2021年5月5日水曜日

Break 31

  登場人物紹介 


ローガン・ハイネ

南北アメリカ大陸ドーム遺伝子管理局長。 地球人。 ドーマー。


ショシャナ(シャナ)・パーシバル

ピアニスト。 キーラとヘンリーの娘。 三つ子の一人。 コロニー人。


クロエル・ドーマー

南北アメリカ大陸ドーム遺伝子管理局所属。 中米班チーフ。 地球人。 ドーマー。


ベサニー・ロッシーニ

南北アメリカ大陸ドーム保安課所属。 保安課員。 地球人。 ドーマー。


ロバート・ジェンキンス

サンダーハウス実験場の最高責任者。 某州立大学の物理学教授。 地球人。


クリストファー(クリス)・ウォーケン

引退した医師。 キーラの母マーサの二番目の夫。 ロナルドの父。 コロニー人。


ロナルド・セドウィック

火星第1コロニーにあるセドウィック病院のオーナー院長。 外科医。 クリスの長男。 キーラの異父弟。 コロニー人。


ホアン・ドルスコ

南北アメリカ大陸ドーム遺伝子管理局所属。 南米班チーフ。 地球人。 ドーマー。


ショーン・ドブリン

南北アメリカ大陸ドーム薬剤室室長。 実は遺伝子管理局内務捜査班の捜査官。 地球人。ドーマー。


シュラミス(シュリー)・セッパー 

サンダーハウス実験場勤務の物理学者。 キーラとヘンリーの娘。 三つ子の一人。 コロニー人。 ケンウッドの婚約者。


ピート・オブライアン

南北アメリカ大陸ドームの一般食堂司厨長。 地球人。 ドーマー。


タマラ・セドウィック

ロナルドの妻。 産科医。 コロニー人。


ローガン・セドウィック

火星第1コロニー中央大学勤務。 植物専門の遺伝子学者。 キーラとヘンリーの息子。三つ子の一人。 コロニー人。


レティシア・ドーマー

南北アメリカ大陸ドーム保安課所属。 保安課員。 ベサニーの上司。 地球人。ドーマー。

  

チャーリー・チャン

南北アメリカ大陸ドーム長官第1秘書。 コロニー人。


ロバータ・ベルトリッチ

地球人類復活委員会委員長。 元西ユーラシア・ドーム勤務執政官。 コロニー人。


レオン・ミラー

サンダーハウス実験場勤務の物理学者。 シュリーの同僚。 コロニー人。


J J・ベーリング

南北アメリカ大陸ドーム・クローン製造部所属。 遺伝子研究者。 レインの妻。 地球人。



名前だけ登場する人々

ユリアン・リプリー

前南北アメリカ大陸ドーム長官。 遺伝子学者。コロニー人。

マーサ・セドウィック (故人)

南北アメリカ大陸ドームに勤務した遺伝子学者。 キーラとロナルドの母親。コロニー人。

メイ・カーティス

南北アメリカ大陸ドーム・クローン製造部所属。遺伝子学者。 ジェリー・パーカーの妻。コロニー人。

リュック・ニュカネン

南北アメリカ大陸ドーム遺伝子管理局セント・アイブス・メディカル・カレッジ・タウン出張所所長。 地球人。元ドーマー。

コリン・エストラーベン

南北アメリカ大陸ドーム遺伝子管理局内務捜査班チーフ。 地球人。 ドーマー。

エッケ・ライコネン

ショシャナ・パーシバルのマネージャー。 コロニー人。

クララ・ボーマン

第2世代アメリカ合衆国大統領。地球人。

ハロルド・フラネリー

前々第2世代アメリカ合衆国大統領。 レインの実兄。フランシスの兄。 地球人。

エイブラハム(エイブ)・ワッツ

南北アメリカ大陸ドーム所属。 元ドーム維持班総代表。 大工。 地球人。ドーマー。

ジャン=カルロス・ロッシーニ (故人)

元南北アメリカ大陸ドーム所属遺伝子管理局内務捜査班チーフ兼元ドーム長官秘書。ベサニーの養育係。 地球人。 ドーマー。

ジョン・ケリー

南北アメリカ大陸ドーム遺伝子管理局所属。 北米南部班第5チーム・リーダー。 地球人。ドーマー

パトリック(パット)・タン

南北アメリカ大陸ドーム遺伝子管理局所属。北米南部班チーフ副官。第1チーム・リーダー。地球人。ドーマー。

クラウス・フォン・ワグナー

南北アメリカ大陸ドーム遺伝子管理局所属。北米南部班チーフ。地球人。ドーマー。

サタジット・ラムジー (故人)

違法クローン製造者。 元南北アメリカ大陸ドーム所属の遺伝子学者。 ジェリーとシェイの育て親。 コロニー人。


2021年5月4日火曜日

Break 30

 登場人物紹介

(登場順)


ニコラス・ライオネル・ケンウッド

南北アメリカ大陸ドーム長官。 皮膚形成因子を研究する遺伝子学者。
火星出身のコロニー人。


ジャクリーン・スメア 

ケンウッドの第2秘書。コロニー人。


ロアルド・ゴメス

南北アメリカ大陸ドーム保安課長。 元宇宙連邦軍特殊部隊指揮官少佐。 コロニー人。


ジョナサン・ダッカー

南北アメリカ大陸ドーム空港保安部責任者。 地球人。 元ドーマー。


アキ・サルバトーレ

南北アメリカ大陸ドーム保安課員。 地球人。ドーマー。


シェイ・パーカー

ドーム空港職員寮食堂の厨房責任者。 地球育ちのコロニー人。


ジェリー・パーカー

南北アメリカ大陸ドーム・クローン製造部所属研究者。 元メーカー。 地球人。


シンディ・ランバート

南北アメリカ大陸ドーム出産管理区副区長。 産科医。 コロニー人。


アイダ・サヤカ

南北アメリカ大陸ドーム出産管理区区長。 産科医。 コロニー人。 


キャリー・ワグナー

南北アメリカ大陸ドーム医療区所属。 精神科医。 地球人。ドーマー。


ダリル・セイヤーズ

南北アメリカ大陸ドーム遺伝子管理局所属。局長第2秘書。 地球人。 ドーマー。


アルジャーノン・キンスキー

南北アメリカ大陸ドーム遺伝子管理局所属。局長第1秘書。 地球人。 ドーマー。


ポール・レイン

南北アメリカ大陸ドーム遺伝子管理局所属。特別捜査員。 地球人。 ドーマー。


ラナ・ゴーン

南北アメリカ大陸ドーム副長官。 クローン製造部&血液研究部門の責任者。コロニー人。


アンバー・ヒーリー

南北アメリカ大陸ドーム副長官秘書。 コロニー人。


ガブリエル・ブラコフ

火星第1コロニー公立中央病院勤務の熱傷治療専門医。 元南北アメリカ大陸ドーム副長官。 コロニー人。


ヴァンサン・ヴェルティエン

火星文化大学人類学主任教授。ナイロビ大学文化人類学部客員教授。元南北アメリカ大陸ドーム副長官。コロニー人。


ヤマザキ・ケンタロウ

南北アメリカ大陸ドーム医療区長。 内科医・外科医。 コロニー人。


ロバート・オーウェン

南北アメリカ大陸ドーム医療副区長。 循環器専門医。 コロニー人。


メレディス・ダウニー

南北アメリカ大陸ドーム医療副区長。 外科医。 コロニー人。


フランシス・フラネリー

実業家。 元第2世代アメリカ合衆国大統領ハロルド・フラネリーの妹。 地球人。


ライサンダー・セイヤーズ

弁護士。ダリル・セイヤーズとポール・レインのクローンの息子。地球人。


ルシア・ポーレット・セイヤーズ

小学生。ライサンダー・セイヤーズの娘。 地球人。


キーラ・セドウィック

地球人類復活委員会本部勤務の産科医。 コロニー人。  


ヘンリー・パーシバル

地球人類復活委員会本部勤務の神経科医。 キーラの夫。コロニー人。






2021年5月3日月曜日

狂おしき一日 La Folle journée 28

  パーティーは自然と流れ解散となった。最初に多忙なロバータ・ベルトリッチ委員長がシャトルの時間があるからと会場を去った。ケンウッドとシュリーが見送るために出口まで一緒に歩くと、ベルトリッチが小さな箱をケンウッドに手渡した。

