2019年2月3日日曜日

囮捜査 2 1 - 1

 次の日の昼過ぎに、ダリル・セイヤーズ・ドーマーが戻って来た。ハイネは昼食前だったが、打ち合わせ会を終えると副長官執務室から真っ直ぐ本部に戻り、局長執務室でセイヤーズの報告を受けた。

「ナサニエル・セレックが息子の情報を与えた相手が判明しました。」

 セイヤーズは開口一番、外出の成果を告げた。立ったままだ。すぐに部屋を出て行きたい雰囲気を漂わせていた。彼はレインの秘書で、秘書の仕事が溜まっているのだ。ハイネも空腹だったし、時間をかけたくなかった。

「具体的な名前を挙げたのか?」
「はい。セント・アイブス・メディカル・カレッジのミナ・アン・ダウン教授です。」

 ハイネはその名前に聞き覚えがあるようなないような、曖昧な記憶しかなかった。だから、言った。

「面会の様子を報告書にまとめて提出しなさい。ご苦労だった。」

 セイヤーズはホッとした表情で、失礼します、と部屋から出て行った。
 ハイネの2人の秘書達は既に昼食と昼休みを終えて業務に就いていた。ハイネは彼等に「昼に行ってくる」と告げて部屋から出た。ドアを通る時に、第2秘書のアルジャーノン・キンスキーが言った。

「ダウン教授なる人物を調べておきます。」
「頼むよ。」

 第1秘書のネピアは肩を竦めただけだった。ネピアはセイヤーズが気に入らない。昔、セイヤーズが脱走した折に捜索に駆り出され、業務が停滞してしまったことを今でも根に持っている。ドームの平和をかき乱されるのが本当に嫌なのだ。セイヤーズが連れ戻され、あろうことか同じ秘書の業務に就くと決まった時、可笑しい程に不機嫌になった。ただ、この男の良いところは、嫌いだからと言って、相手に苦痛を与えたりしないことだ。多少無視することはあっても、相手が正しい意見を言えば聞く耳を持っているし、挨拶も返す。相手に直接皮肉を浴びせることはあっても、他所で悪口を言いふらしたりしない。
 今回セイヤーズは、本来外出禁止の身分にも関わらず、局長の単独判断で外出許可をもらい、ちゃんと成果を挙げて戻ってきた。局員経験があるネピアは、刑務所の受刑者から情報を聞き出す難しさを知っている。特に遺伝子管理局に逮捕された者が、遺伝子管理局の面会に応じて情報を明かすことは稀だ。多くは反発して口を閉ざす。

 能天気な男だから、相手も気を許したか?

 ネピアはセイヤーズが同じクローンの子供を持つ親同士の気持ちを受刑者セレックにぶつけたことまでは想像出来なかった。子供を持ったことがないドーマーなので、それは仕方がない。だが、セイヤーズの捜査官としての力量は認めるべきだと思った。
 ハイネが閉じたドアを見て、ネピア・ドーマーはさらに思った。

 イラつく男だが、まだ若い。彼には私より長い時間がある。局長をお守りする人間の一人に、あの男は必要だな・・・