2019年4月1日月曜日

誘拐 2 2 - 4

 ハイネ局長が定例の打ち合わせ会で中央研究所の長官執務室に向かった直後に、航空班からセイヤーズが操縦する静音ヘリがドーム空港に戻って来たと連絡が入った。ネピア・ドーマーは第2秘書のキンスキー・ドーマーに留守番と定刻になれば昼休みにして良いと伝えて、局長執務室を出た。
 送迎フロア迄は遠いが、外からドームに戻って来た者は必ずゲートで消毒を受けるので、ネピアが急ぐ必要はなかった。それでも彼は颯爽と歩き、歳を取っても若々しいところを年少の連中に見せつけた。
 送迎フロアに到着すると、彼は係官に帰還者は中に入ってきたかと尋ねた。係官はまだ消毒中です、と答え、局長秘書が出迎える相手は何者だろうと思った。暫くしてセイヤーズとケリーの若い遺伝子管理局員が入って来た。ケリーはまだ若いし平の局員なので、局長秘書に馴染みがなかったが、班チーフ付き秘書のセイヤーズはネピアに気がつくと立ち止まった。
 ネピアがセイヤーズを気に入らないのと同様に、セイヤーズもネピアを苦手に感じていた。秘書会議ではいつも無視されるか意見されるか、叱られるか、なのだ。その上、今回はヘリの無断使用をしてしまったので、叱責されるのは避けられなかった。

「セイヤーズ、ケリー、只今戻りました。」

 セイヤーズの改まった口調で、相手が偉いさんだと気が付いたケリー・ドーマーも立ち止まった。何と言うべきかわからなかったので、取り敢えず名乗った。

「北米南部班第1チーム、ジョン・ケリー、只今戻りました。」

 ネピア・ドーマーは値踏みするかの様に2人をジロジロと眺め、やがて頷いた。

「両名共に怪我はないようだな。」
「はい、お陰様で・・・」

 セイヤーズが何か言いかけたが、ネピアは手の動きで待機を命じた。そして端末を出すと、ハイネにメッセを送った。

ーーセイヤーズとケリーは無事に帰還しました。

 そして顔を上げると、どちらにでもなく尋ねた。

「パトリック・タンはまだ消毒中か?」

 セイヤーズが答えた。

「はい。怪我をしているので、消毒を慎重に行ってもらうよう、消毒班に頼みました。」
「わかった。」

 その時、ハイネから返事が来た。

ーー部屋に戻る。2人を寄越してくれ。

 今日の打ち合わせは短ったのか。ネピアは、了解と返事を返し、セイヤーズとケリーに局長執務室へ出頭せよと命じた。ヘリの無断使用をしたセイヤーズと、同僚と逸れたばかりにその同僚を危機に陥らせてしまったケリーは、表情を硬くして本部に向かって歩き去った。
 ネピアがその後ろ姿を見送りながら溜め息をついた時、医療区から負傷者を迎えに救護係のドーマー達がやって来た。

「患者は急病人ですか? それとも怪我人?」

 ヤマザキがケンウッドを誤魔化す為に遺伝子管理局員に急病人発生などと言ったものだから、情報が混乱している様だ。ネピアは負傷者の受け入れ態勢を要請したのに、と思いつつ、辛抱強く言った。

「怪我人だ。恐らく外の人間から暴力を受けている。」

 救護係達はネピアが局長秘書だと気が付いた。お偉いさんが出迎えると言うことは、負傷者は重い傷を負ったらしい、と彼等は推測した。

「ストレッチャーが出て来たら、大至急医療区へ運ぶぞ。」
「OK!」

 若者達は全身のエンジンを掛けた状態でゲートの扉を見つめた。