「ユリアン・リプリーから貴方へのお祝いよ。」

 ケンウッドが箱を開けると、中に透明の黄色い石が入っていた。シュリーが「綺麗」と呟いた。

「イエローサファイアね。好きなように加工して使うと良いわ。」

 ベルトリッチはシュリーに笑かけ、豪快に手を振って大ホールを出て行った。
 ケンウッドは箱を閉じ、シュリーに渡した。

「ユリアンのことは話したことがあるね?」
「ええ。貴方の前に長官になった人ね。とても人付き合いが悪かったけど、根は良い人だってパパもママも言ってたわ。」
「言えてる。本当は彼も呼びたかったのだが、研究の邪魔をしたくなかった。それに彼はパーティーが苦手だったから、呼ぶと却って嫌がらせになるからね。」

 ケンウッドが苦笑すると、シュリーが「貴方もでしょ」と言った。

「これから私は仕事の付き合いでパーティーに呼ばれることが何度もあると思うけど、貴方は行きたくない時はっきり断ってくれて良いのよ。私もパーティーの主旨次第で一人で行くかどうか判断するから。ドーム長官がどんなに忙しい役職か、みんな知っているし。」

 半時間後にはパーシバル家の半分が旅行の段取りがあるからと部屋へ引き上げた。それからガブリエル・ブラコフが帰った。ベルトリッチ委員長と同じシャトルではなかったのかとケンウッドが尋ねると、所用があって西ユーラシア・ドーム空港経由で帰ると答えた。病院関係の用事だと言うので、ケンウッドはそれ以上追求しなかったが、弟子が女性と落ち合って帰るのだと言う密かな計画を立てている情報をヴェルティエンから仕入れていた。近い将来、ブラコフの結婚式があるかも知れない。
 ヴェルティエンはカイロ行きの航空機で帰るので、アフリカ旅行を計画しているパーシバルの姉一家と一緒に大ホールを後にした。
 次にホテルを出たのはラナ・ゴーン副長官とシンディ・ランバート博士だった。彼女達はドームに帰って業務に就く。彼女達の護衛も兼ねてレティシアとベサニーもドームに帰還した。
 ロナルド・セドウィック一家も部屋に戻って旅の支度をする。クリスとハイネが互いの端末を付き合わせて連絡先交換をしているの見て、キーラが笑った。

「父さんと局長はすっかりお友達になってしまったのね。」
「チェスだか碁だかのネット対戦の約束をしていたよ。」

とローガンが教えてくれた。
 大ホールのパーティーはお開きとなった。サンダーハウスの科学者達が放電ポールの撤収を始めた。シュリーはまた手伝おうとして、ドレスが汚れるから駄目と同僚の女性に叱られた。
 宇宙に戻って演奏旅行に出るショシャナにヤマザキが健康維持の注意事項を細々と与えていたので、パーシバルが笑った。

「もう子供じゃないんだから、ほっておけよ。」
「そうはいかない。僕は後援会会長なんだから。」

 ローガンがゴメス少佐とサルバトーレ、ポール・レイン&J J・ベーリング夫妻が固まって座っているところへ近づいた。

「ドームに帰られるんでしょう?」
「そうだが・・・」

 ゴメス少佐がホスト達を顎で指した。

「局長とアイダ博士がまだだから。」
「ニコの護衛じゃないんですか?」
「長官の護衛は別に待機している。新居まで同行して、そのまま警護に就く。」
「ずっと?」
「そうだ。VIPの警護はそれが当然だ。奥方にも担当が付く。」

 わぁっとローガンが呟いた。

「シュリーもVIP扱いになるんだ・・・」

 レインがローガンに尋ねた。

「アパートの見取り図を見て、気がつきませんでしたか? 護衛官の部屋をちゃんと長官は割り当てておられますよ。」
「知らなかった。」

 ローガンは頭を掻きながら、姉夫婦を見やった。ニコ小父さんって本当に凄い人なんだ。
そこへケンウッド達が近づいてきた。

「そろそろ私達もこのホールから出よう。少佐、ドームに帰る人達の面倒を頼むよ。後一踏ん張りして下さい。」
「どうぞ、お任せを。」

 キーラはショシャナとローガンと共にホテルにもう一泊する。パーシバルはJ Jの手術の打ち合わせの為にその夜はドームに泊まることになっていた。
 シュリーがサルバトーレに顔を向けた。

「貴方は今夜の護衛に来ないの?」
「それはどうかご勘弁を・・・」

 サルバトーレが苦笑した。ケンウッドが新妻に注意した。

「彼は今日十分に働いた。休ませてあげなさい。」
「え? 仕事してたの?」
「シュリー、いい加減にしなさい。」

とキーラが叱った。

「彼等が単純に遊んでいるとでも思ったの? 長官の奥さんになったのだから、部下への気遣いも早く学ぶのよ。ニコの負担を増やしては駄目。」

 小さな声で「はい」と答えたが、シュリーは不満そうだ。保安課員を遊び相手と勘違いしている。世代が近いから、とケンウッドは心の中で苦笑した。ゴメス少佐が悩ましげな目付きで部下を見た。ちょっとあらぬ想像をして心配している様だ。するとハイネがゴメスに話しかけた。

「長官のアパートの護衛は何人ですか?」
「4人がローテーションを組んで固定勤務に就く。」

 少佐はサルバトーレを顎で指した。

「彼は長官が外出される時の担当だ。アパートには就かない。」

 シュリーがまた不満そうな表情をしたが、ローガンが「不倫し損ねたね」と揶揄うと大笑いした。ゴメスが彼女に言った。

「貴女にも専属の護衛を付けます。サンダーハウスでは必要ないと思いますが、実験場から出られる時は連絡して下さい。実験場近くに護衛官を待機させておきます。」

 シュリーが目を丸くしたので、ハイネが孫に言った。

「ニコラスと結婚すると言うことは、こう言うことだ、シュリー。」

 シュリーはケンウッドに抱きついた。

「お願い、私をドームに連れて行って・・・」



狂おしき一日 La Folle journée 27

  ピアノと電子ギター、そしてエアギターのコラボが終わった。満場の拍手だ。護衛官もホテルの従業員も大喜びで拍手していた。ショシャナは立ち上がり、クリスの手を取って立たせると、ローガン・セドウィックとローガン・ハイネと共に4人で円形ステージの周囲に向かってお辞儀した。彼女が挨拶した。

「今日は私達の姉シュラミスと大好きなニコの結婚式に遥々遠路を飛んで集まって下さり、有り難うございます。正直なところ、気が強いシュリーの我儘にニコがどこまで寛大で忍耐強く付き合って下さるか、心配ですが、どうか皆様のお力添えで、2人の幸せが末長く続くことを願っています。有り難う!」

 ローガンが続いた。

「どうも、目立ちすぎる姉妹2人にこき使われているローガンです。」

 ドッと親戚達が笑った。

「僕は研究者としてはまだシュリーほどに成果を上げていないし、シャナの様な名声もありません。だけど姉妹を支えることには誰にも負けない自信があります。ニコはすごく信頼がおける人ですけど、僕の兄貴にはもったいないほど立派な人です。シュリーが彼の足を引っ張らないよう、僕が御して行きます。だから、ニコ、困ったことがあれば僕に相談して。」

 ケンウッドは思わず笑ってしまった。そして答えた。

「わかった、そうするよ、ローガン。」

 また拍手。人々の視線がクリスに集まった。クリストファー・ウォーケンは立ち上がった。彼はローガン・ハイネを見た。ハイネが微かに首を横に振った。だが、クリスは彼を裏切ることにした。これはずっと彼を苦しめてきたマーサとハイネに対する罰だ。

「ただの医者である私が、義理の孫の結婚式に招待されただけでも光栄なのに、こんな華々しい舞台に座らせてもらえるなんて夢の様です。シュリーとニコラス、ショシャナとローガンに感謝します。そしてキーラ、有り難う。 君は私の自慢の娘だよ。」

 キーラが頷いて見せた。気が強いのは母親譲りだが、目が潤んでいた。クリスは続けた。

「だけど、そろそろ時効じゃないのかな。」

え? 何のこと? と出席者達の表情が戸惑ったものになった。ケンウッドは焦った。シュリーが彼の手を固く握りしめた。ヤマザキが諦めた表情になり、ベルトリッチ委員長がパーシバルを見た。ロナルド・セドウィックが父を呼ぼうとした。しかしクリスは続けた。

