2019年2月2日土曜日

暗雲 2 1 - 13

 ローズタウン支局長トーマス・クーパー元ドーマーは現役時代は目立たない局員で、彼自身は町の住人である現在の妻と恋愛に落ちて外の住人になると決意する迄、局長と直接口を利いたことがなかった。だから夜中に局長の名前で直接召喚命令が届いた時はびっくり仰天した。何か重大なミスを犯したのだろうか? 彼は朝食もろくに取らずに一番上等のスーツを着て、ローズタウン支局横の空港から特別機に乗ってドームに飛んだ。
 スーツはゲートの消毒班に脱がされ、預けられることになった。クーパーはその段階になって、自身がもうドームの規則や習慣を忘れかけていることに気が付き、呆然とした。
 外の住人になってから生まれ故郷のドームに帰るのは初めてだ。もっともこの2世紀、全ての地球人の生まれ故郷はドームで、彼等男性は全員母親に連れられて外へ出ると2度と戻らないのだった。クーパーは自身が「一般の地球人」になっていたことに気が付いたのだ。
 消毒を終えると、送迎フロアに入った。そこに北米南部班チーフ・ポール・レイン・ドーマーと第一チーム・リーダー・クラウス・フォン・ワグナー・ドーマーが待っていた。支局長はチーフより格上の筈だが、幹部経験がないクーパーは緊張した。

「遠路はるばるご足労願って申し訳ありませんでした。」

とワグナーが挨拶した。この男は気が良くて、クーパーも親しみを感じる相手だ。だがこの時、ワグナーがクーパー以上に緊張していることに、クーパーは気が付いた。その理由がわからないので、またもやクーパーは不安を感じた。
 レインの方は、いつものことながら格上の支局長に対しても上から目線だ。但し、他のドーマーや一般人の前では顔を立ててくれる。彼はクーパーにこんにちはとだけ言った。
 レインが昼食は済んだかと尋ね、クーパーが未だだと答えたので、3人は食堂へ向かった。

「あまり難しく考えないでもらいたい。支局の職員の行動について、ちょっと調査したいだけなんだ。」

 と言われても、クーパーは不安を拭えない。外に出た元ドーマーがドームに召還されるのは、大概何かの問題が発生した時だ。それに彼は、ワグナーが緊張していることが気になって仕方がない。

「用件を先に済ませた方が良くないですか? 何だか気になって・・・」

するとレインが彼を遮った。

「用件を聞いたら、ますます食欲がなくなるかも知れないぞ。」

そう言われて、ますますますます食欲が減退したクーパー支局長は、食堂でも軽く食べただけだった。

「呼ばれたのは、私だけですね? 出張所のリュック・ニュカネンは来ていないのですね?」
「ニュカネンは関係ない。君も落ち度があって呼ばれた訳ではない。君の所の職員の素行調査だ。」

 気のせいか、ワグナーが小さくなった。