにいたところを、局長執務室に呼ばれて、慌てて着替えて走って来た。スーツではなく私服だ。本来なら既に仕事を上がっている筈の秘書2人が執務室に居たので、彼は「あれ?」と言いたげな表情で局長の前に立った。 ハイネが挨拶抜きで命令を出した。

「セント・アイブスの出張所へ直ぐに行け。トーラス野生動物保護団体がパトリック・タンを誘拐してビル内に監禁している。現地で北米南部班第1チームと合流してタンを救出せよ。」

 セイヤーズは一瞬驚いた表情で口を開いた。しかし、質問はせずに、応えた。

「了解しました。」

 第2秘書のアルジャーノン・キンスキーが後ろから声を掛けた。

「静音ヘリを準備させている。パイロットの調整が着き次第飛びなさい。」

 ネピア・ドーマーが「おい」と声を掛けたので、セイヤーズが振り返ると、第1秘書が情報用チップを投げて寄越した。セイヤーズはそれを難なく受け止めた。ネピアが説明した。

「事件の経緯をそこにまとめた。ヘリの中で聞いておけ。」
「わかりました。有り難うございます。」

 セイヤーズは行動が早い。局長に向き直ると、

「では、直ぐに行ってきます。」

と告げた。ハイネが頷くと、彼はくるりと向きを変えて、部屋から駆け出して行った。
アッと言う間だ。ドアが閉まると、キンスキーが感想を呟いた。

「まるでつむじ風の様な男ですな。」
「ふんっ!」

 ネピアはセイヤーズが気に入らないので、同意したくない。

「せっかちなだけだ。」

 ハイネは一先ずパトリック・タンの救出に出来ることは全て準備したと感じた。地球の富豪達が怒ろうが迷惑を被ろうが、知ったこっちゃないのだ。大事な部下を可能な限り無事に救出出来れば、遺伝子管理局としてはそれで良い。後の責任は局長一人で被れば済むことだ、と彼は思った。タンが誘拐されたのは、クロエルの責任ではないし、ジョン・ケリーの失敗でもない、ニュカネンの落ち度でもないのだ。
 ハイネは秘書達を帰して、一人執務室に残った。取り敢えず業務記録をコンピュータに登録した。セイヤーズがそろそろ飛び立つ頃かと思っていると、保安課から電話が入った。

「ハイネだ。」
「局長、航空班チーフから電話です。」

 航空班とは? セイヤーズが乗る筈の静音ヘリに何か問題でも生じたのか? ハイネは嫌な予感がして、電話に出た。

「ハイネだ。」
「局長・・・」

 航空班チーフが困惑顔で画面に現れた。

「静音ヘリが一機、消えてしまったのですが、どーなっているんでしょうか? 出動命令が出たので準備した機体ですが・・・パイロットは全員いるのですよ、ここに・・・」

 ローガン・ハイネは胃が痛むのを感じながらも、笑ってしまった。