「先ほどローガン・ハイネが三つ子達の実の祖父達が既に私達と同じ世界にはいないと言いましたが・・・」
「父さん!」

 ロナルドが父を呼んだ。クリスは無視した。

「それは間違いです。もう地球人保護法は効力を失いました。キーラは本当の父親を人前で抱きしめても良いと思います。」

 彼はニッコリ笑って、「以上です」と締めくくった。
 肩透かしを食った感を抱きながら、或いは狐につままれた様な表情の出席者達を見て、ハイネが拍手を始めた。出席者達が訳がわからぬままそれにつづいた。ハイネは手でステージ上の人々に「下りろ」と合図を送った。ショシャナとローガンがクリスを左右から支える様にしてステージから下りた。
 ケンウッドとシュリーがクリスに近づくより早くロナルドが父親に詰め寄った。

「父さん、どう言うつもりだ?」

 クリスは平然と答えた。

「私はマーサにちょっとした仕返しをしただけさ。」

 キーラがクスッと笑った。

「マーサにだけじゃないでしょ、父さん。」

 既に周囲はまた賑やかな食事会に戻っていた。録音された音楽が流れ、まだ踊り足りない人々は踊っている。ケンウッドはハイネがギターを片付けてステージから下りたので、局長、と呼びかけた。それからアイダ・サヤカも呼んだ。ハイネはセドウィック家側の人々が集合しているのを見て、ちょっと躊躇った。しかしパーシバルに腕を掴まれ、渋々やって来た。ヤマザキが言った。

「まずは、素晴らしいギターリストに乾杯!」

賞賛の言葉に、ハイネが油断した瞬間、キーラが彼の腰に腕を回して周囲に向かって言った。

「紹介するわ。私の父よ。地球人なの。」

 場内がシーンと静まり返った。パーシバル家の人々が固まっている。サンダーハウスの人々は単純に驚いている。護衛官もショックを受けている。ドーマーだから当然だ。ゴメス少佐がサルバトーレに囁いた。

「知っていたか?」
「まさか!」

 委員会の女性達は知っていたようだ。ランバートはベルトリッチ委員長と目を合わせて微笑みあった。ゴーンがアイダに「やっとね」と呟いた。アイダも小さく頷いた。
 その場の緊張を打ち砕いたのは、シュリーだった。 彼女がケンウッドの腰に腕を回して言った。

「ママ、主役は私達なのよ。センターを奪わないで!」

 ケンウッドが吹き出し、一同も笑い出した。ハイネがキーラの額にキスをして、彼女から離れるとアイダをハグした。そしてクリスと握手した。

「貴方に長い間苦労をおかけした様ですな。」
「いいや、貴方が体験出来なかった父親業を存分に楽しませてもらいました。感謝していますよ。」

 ローガンは従兄弟達に取り囲まれた。

「お前、凄い祖父さん持ってたんだな。」
「どうして黙ってたんだよ!」
「だって実物に出会ったのは、今日で2回目だよ。」
「ドーム長官を兄貴にして、この上遺伝子管理局長が祖父さんだなんて、ズルいぞ。」

 パーシバルがヤマザキのそばに立った。

「一瞬、どうなるかと冷や汗が出たよ。」
「そうかい? 親戚が集まる場で良かったじゃないか。一軒ずつ告白して回る手間が省けただろ?」

 ヤマザキの言葉に、なんだそれ? とパーシバルが突っ込んだ。



2021年5月2日日曜日

狂おしき一日 La Folle journée 26

  ピアノ演奏を一時中断してB G Mを録音された音に任せたショシャナ・パーシバルがステージから降りて軽く食事を取った。兄のローガン・セドウィックがそばへ行って彼女と何やら相談をしていたが、まとまったらしくグータッチをして別れた。
 進行役のミラーがまた声を張り上げた。

「お待たせしました。次はギターがピアノと共演します。花嫁の祖父と妹の二重奏です!」

 ローガン・ハイネがアイダ・サヤカやシンディ・ランバート達から離れ、ショシャナのそばへ行った。腕を差し出すと、彼女をエスコートしてステージに上がった。招待客達から微かなドヨメキが上がった。何故遺伝子管理局長が? と言う驚きだ。ケンウッドとシュリーはどんな展開になるかと少し緊張して見守った。
 ハイネはショシャナをピアノの前に誘導すると、ステージの下へ視線を向けた。クリストファー・ウォーケンと目が合うとニッコリして見せた。

「ウォーケン博士、どうぞこちらへ。」

 クリスが躊躇った。

「私はギターなど弾けないぞ。それに私は・・・」

 ハイネは彼に最後まで言わせなかった。

「承知しています。ですから、私が僭越ながら代理で演奏させていただきます。」

 ステージに上がって来いと腕を大きく振って見せた。ケンウッドが拍手すると、周囲も彼に続けて拍手した。クリスは仕方なく立ち上がり、ゆっくりとステージに上がった。ハイネが紹介した。

「クリストファー・ウォーケン博士は、花嫁の母親の義理の父親ですが、実の祖父以上に三つ子達に愛情を注いでくれたとキーラ・セドウィック博士が仰っています。キーラ博士も父としてウォーケン博士を慕っておられます。花嫁の実の祖父達は既に私達と同じ世界には居られません。ですから、今日はウォーケン博士にこちらに座っていただいて、私ローガン・ハイネが代わりにギターを弾きます。拙い演奏ですが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。」

 ハイネはクリスを椅子に誘導し、彼が座るとステージの反対側に移動してギターを手に取った。そしてピアノの前に立つショシャナに合図を送った。ショシャナが座り、2人は目で合図を取り合った。
 1曲目はクラシックの軽快な音楽だった。暫く聞き惚れていた人々だったが、やがてパーシバルがキーラの手を取って開けた場所で踊り始めた。釣られて彼の兄夫婦が、そして科学者のグループからも同僚同士で踊り出した。ケンウッドがシュリーに囁いた。

「お祖父さんと踊ってあげなさい。」

 シュリーは頷くとステージに上がり、クリスの手を取った。義理の祖父を立ち上がらせ、ゆっくりと音楽に合わせて2人は踊った。
 1曲目が終わると、クリスはシュリーに礼を言って再び腰を下ろした。シュリーがステージから降りるとすぐにショシャナが2曲目を弾き始めた。今度はテンポの疾い曲で、ハイネもギターをクラシックから電子ギターに交換した。今度は若い世代の人々も踊り出した。ケンウッドはアイダ・サヤカと、シュリーはポール・レインと、J Jはアキ・サルバトーレと、ランバートはサンダーハウスの若い科学者と組んだ。ヤマザキは食べる方へ逃げようとしたが、ベルトリッチ委員長に捕まった。ラナ・ゴーンはタマラ・セドウィックと女性同士で踊っている。ゴメスもパーシバル家の女性の相手をさせられている。
 護衛で壁際に立っていた保安課のレティシア・ドーマーがベサニー・ロッシーニに囁いた。

「びっくりよ、うちの少佐も結構踊れるのね。」

 ベサニーは笑いそうになった。

「そんな言い方、少佐に失礼ですよ、ボス。」

 そこへローガン・セドウィックが近づいて来た。

「そこのお嬢さん、僕と踊っていただけませんか?」

 勤務中だからとベサニーが断ろうとすると、レティシアが言った。

「受けて差し上げなさい、これも勉強ですよ。」

 ショシャナの演奏は普段の活動では弾かないようなテンポの激しいものになっていた。マネージャーが聞いたら卒倒するかも知れない。すごく俗っぽくて過激な大昔の曲だ。そしてハイネのギターも熱が籠っていた。ケンウッドと彼の世代の人々は疲れて踊るのをやめた。そしてピアニストとギターリストの技術に関心して聞き惚れた。キーラは初めてロックンローラーとしての父の演奏を生で聴いた。そしてメロディに聞き覚えがあることに気がついた。母マーサがよく口ずさんでいたものだ。あれは父の曲だったのか。あの曲を今ハイネは孫娘の為に弾いている。そしてもう一人の孫娘が即興でそれを覚えて祖父の演奏について演奏しているのだ。彼女の横でヤマザキが呟いた。

