2019年2月2日土曜日

暗雲 2 1 - 14

  昼食を済ませて遺伝子管理局本部に向かう3人は、途中でハイネ局長と出会った。ハイネは珍しく部下より先に昼食を済ませ、散歩で時間潰しをしていた。クーパーの心拍数が一気に跳ね上がった。局長と会うなんて、ドーム退所の挨拶以来だ。まともに顔を見られなかった。彼等は儀礼的な挨拶を交わした後、全員で局長執務室に入った。
 各自席に着くと、ハイネが単刀直入に本題に入った。

「ローズタウン空港で遺伝子管理局の手荷物検査をしている職員は何名いるのだ?」
「3名です。仕事量が少ないので、来年は2名に減らすつもりですが?」

 ハイネがある日付を言った。

「覚えていると思うが、そこに居るレインがメーカーから救出された日だ。あの日、手荷物検査をしたのは、誰だ?」
「ええっと・・・」

 クーパーは端末を出して過去の支局の勤務シフト表を検索した。

「あの日は・・・夕刻でしたね? ・・・ ガブリエル・モアと言う男です。セント・アイブス・メディカル・カレッジで神経細胞の研究をする傍ら、支局で働いています。」
「ほう・・・神経細胞の研究ね・・・」

 ハイネ局長はワグナーを見た。ワグナーの出番だ。彼は少し体を前に傾けて、クーパーに近づけた。

「僕が押収した証拠物件が紛失したのですが、どう考えても手荷物検査の時に失せたとしか思えないのです。」
「何だって?」

 クーパーはワグナーをグッと睨み、それから、レインを見て、局長に視線を戻した。ハイネがじっと青みがかった薄い灰色の目で彼を見つめているのを、彼は勇気を振り絞って見返した。

「モアが盗んだと考えておられるのですか?」
「ワグナーのアタッシュケースを開いて中の物に手を触れた人間が、モアと言う男1人だけなら、そう考えざるを得ない。」
「何を紛失したのか知りませんが、うちの職員に限って、そんな犯罪を犯すとは思えません・・・モアの実家は裕福な医師の家庭ですよ。」

 支局の職員を疑われて、クーパーは怒りを感じた。局長が局員を大事に思うのと同様に支局長も支局職員が大事なのだ。
 しかし彼の怒りを感じないのか、それとも感じても平気なのか、ハイネは淡々と言った。

「食う為に金目の物を盗んだのではないのだ。」

 局長はコンピュータを操作して、中央テーブルに画像を立ち上げた。若い男性の顔だ。
クーパーはそれを見て、ガブリエル・モアだと認めた。マザーコンピュータが、ローズタウン支局のデータから引っ張って来た個人データだ。
 レインがワグナーに視線を向けた。ワグナーは手荷物検査官の顔など覚えていなかったので、素直に「記憶にありません」と言った。

「この男だった様な気がするし、違うような気もするし・・・」

 クーパーは断言した。

「この男です。当日に空港勤務していたのは、モア1人だけでしたから。」
「局長・・・」

 レインが提案した。

「明日、第4チームが外に出るので、俺も一緒に出ます。クーパー支局長と共にローズタウンへ行って、このモアと言う男と握手してきますよ。」
「良かろう。だが、無理はするなよ。」

 ハイネはポール・レイン・ドーマーの平和裏に情報収集活動をする能力を買っていた。
レインはクーパーを送っていく序でにセント・アイブスの様子も見てきたいのだ。トーラス・野生動物保護団体が現在何をしているか覗いてこようと言う魂胆だ。
勿論、単独行動だ。ハイネはあまり深入り捜査はするなと釘を刺して置いた。
 それから、部下に泥棒がいると告げられて不安な表情のクーパーには優しく笑いかけた。

「トム、今日はドームに泊まっていけ。部屋は用意させてある。君の昔の仲間達にも連絡を入れておいたら、今夜は君と一緒に食事をしたいと彼等が言ってきた。」

 クーパーの顔がパッと明るくなった。部屋兄弟達や昔の同僚に会えるのか?!

「本当ですか? 有り難うございます!」

 レインも表情を和らげて彼に話し掛けた。

「俺たちは邪魔をしないから、ゆっくり昔話にでも花を咲かせてくれ。残念ながらアルコール類はないがね。」