2019年2月6日水曜日

囮捜査 2 1 - 4

 夕食前にケンウッド長官は帰って来た。シャトルから降りると、地球の重力がのし掛かってくる。苦痛ではないが、一瞬体が重くなった衝撃を感じる。初めて地球を訪問したコロニー人達が驚愕の表情を浮かべ、小さな騒ぎを起こすのはいつものことだ。ケンウッドはいかにも地球通の顔をして入管を通り、ドームに向かって歩き出した。男が数名ドームの入り口で待ち構えていた。ケンウッドが宇宙と地球を往復する度に現れるマスコミの連中だ。宇宙では地球に対してどんなことを考えているのか、取材しているのだ。ケンウッドは鞄から2冊の雑誌を出した。コロニーでは大変珍しい紙製の雑誌だ。電子マガジンではない。これらは、地球へ行くコロニー人が宇宙土産として地球人に見せたり与えたりするものだった。法律で許される範囲での地球人に伝えることが出来る宇宙の情報だった。決して嘘は書いていないが、あまり詳細ではない。宇宙で流行っている芸能や服装などの文化、開拓事業や政治の概要などを簡単に書いているだけだ。記者達もケンウッドが遺伝学者で政治家ではないことを知っているので、あまり掘り下げて取材しない。何か目新しい動きが宇宙で起きていないか、ちょっと聞いてみたいだけなのだ。
 ケンウッドは疲れていたが、お愛想の微笑みを浮かべ、記者の中の2名、それぞれ別の通信社の人に雑誌を分け与えた。文化系と政治系だ。後は記者達が回し読みでもしてどの情報を拾うか決めるのだ。
 マスコミから逃れてゲートに入り、消毒を受けた。係のドーマーが、「お疲れの様ですね」と声をかけてくれた。ケンウッドは、微笑みで彼の気遣いに礼を示した。
 送迎フロアに入ると、ラナ・ゴーン副長官が出迎えた。

「お帰りなさい、長官。」
「有難う。」

 2人は並んで居住区へ向かう回廊を歩き始めた。

「月の反応は如何でした?」
「予想通り、大反響だったよ。」

 ケンウッドは溜め息をついた。

「これから、マザーのプログラムを修正しなきゃならん。たった一文字の過ちで、一つの惑星の人類が絶滅しかけたのだ、大急ぎでやらなければ。」
「地球人にはまだ公表しない方が良いですね?」

 ゴーンが言う地球人とは、ドーマーのことだ。ケンウッドはドーマー達に申し訳ない気持ちで胸がいっぱいだった。200年まえのプログラミングの過ちのせいで、ドーマー達は生まれてすぐに母親から引き離され、ドームと言う鳥籠の中で一生を働いて過ごすのだ。

「ドーマー達にはとても言えない。全ては一文字の過ちのせいだったと・・・」
「でも、女性誕生の鍵が発見されたと、みんな噂を聞いて喜んでいますよ。」
「噂か・・・どこから漏れたのだろうね。」

 ケンウッドは苦笑した。研究所で働く大勢のドーマーの助手達の誰かが、興奮して外部に漏らしたのだ。彼等の気持ちを思うと、とても罰することは出来ない。

「噂はその程度で留めておこう。鍵が実は過ちの発見だと知られたくない。」
「でも、ハイネ局長には伝えなければ・・・」

 ゴーンが重要なことをケンウッドに思い出させた。

「遺伝子管理局長は、マザーのプログラムの書き換えに認証を必要とする4名のうちの一人ですから。」