「108歳とは思えんなぁ・・・しかし肺が保つかな、爺さん。」

 ハイネはマスクをしていない。サンダーハウスの実験装置が働いていて大ホールの空気は清浄に保たれているが、収容人数が多い。ヤマザキはポケットの中の錠剤の存在を指で確認した。
 観客が歓声を上げた。ステージの上にローガン・セドウィックが上がり、ギターを弾くハイネの反対側でエアギターを始めたのだ。大胆でユーモラスな動作に観客が喜んでいる。ハイネもショシャナも弾きながら笑っていた。 ケンウッドはクリスがハイネを見つめて微笑んでいるのを見た。


狂おしき一日 La Folle journée 25

  度重なる乾杯がなされたが、供されたのはアルコールではなく酒の風味に似せたソフトドリンク類だった。昼間から酔う訳にいかず、パーティーの後で旅行に出かける親戚達から文句は出なかった。サンダーハウスの科学者達も夜の食事の楽しみに酒類をとっておくことは支障ないようだ。それにシェイの料理はとても美味しかったが、お酒を我慢出来る味だった。ケンウッドとシュリーは一緒に来客の中を歩き回り、挨拶に忙殺された。

「疲れないかい?」

 ケンウッドが気遣うとシュリーも彼に心を配った。

「無理しないでね。」
「私は慣れているよ。本部の会合の後はいつもこんな感じだからね。」

 ロバータ・ベルトリッチ委員長はキーラとアイダとランバートの「出産管理区トリオ」に囲まれてドレスの購入元を追求されていた。彼女は数年ぶりに地球へ降りて来たので衣装を調達したのは月か火星と考えられ、どこの工場で製造された生地を使っているのかとトリオが知りたがったのだ。

「フォボス・デパートで買ったのよ。」
「こんな滑らかな手触りの布が作れるメーカーなんて知りませんよ。」
「特注じゃないんですか?」
「ただの吊るしよ。」
「嘘おっしゃい!」

 ロアルド・ゴメス少佐とアキ・サルバトーレはパーシバル家の若い男達に注目されてしまった。護衛をしているつもりだったが、若者達はどうすればそんな立派な筋肉を創れるのか、とか、日頃どんなトレーニングをしているのか、どんな種目が得意なのか、とか、興味津々だった。中にはドームで保安課員として採用されるにはどんなことを勉強すれば良いかと尋ねてくる者もいた。
 ヘンリー・パーシバルはポール・レインとヴァンサン・ヴェルティエンと共にビュッフェで食べ物を集めながらレインが巡回した外国の話をしていた。パーシバルも巡回医師として月に2回ずつ地球上を回っているので、互いの体験したことを語り合い、失敗談で盛り上がった。
 ガブリエル・ブラコフはやっとこさローガン・ハイネ遺伝子管理局長を捉まえることに成功した。ハイネはチーズをたっぷりと使った肉とパスタの料理から離れられないでいたのだ。

「介護士になると言う当初の目標から挫折してしまったんだ。」

とブラコフが申し訳なさそうに話しかけると、ハイネは糸を引くチーズを苦労しながら小皿に取り分けながら、それで? と言った。

「そのお話はもうずっと以前にお聞きしましたが。」
「介護士になるからと言って、委員会を退官したんだ。まるで任務を投げ出して敵前逃亡した気分がずっと僕の心に付き纏っている。」
「熱傷治療の医師になられたのでしょう。」

 ハイネはチーズをようやく小皿の上にまとめることが出来たので、肉に絡めて口へ運んだ。後少し経てばギターの演奏をしなければならない。彼はちょっと焦っていた。演奏前になんとしてでもチーズをたらふく食べておくのだ。元副長官の反省など聞いている暇はない。彼は言った。

「医師になられて何人の命を救われました? 大勢が貴方に感謝している筈です。貴方がクヨクヨして医師になったことを後悔なさっていると知ったら、貴方に救われた人々はどんな気持ちになるでしょう。誇りを持って下さい。患者達に素晴らしい医師に治療してもらったのだと喜ばれているのですよ。」

 ブラコフがハグして来たので、ハイネは皿を持った手を上げて落とすまいと努力した。
 J J・ベーリングはローガン、シュラミス、ショシャナの三つ子のD N Aを眺めていた。ローガンは普通の人間だ。コロニー型地球系ホモサピエンス、所謂太陽系人だ。シュラミスとショシャナはそこに一つだけ異なるパーツがある。一つだけだが重要な因子だ。彼女はクリストファー・ウォーケン医師と話をしていたヤマザキ・ケンタロウの上着の裾を引っ張った。ヤマザキがクリスに断って、彼女に向き直った。

「なんだ?」

 J Jは脳波翻訳機の電源を切っていた。端末に素早く文章を入れた。

ーーパーシバルの娘達に『待機型』因子がある。

 ヤマザキは頷いた。それは三つ子が生まれた時から懸念されていたことだ。だが「待機型」遺伝子があるのは女性2人だ。だから彼は言った。

「ローガンになければ良いんだ。」

 J Jも彼が言いたいことを理解した。彼女は微笑んで、パーシバルの息子に問題の因子がないことをヤマザキに伝えた。ヤマザキが彼女を手で誘導した。

「紹介しよう、J J。こちらはクリス、105歳のお医者さんだ。キーラの義理のお父さんだよ。 クリス、こちらはJ J・ベーリング、今ヘンリーと一緒にいる美男のポール・レインの奥さんです。例の、ニコの女性誕生の鍵発見の最大の功労者です。この女性がいなければ、地球はまだ救われなかったかも知れません。」

 J Jは慌てて脳波翻訳機の電源を入れた。

「私は卵細胞の異常を見つけたに過ぎません。原因が羊水の製造過程にあったと解明したのはケンウッド長官なのです。」

 クリスは微笑んで彼女に手を差し出した。J Jは握手に応じ、そして喉を指差して声帯がないので機械の耳障りな音声で申し訳ありませんと言った。実際のところ機械の音は不快なものではなかった。人間の耳に心地よい音に調整されているのだ。クリスがヤマザキに尋ねた。

「クローン声帯をつけられないのかね?」
「現在その手術の為にクローン製造部で調整中です。早ければ1週間の内に彼女に声帯を与えられると思います。」
「簡単な手術の筈だ。」
「ええ。ですが彼女は生まれつき声を出したことがないので、発声の為の呼吸の練習が必要です。口の動かし方も学ばなければなりません。」

 クリスはJ Jを優しい目で見つめた。

「生まれつき聴力がない人も聴覚治療で音を聞けるようになります。彼等も音を聞く経験がなかったので、発声を練習するのです。頑張って下さい。貴女もきっと話せるようになりますよ。」
「有り難うございます。」

 J Jはヤマザキを振り返って微笑んだ。
 その頃、ケンウッドとシュリーは親戚の群れから出て、ビュッフェまで辿り着いた。

「折角の料理だ。食べなさい、シュリー。休憩としよう。」
「貴方もお腹が空いているでしょう、飢えで倒れそうな顔よ。」

 シュリーは笑いながらミートボールを皿に取り、フォークを添えてケンウッドに手渡した。ケンウッドはミートボールを口に入れ、美味い、と呟いた。

「美味しいよ。君も食べなさい。」

 シュリーはアスパラガスとベーコンの料理を皿に取っていたが、声をかけられて振り向いた。その口にケンウッドはミートボールを入れてやった。

「ほんと! 美味しいわ。ちょっと冷めちゃったけど。」
「この温度で調整しているんだよ。猫舌の人もいるからね。」

 ケンウッドは目でハイネを探した。遺伝子管理局長はベルトリッチ委員長と出産管理区トリオと共に料理を探索中だった。ケンウッドはシュリーにアドバイスした。

「ハイネがもし我が家に来ることがあれば、あまり熱い料理は出さない方が良い。」
「でも熱いピッツァは平気みたいよ。」
「無理しているだけだ。チーズが硬くなる前に食べたいのさ。」
「本当にチーズが好きなのね、局長は・・・」
「ああ・・・女とチーズ、どっちが好きか一度聞いてみたいね。」



