2019年2月3日日曜日

暗雲 2 1 - 16

 夕方になって、外に居るポール・レイン・ドーマーから報告が入った。ローズタウン空港の手荷物検査官ガブリエル・モアは逃亡した。前日トーマス・クーパー支局長がドームに召喚されたと聞いた後、急にセント・アイブス・メディカル・カレッジ・タウンに住んでいる兄が急病だと言って早退したのだ。翌朝に出勤して来ないので同僚が連絡を取ろうとしたが電話に出ない。メールもメッセージも梨の礫だった。レインとクーパーはモアのアパートに行ってみたが、既にもぬけの殻だった。
 モアの兄は実在しており、民間の薬品会社に勤務しているのだが、こちらも前日午後から行方不明になっていた。

ーー兄弟揃ってFOKのメンバーである可能性が出て来た。

とレインは報告書を締めくくっていた。
 ハイネはモア兄弟の遺伝子登録を検索した。彼等は本物の兄弟で、裕福な家庭の子供たちだった。大学も大学院も優秀な成績で出ている。だが彼等の思想傾向まではデータベースに載っていなかった。彼等は学校では特に政治活動も思想的集会も参加していなかった。
 所謂「良家の子息」達がどんな理由でクローンを殺害し、医療実験に使用するのか、ハイネは理解出来なかった。毎日食べている肉や野菜も生きていたのだ。その命をもらって自分が生きていることを感謝しているのに、他人を平気で殺害して捨ててしまう、その考え方、感性がどうしても理解出来ない。

 お前は外の世界の汚れを一生知らなくて良いんだよ

 昔、ハイネを育てたコロニー人達は皆異口同音に彼にそう言った。ハイネはその「汚れ」を大気汚染や細菌やウィルスを意味するのだと思って成長した。しかし、大人になって様々な人々と接すると、養育者達が言っていた「汚れ」が実は人間の心の中にある闇のことなのではないかと疑い始めた。想像するだけで恐ろしく思える、人間が持つ残酷性。
多くの人々はそれが自身に跳ね返ることを知っている。そして他人が傷つくのを見れば自身も苦しいのだと悟る。しかし、それが出来ない人々もいるのだ。

 ドームが用済みになった時、可愛い子供達はこの汚れが満ちた世界に出て行かねばならないのか・・・

 ハイネは溜め息をついた。人が何時迄も安全な場所に閉じこもっていられないことはわかっているつもりだ。局員達は仕事とは言え、外に出かけることを厭わない。庶務班も出かけることを苦に思っていない。外に出ないドーマー達も外の情報には飢えている。

 汚れに染まらない心を鍛えてやるのが、我々の新しい役目なのかも知れないな・・・

 ハイネはジョアン・ターナー維持班総代表と近々話し合うべきだなと思った。