狂おしき一日 La Folle journée 24

  ドーム空港ホテルの結婚式場は建設されてから200年以上経っているが、簡素で清潔な感じは少しも損なわれていなかった。荘厳な雰囲気の中で挙式したいカップルもここで法律上の式を挙げ、法的に夫婦として登録してから新しい人生の船出をするのだ。
 ニコラス・ライオネル・ケンウッドとシュラミス・セドウィック・パーシバルはここで地球人類復活委員会委員長ロバータ・ベルトリッチを結婚宣誓先導師として互いの愛の誓いを交わし、親族、友人、部下達の立ち合いの下に夫婦として登録証明書に直筆の署名をした。この証明書はドームシティ市役所と月の連邦政府住民登録局と夫婦それぞれが生まれたコロニーの行政府に写しが送られ保存される。偶々ケンウッドとシュリーは同じコロニーで生まれたので登録証明書は3通で済んだ。原本は結婚宣誓先導師が保管する義務があり、プロの先導師の場合、かなりの枚数の証明書を所蔵している。ベルトリッチも委員長と言う立場上、会員達から先導師を依頼されることが多く、ケンウッド夫妻の証明書は彼女にとって記念すべき100枚目だった。

「地球人保護法が改正されてから60組のカップルから依頼されましたが、ドーム長官の式に立ち会ったのはこれが初めてです。 しかも100組目ですよ! 私の時は、是非ともケンウッド夫妻のどちらかにお願いしたいわ。」

と彼女は言って、場内を沸かせた。
 式が終わると一同は隣の大ホールへ移動した。中央にステージがあって、ヤマハのピアノが設置されていた。ヤマザキの顔が綻んだ。彼の好きなメーカーだ。人々はステージの南側の空間に集まった。ケンウッドとシュリーがステージに上がった。

「皆さん、今日はシュリーと私の為にお忙しい中を、あるいは遠い宇宙空間を超えてわざわざお越しくださり、有り難うございます。」

 ケンウッドの心臓は先刻の式の間に鎮まっていつもの冷静さを取り戻していた。彼はゆっくりと参列者一人一人の顔に視線を送っていった。

「私がこの地球に初めて降り立ったのは30年以上も前のことです。皮膚の研究をしていた私は、象をこの目で実際に見てみたいと言う、ただそれだけの理由で地球人類復活委員会の採用に応募して、ここへ来ました。そして運命の出会いをしました。」

 彼は悪戯っぽい笑みを浮かべてヘンリー・パーシバルを見た。

「表皮形成の遺伝子変化を調べていて、神経細胞の研究者ヘンリー・パーシバルと友人になったのです。」

 パーシバルが後ろを振り返り、大袈裟にお辞儀をして笑いを取った。ケンウッドも笑って、なんとか続けた。

「もしあそこでヘンリーと知り合えなかったら、今頃私はシュリーと出会えなかったでしょう。そして・・・」

 彼はハイネを見た。

「ヘンリーと私はチーズが縁でローガン・ハイネ遺伝子管理局長とも親しくなりました。彼はある時大病を患いまして、私達は彼の病室に通ううちに主治医のヤマザキ・ケンタロウとも親しくなり、我々は4人で連む悪ガキの様な仲になりました。ところがある時、ヘンリーが重力障害と言う地球で暮らすコロニー人にとっては致命的な病気を発症してしまいました。そこを救ったのが、キーラ・セドウィック、現在のヘンリーの奥さんです。」

 キーラが珍しく頬を赤く染め、パーシバルの手を握って夫を見た。それをパーシバルが優しく見返した。

「キーラとヘンリーの間に三つ子が生まれました。ショシャナ、ローガン、そしてシュラミスです。
 思えば、地球に降りて来た時に、すでに私はシュラミスと出会うことを運命付けられていたのかも知れません。私は彼女と出会わせてくれた全ての人々、友人達とキーラとヘンリーのご両親、そして地球に感謝しています。有り難う!」

 ほんの一瞬、ケンウッドはハイネに視線を向けた。ハイネは娘を見ていた。彼にはアイダ・サヤカが寄り添い、お似合いの夫婦ぶりだった。
 拍手の後に、続けてシュリーが語り始めた。

「母が私に語ってくれた話によりますと、父との出会いは母にとって想定外だったそうです。でも好きになって結婚してしまいました。そして、三つ子も想定外だったそうです。母は双子を産むつもりだったのです。一人はローガンです。もう一人は女の子ですが、まさか一卵性双生児になると思わなかった、と言ってました。」

 親戚一同から笑い声が起きたので、これはパーシバル家でもセドウィック家でも何度か語られている話なのだろう。

「両親は私達を愛情深く育ててくれました。そして両親の友人達も我が家を訪れた時は私達を可愛がってくれました。私の一番のお気に入りが、ニコ小父さんでした。いつも優しくて、上品で、思慮深くて、静かで、私がどんな我儘を言っても怒らずに相手をしてくれました。私はいつしか夢を見るようになりました。地球でニコ小父さんと一緒に暮らす夢です。友達は、それはただの憧れで恋じゃないって言いました。ただの恋で愛しているのとは違うと言った人もいました。でも、私の気持ちは成長しても変わりませんでした。」

 シュリーはちょっと息をついでから、視線をハイネに向けた。

「高校生の時に両親が私達を初めてドームの春分祭に連れて行ってくれました。ニコ小父さんはハイジに扮していました。」

 サンダーハウスから来た地球人の科学者達にはびっくりだろう。早速コロニー人科学者が端末で春分祭の情報を出して見せている。

「普段女装しなれない男性が女性の扮装をするのはとても恥ずかしいと感じることでしょう。でもニコはハイジの扮装のままテレビカメラの前で挨拶して、インタビューにも答えていました。私はとてもかっこいいと思いました。だから・・・」

 シュリーは少し躊躇ってから語り続けた。

「初対面でしたけど、ローガン・ハイネ局長に相談してみました。どうすればニコの奥さんになれるかしら、って。」

 キーラとヘンリーが驚いてハイネの方を見た。え? シュリーがそんなことを相談したの?と言う単純な驚きだ。ケンウッドもヤマザキもびっくりした。ハイネは一言もそんなことを教えてくれなかった。シュリーが照れ臭そうに言った。

「局長はこう言いました。『彼に存在を認めて欲しくば、君も地球を愛すことだ。そうすれば、君が地球にいようが火星にいようが、彼は君を忘れない。』
 それから私は地球と言う惑星について猛勉強しました。地球は知れば知るほど奥の深い星です。宇宙の開拓が進んでいる今日ですらまだ未知の場所があり、未踏の領域があります。数えきれない程の種類の生命が暮らし、命の循環が途切れなく行われています。ニコはその循環の輪に人間をもう一度加えようと努力を積み重ねている科学者だったのです。私もその輪に人間を戻したいと願うようになりました。
 遺伝子レベルでの女性誕生の鍵の発見はニコが成し遂げました。これは本当に素晴らしいことです。太陽系連邦も開拓惑星でも拍手喝采の偉業です。でも彼は満足していません。新しく生まれてくる地球人の女性達が安心して子供を産める世界の再現を目指しています。ですから、私はサンダーハウス実験場の研究に参加しています。私の素敵な研究者仲間達も綺麗な地球の復活を心から望み、日々研究に打ち込んでいます。
 私はこれからもニコと地球の為に働き続けたいと思っています。今日は皆さん、本当に有り難うございました!」

 大きな拍手の中で、ケンウッドとシュリーはキスを交わし、ステージから降りた。進行役のレオン・ミラー博士が声を張り上げた。

「皆さん、お待たせしました。今日の料理は、シェイ・パーカーと彼女のチーム、ホテルのスタッフが総力をあげて作ってくれたものです。決して失望させません。お腹いっぱい食べて行って下さい。」

 ステージにショシャナが上がった。ミラーが紹介した。

「花嫁の妹が演奏します。ショシャナ・パーシバルの音楽を聴きながらお食事をお楽しみ下さい。」

 再び拍手。ヤマザキの隣にいたシンディ・ランバートが小声で尋ねた。

「あの子はいつご飯を食べるの?」

 ヤマザキが笑った。

「ずっと弾きっぱなしじゃないさ。頃合いを見計らってこっちへ来るよ。」



狂おしき一日 La Folle journée 23

  ニコラス・ケンウッドは普段通りの時刻に起床し、軽くジョギングした。ハイネ局長も一緒だった。ジョギングを終えるとシャワーを浴び、朝食を取ったが、その間パーティーの話はどちらもしなかった。食堂を出るとケンウッドは中央研究所の長官執務室に行き、第1秘書のチャーリー・チャンと彼の留守の間の業務打ち合わせを行い、第2秘書ジャクリーン・スメアが出勤して来るのと入れ違いにドームの出口へ向かおうと部屋を出た。中央研究所の出口で彼は思わず立ち止まった。研究所前の広場にドーマー達が集まっていた。長官の顔を見るなり、彼等が一斉に声を上げた。

「ケンウッド長官、ご結婚おめでとうございます!!」

 ケンウッドは暫し呆然と立ちすくんだ。結婚を公言した覚えはなかったし、ごく一部の人にしか明かしていない。しかしドーマー達は家族だ。良いことがあれば喜びを共有し、悲しいことがあればそっと支え合う。ケンウッドは驚愕が収まると目頭が熱くなって、ちょっと戸惑った。

「有り難う、みんな!」

 そう言うのがやっとだった。 招待客であり護衛でもあるアキ・サルバトーレが紺色のジャケットに青と濃紺のストライプのタイを身に付けて前に出て来た。

「さぁ、参りましょう、長官。」
「そうしよう。みんな、仕事に戻りなさい。今日も良い1日を!」

 ケンウッドは救われた気分で彼と並んで歩き始めた。素敵なジャケットだと褒めると、サルバトーレが照れ臭そうに打ち明けた。

「シュリーが選んでくれたんです、前回のサンダーハウス訪問の時に。」
「ああ・・・そう言えば買い物のお供に君を強引に連れて行ったんだったね。」

 回廊は遠回りになるので医療区を抜ける近道を歩くと自然にヤマザキが合流した。

「ラナとサヤカとシンディはもう外に出たらしいよ。女性は美容室に用事があるからね。」
「それじゃ、ハイネは一人かね? これから我々に合流するのかな?」

 ケンウッドが懸念すると、サルバトーレが答えた。

「局長はゴメス課長と一緒に既に出られました。保安課の護衛グループとホテルに入られたそうです。」
「楽器の音合わせをするんだろう。」

とヤマザキ。違いますよ、とサルバトーレが苦笑した。

「ポール・レインが帰国したんです。簡単にですが一応任務の途中経過報告を聞くそうです。」

 ヤマザキはJ J・ベーリングの声帯手術の計画を聞かされていたので、それでは神経治療の専門家パーシバルとクローン製造の責任者ゴーンも彼等と会うのだろうと思った。

「レインから外国のドームの話を聞きたいなぁ。」

とケンウッドが呟いた。
 出産管理区の入り口でヴァンサン・ヴェルティエンとガブリエル・ブラコフが合流した。彼等は昨夜それぞれの昔の友人達と旧交を温め合ったのだ。ブラコフは彼が担当していた皮膚の研究室の仲間と、ヴェルティエンは文化人類学の同好会や秘書仲間と。

「まだ局長と出会っていないんです。」

 ブラコフはてっきりハイネがケンウッドと共にドームを出るのだと思っていたので、遺伝子管理局長がこの徒歩グループにいないことを残念がった。ヤマザキが笑った。

「ハイネは逃げないよ。ちゃんとホテルにいる。」

 ヴェルティエンはポール・レインがこれから巡回する予定の地域に関する資料を持参していた。レインが異文化で戸惑わないよう予習させるためだ。東へ行くほどに習慣が異なる。レインはアメリカ文化にどっぷり浸かって成長したので、最初のヨーロッパ行きの時にヴェルティエンがささやかな手引き書を作って端末に送ってやったら大喜びして、それ以来転地する度に質問の電話をかけてくるようになった。ヴェルティエンは長い間ドームで勤務していたが、レインとそんなに接触がなかったので、これは嬉しい体験だった。

「長官、申し訳ありませんが、パーティーの最中、僕等は仕事の話をしているかも知れません。」

 そう言うと、ケンウッドは笑って頷いた。

「構わないよ。それで君達が楽しいのであればね。」

 出会う人々からの祝福の言葉に、失礼とは思いながらも歩きながら返礼して、彼等は遂にゲイトの前に来た。
 ケンウッドは立ち止まって深呼吸した。

「副長官就任を要請された時はそんなに緊張しなかった。だから、長官に就任するユリアン・リプリーが遺伝子管理局長執務室の前で『もう引き返せないな』と言った時は他人事の感じで『毎日の挨拶と同様に肩の力を抜いて下さい。』と励ましたんだ。長官に就任した時も、そんなに固くならずに済んだ。だが、今の私はどうだろう。ユリアンの気持ちがわかるような気がするんだ。」

 ヤマザキが肩に手を置いた。

「これから週末をドームの外でシュリーと一緒に過ごす。それだけじゃないか。仕事内容に変化はないし、彼女は君を束縛したりしない。君も彼女を束縛しない。毎日の挨拶と同様に肩の力を抜けよ。」

 ケンウッドが振り返って苦笑した。

「ちょっとその励ましは長過ぎるな。」
「それじゃ、こう言おう。」

 ヤマザキはケンウッドの肩から手を外し、背中をポンと叩いた。

「さっさと行け!」




2021年5月1日土曜日

狂おしき一日 La Folle journée 22

  夜が明けた。

 サンダーハウスから来た科学者の一行は慌ただしく朝食を取ると、大ホールへ向かった。昨日設置した放電ポールの最終テストだ。シュリー・セッパーも参加しようとしたが、ジェンキンス教授に「花嫁は来なくて良い」と追い払われてしまった。
 シュリーが部屋に戻ると母親が待ち構えていて、彼女は美容室に連れて行かれた。そこでは既に妹のショシャナが叔母のタマラと共に髪のセットをしてもらっていた。ショシャナもピアノの音合わせがあるので早起きして準備していたのだ。娘達が椅子に座ると、キーラは親戚の女性達に順番に電話をかけてモーニングコールと美容室への誘いをかけた。
 親戚達は、初めての地球の朝に戸惑っていた。何しろ窓のカーテンを明けたら強烈に眩しい朝陽が差し込んで来たからだ。存分にお湯を使えるシャワーを浴びてレストランで朝食を取ったら女性達は美容室へ、男達は部屋に戻って荷物の片付けをしたり、パーティー用の服装に着替えた。数人は空港ビル内を探索し、さらに2人ばかりは草原に出て散歩を楽しんだ。眩い光を放つドームの壁を眺め、あの中で地球人が生まれるのだと思うと感慨深いものがあった。彼等の一族の一員である娘が一人、あの巨大で神聖なドームを統治している男性と結婚するのだ。まるで御伽噺のような感じだが、彼等はニコラス・ライオネル・ケンウッドの素を知っていたので、シュラミスが分不相応な結婚をすると言う考えはなかった。
 ヘンリー・パーシバルは彼自身の兄弟達とその家族の引率に忙しかった。彼等が朝食と散歩から戻ると身支度を急がせ、一番大きな部屋に集合させて地球上でのマナーの説明を行なった。勿論重力対策を教授することも忘れない。パーティーが終われば彼等はそれぞれ好きな土地へ旅行に出かけてしまうのだから、今のうちに注意事項を与えておかねばならなかった。
 ロナルド・セドウィック一家にも同じことが行われた。こちらはローガン・セドウィックの担当だった。彼は父親ほどには地球生活の経験を積んでいなかったが、それでもズブの素人よりはかなりマシだった。それにセドウィック家の方がパーシバル家より人数が少ないので扱い易いこともあって、このお役目を割り当てられたのだ。クリストファー・ウォーケン医師は説明する義理孫を誇らしげに見つめていた。一卵性双生児の姉妹に揉まれていつも割を食っていたローガンだが、人前で泣くことは滅多になかった。彼が泣くのは、クリスお祖父ちゃんと2人きりの時だけだった。クリスはローガンの親友だった。あの小さかった聞かん坊のローガンが一人前に叔父や従兄弟達に注意を与えている。血は繋がっていなくても、彼はクリスの自慢の孫だった。
 ホテルにはドームから保安課のドーマー達が到着して、空港保安部の部員達と打ち合わせを始めた。空港保安部はドーマーと一般地球人の混成で、地球の人口比率を反映して全員が男性だ。しかしドームから来た保安課には女性が2名いた。ベテランのレティシア・ドーマーと新人のベサニー・ロッシーニ・ドーマー、美人で有能で貫禄もある熟女と初々しい若い娘だ。2人共にパーティー会場で違和感を客に与えぬよう、機能的なパンツドレス姿だった。当然ながら男性達の視線は彼女達に集まってしまい、チーフのジョナサン・ダッカーは何度も咳払いして若者達の注意を自分に集めなければならなかった。
 ホテルの厨房では、空港職員の寮食堂司厨長シェイ・パーカーが出張って来てホテルの従業員達に指図していた。ホテルにはホテルの厨房長がいるのだが、彼女はお構いなしだ。厨房長もこの日だけは彼女に任せるようにと上から達があったので、お手並み拝見とばかりに傍観していた。シェイの料理の評判は十分知っていた。そしてシェイが変わり者だと言う噂も知っていた。彼女は料理以外のことに関心がなく、空港ビルの外の世界もほとんど知らないのだ。一体どんな経歴の持ち主なのか、料理人達は興味があったが、彼女はそんな料理に無関係の質問をする余裕を与えてくれなかった。
 ヘンリー・パーシバルが親戚にレクチャーを終えて自身も着替えを始めたところに、ポール・レインから電話が掛かってきた。入国審査を終えてJ Jと共にホテルに入ったところだと言う。パーシバルは部屋番号を聞いて、すぐに行くよと告げた。アイドルの顔を早く見たかったし、レインからJ Jの喉の手術について相談を受けていたのだ。J J・ベーリングは生まれつき声帯がなく、声を出せない。今までは脳波翻訳機で会話をしていたが、機械は彼女の思考を全て音声にしてしまう。他人に聞かれたくない思考は、電源を切らなければならず、少々不便だったのだ。それで声帯をクローン技術で作成して移植する手術を受けさせることにした。神経の研究者であるパーシバルは、クローン声帯を使用する為の喉の筋肉を動かす神経の調節を頼まれていた。今日はパーティーが終わったらJ Jを診察するのだが、その打ち合わせを朝のうちにやっておくつもりだった。
 パーシバルは急いでパーティー用の身支度を整え、小さな荷物を持ってレイン夫妻の部屋へ向かった。



狂おしき一日 La Folle journée 21

  ケンウッドとヤマザキがアパートの入り口近くまで来た時、ささやかな植え込みの陰からローガン・ハイネが現れた。昼前の打ち合わせに来なかっただけなのに、ケンウッドは彼と会うのが随分久しぶりな気がした。ヤマザキが先に声をかけた。

「ヤァ、局長! 可愛い客人はもう帰ったのかい?」

 ハイネは頷いて2人のそばに来た。

「少し時間を頂いてよろしいですか?」
「いいけど?」

 ケンウッドとヤマザキは顔を見合わせた。まさか明日のパーティーに関して問題が発生でもしたのか? 微かに不安が生じた。ハイネが近くのベンチを手で指したので、そこへ移動した。公的な場所で話をするなら、大きな問題ではなさそうだ。
 ケンウッドとヤマザキを座らせて、ハイネはその向かいの植え込みの縁石に座った。

「明日のパーティーですが・・・」

 やはりそうだ。ケンウッドは思わず牽制した。

「欠席だなんて言わないでくれ。」
「出席します。」

とハイネが真面目な顔で言った。

「ただ、私の立ち位置をどうすれば良いか困っています。」
「君の立ち位置?」

 ケンウッドとヤマザキはまた顔を見合わせた。ハイネが続けた。

「私は長官の友人として出席するつもりでした。公的にもそれ以外の私の出席理由はありません。」
「・・・」

 ケンウッドもヤマザキも、非公式ではあるが彼をシュリーの祖父として出席させるつもりだ。しかし、サンダーハウスの科学者達にとって遺伝子管理局長はケンウッド長官の部下で友人の一人と言う立場でしかない。ヘンリー・パーシバルの親族もキーラの出自に関して詳細な情報を与えられていない。パーシバルはスキャンダルを恐れて自身の親族に妻の実父を明かしていないのだ。ヘンリーが憧れていた美しいドーマーによく似た女性を見つけて結婚したと思っている親戚達に、真実を明かすには年月が経ちすぎた感がある。
 ヤマザキが言った。

「君は僕と同じテーブルでサヤカと一緒にいれば良いんだ。親戚やサンダーハウスの科学者達にわざわざ挨拶に行く必要はない。もし挨拶回りが必要なら、僕と一緒に行こう。」
「有り難うございます。」

 ハイネは微笑んだ。

「ただ、孫達はそう簡単に考えていないようでして・・・」
「どう言うことだ?」

 ハイネはちょっと躊躇った。ヤマザキを見たので、ケンウッドは自分がいては言い難いのかと思った。ヤマザキが何かに思い当たった。

「さっきショシャナがピアノを弾いていたことと関係あるのか?」

 ハイネが渋々の風に頷いた。

「ショシャナが、プログラムに『花嫁の祖父と妹の演奏』と言う演目を入れていたのです。私はただのB G Mのつもりで演奏を引き受けたのですが、実際は正式なパーティーの余興になっていました。」

 ケンウッドが片手で目を覆った。

「それはシャナのアイデアじゃない。シュリーだ。」
「双子の企みだな。まさか、ローガンも噛んでいるんじゃないだろうな?」

 このローガンは三つ子のローガンだ。彼等の会話で名前だけで呼ばれるローガンは、ローガン・セドウィックを指していた。フルネームか姓でしか呼ばれないローガン・ハイネは憂鬱そうな表情になった。

「ヘンリーの親戚はともかく、地球上の科学者の客は騒ぎますよ。私は子供を作っていないことになっているのですから。」
「箝口令を敷いても無駄だろうな。コロニー中に人気がある白いドーマーに娘がいるなんて事実を知ったら、連中の誰かが友達に喋るぞ。そして噂はあっと言う間に広がる。メディアがパーシバルの家やセドウィック病院や、地球人類復活委員会本部に集まるのは時間の問題だ。」

 ケンウッドはハイネとヤマザキに落ち着け、と手で合図した。そして端末を出した。婚約者の端末に電話をかけた。
 シュラミスはまだ起きていた。両親の部屋でドレスの試着を終えて自室に戻ったところだったのだ。

「こんな時間になぁに?」

 まさかドームで問題発生でも? と解いたげな不安な声だった。ケンウッドは出来るだけ晴れやかな顔をして見せた。

「ちょっと聞きたいことがある。明日のシャナのピアノ演奏なのだが・・・」
「何? 曲目の変更?」

 と尋ねて、彼女は別の不安を感じたらしい。声を顰めた。

「まさか、局長がギターを弾かないって言うんじゃないでしょうね?」
「あ・・・それは大丈夫だ、ハイネは弾いてくれるよ。」

 ケンウッドに視線を向けられて、ハイネも頷いた。

「ただ、演奏者の紹介をどうするのか、彼はそれを心配している。私の友人として彼はパーティーに出席してくれるのだ。それ以外の説明はしてはいけない。」

 ケンウッドはシュリーが落胆するのを見た。彼女は「日陰の身」の祖父に光を当ててあげようと思ったのだろう。ケンウッドは彼女の心遣いが嬉しかったが、友人も彼女の一族も守らなければならない。彼女にそれを理解させなければならなかった。

「パーティーの進行役は誰に頼んだのだね?」
「友達のレオン・ミラー博士よ。彼は貴方も知っているでしょ。もう彼に進行表を渡してしまったわ。それに彼は早寝なの。」
「それじゃ・・・」

 ケンウッドは頭を働かせた。

「彼がシャナとハイネを紹介した後で、ハイネに一言挨拶をさせてやってくれないか?」

 ハイネがケンウッドを見つめた。ヤマザキもケンウッドを見た。ケンウッドは画面の中のシュリーに優しく言い聞かせた。

「法律が改正されても、やはりハイネは私の友人以外の立場で君達の前に出られないんだよ。何故なら、彼は君達のママを守らなければならないからさ。ミラー博士がどんな紹介をしても、ハイネなら上手くはぐらかしてくれるよ。」

 ヤマザキがハイネに囁きかけた。

「出来るか?」

 ハイネも囁き返した。

「やるしかないでしょう。」





2021年4月29日木曜日

狂おしき一日 La Folle journée 20

  その日の夕方、ドームの2箇所ある食堂と出産管理区の食堂に美しいピアノの調べが流れた。図書館の音楽室で演奏された曲が放送で流されたのだ。

「ショシャナ・パーシバルの演奏だ。」

とヤマザキ・ケンタロウがチキンの香草焼きを一口大に切り分けながら言った。ケンウッドは耳を澄ませてみたが、演奏者の判別までは出来なかったので、尋ねた。

「音源を知っているのかね?」
「知っているとは?」
「ラベルを見たとか?」
「まさか。」

 ショシャナ・パーシバルの後援会会長でもあるヤマザキがニヤリと笑った。

「あの子の演奏だけは聞き分け出来るんだ。オモチャのピアノを弾き始めた頃から、彼女の演奏を聞いてきたんだからね。」
「ファンの鑑だな。」

 そこへダリル・セイヤーズが息子ライサンダーと孫のルシア・ポーレット、そして恋人ポール・レインの取り替え子の妹フランシス・フラネリーを連れて現れた。ケンウッドとヤマザキは立ち上がって女性達を迎えた。

「お招き、有り難うございます。クララ・ボーマンに代わってお礼申し上げます。」

 フランシスがケンウッドに挨拶した。ケンウッドも来てくれた礼を述べた。ヤマザキも挨拶してから、無遠慮に言った。

「貴女がこちらの一般食堂に来られるとは予想しませんでしたよ。」

 フランシスがニッコリした。

「あちらの食堂の壁の仕組みを教えられたので、見られる側として考えたら愉快ではないと思いました。それでこちらに来ました。ダリルもこちらの方が面白いと言うので。」
「確かに、こちらは仕事抜きで食事が出来ますからね。」

 ケンウッドは幼いルシア・ポーレットにヤァと声をかけた。ルシアは恥ずかしがって父親の後ろに半分隠れて彼を見た。しかし顔は笑っていた。
 セイヤーズ一家とフランシスが空いているテーブルに向かって歩き去ると、ケンウッドとヤマザキは再び着席した。ヤマザキが好奇心で質問した。

「独身最後の夜はどうするつもりだい?」
「静かに眠るつもりさ。飲み会はなしだ。」
「確かに、今日は君も僕も明日の休みに備えて忙しかったからな。ところで、ハイネはどこに行ったんだ?」
「私にも行き先を教えてくれていないんだ。ドームの外には出ていない。彼は外出時に私の許可を必要とするドーマーグループの一人だからね。」

 そこへ司厨長のピート・オブライアンが通りかかった。彼が食事時の繁忙期に食堂から出かけるのは珍しかったので、ヤマザキが声をかけた。

「ピート、持ち場を離れるなんて珍しいな。どこか体調が悪かったのか?」

 医者らしい質問に、オブライアンが振り返った。

「いいえ、僕は元気ですよ。ちょっとデリバリーで出かけていたんです。」
「デリバリー?」
「ローガン・ハイネに呼ばれたんですよ。夕食2人前を図書館のロビーに届けろとね。あそこは飲食が許可されているから。」

 ケンウッドが不審そうな表情で声をかけた。

「ハイネは何をしているんだ?」
「さぁ・・・」

 オブライアンが首を傾げた。

「だけど、美女と一緒でしたよ。ほら、火星のピアニストの・・・」
「ショシャナ・パーシバルか?」

 ヤマザキがびっくりして尋ねた。

「もしや、あれは本人が弾いていたのか?」

 まだピアノの曲は放送中だった。生演奏ではなく、音楽室で「弾きたて」の曲を時間差をつけて流しているのだ。そのカラクリに気がついたヤマザキは、ハイネの企みを悟った。
オブライアンはちょっとうっとりとした表情でピアノ曲を聞く素ぶりを見せた。

「ドームの中の人々の為に有名ピアニストが演奏してくれているんですよ、ドクター。僕等役得です。ローガン・ハイネも粋な図らいをしてくださったもんだ。」

 オブライアンは厨房へ戻って行った。ケンウッドはヤマザキを見た。

「ドーマー達にピアノを聞かせる為に、ハイネは昼前からショシャナを音楽室に連れ込んだのか?」
「違うだろう。」

 ヤマザキは笑った。

「それだけなら、時間はかけないさ。シャナはこの程度の演奏ならリハなしでも弾ける。練習が必要なのは、ギターリストの方だよ。」



狂おしき一日 La Folle journée 19

  入国審査の前後に必ず宇宙から来た人々から歓声とも悲鳴ともつかない声が上がる。重力を感じて、自分の体が重たくなったと言葉に出してしまうのだ。初めて地球に降り立ったパーシバル一族もクリストファーもロナルドの家族も、みんな自分たちがいきなり太ったのではないかと体を見てしまった。中には自分が平らになっていないか見てくれ、と言う人がいて、みんなの笑いを誘った。この賑やかさは他の旅行者も同じだったので、彼等が特別目立つことはなかったが、1箇所に固まっていたので、団体旅行のグループだなと言う目で見られた。
 シュリー・セッパーは両親を見つけると駆け寄った。挨拶のハグをしてそれから親戚一同に向かって言った。

「来てくださって有り難う。一人一人へのご挨拶は明日のお楽しみに取っておいてね。ここで始めたら、いつ終わるかわからないから。」

 温かな笑い声が返事だった。月の宇宙港で合流していた弟のローガンが一行に声をかけた。

「まずホテルにチュックインして、荷解きだよ。」

 彼等はホテルの入り口に向かって歩き始めた。荷物は既にホテルへ運ばれている。シュリーは母親の隣に並んで歩いた。

「やっぱりドレスを着なきゃ駄目?」
「着て欲しいわ。」
「着せ替え人形じゃないのよ。」
「伝統的な結婚式を、局長に見せたいの。」

 母の言葉に、シュリーは口を閉じた。多分、ローガン・ハイネはテレビや映画で十分に伝統的な結婚式や葬式やその他の地球上の伝統的儀式を見ている筈だ。ドーマー達は決して物知らずではない。それはケンウッドがサンダーハウスに同行させて来るドーマー達と話をすればわかる。彼等は自身が体験したことがないだけだ。ただ、ハイネとマーサ・セドウィックは結婚した訳ではなかった。ハイネとアイダ・サヤカも式を挙げられなかった。キーラとヘンリー・パーシバルの結婚式は月で挙げられたので、ドーマー達は後日映像で見ただけだ。キーラはハイネと参列する若いドーマーに本物の結婚式を見せて参加させたいのだ。

「わかったわ。でも堅苦しいのはなしよ。」

 パーシバルが質問した。

「お前の学生時代の友達は呼んでいないのかい?」
「地球旅行はまだ一般の人には高い旅行なのよ、パパ。友達には重力休暇で帰る時に集まって報告するの。」

 パーシバルは自身の一族が富裕層だとは思わなかったが、今回の地球旅行が滅多にないチャンスだとみんながはりこんだ事実を娘に告げるつもりはなかった。親戚達は明日のパーティーが終わったら、それぞれ希望した土地へ観光に出かけるのだ。それはロナルドの一家も同じだ。こちらの家族は思い切ってヨーロッパへ足を延ばすのだ。

「新婚旅行はアパートに籠るんだってさ。」

とローガンがからかい口調で言った。シュリーがムッとして彼を横目で睨んだ。

「家の中を整理するのよ。これから週末に2人で過ごす家をきちんと準備しておかないとね。」

 平日はそれぞれの職場で暮らす。キーラはそれぞれの仕事を手放せない新婚夫婦を気遣った。

「ニコは仕事を忘れて週末を過ごせるかしら。」

 ケンウッドが過去に2度婚約破棄に至った経緯を以前聞いたことがある。彼と恋人達がそれぞれの仕事に対する情熱についていけなくなって別れたのだ。パーシバルが妻の心配を笑った。

「大丈夫さ、シュリーは地球を愛している。ニコと気が合うんだ。」
「パパとママもだろ? でなきゃ、パパはママを扱いきれないよ。」

とローガンがまたからかった。それ、どう言う意味?とキーラが息子を突いた。
 ホテルのフロントはごった返していた。宇宙からだけでなく地球各所から航空機が到着すると宿泊客が集まるからだ。予てからの打ち合わせ通り、パーシバル達は家族単位で受付を済ませ、銘々部屋へ向かった。ホストとしてパーシバルとキーラは一族が全員無事に部屋へ入る迄ロビーに残り、娘に他の招待客の到着状況を確認した。ドームから来る人々以外は全員無事にホテルに到着したようだ。

「ポール・レインは明日の朝到着なんだね?」

 パーシバルの確認に、シュリーが嬉しそうに頷いた。

「ええ、パパのアイドルにやっと面会出来るのよ! 今からとっても楽しみ。」
「画像で見たけど・・・」

とローガンがチャチャを入れた。

「僕はセイヤーズの方が好みだな。それに局長の方がずっと綺麗だよ。」
「それは身贔屓だ。」

とパーシバルが息子に反論した。

「ハイネとポールの美しさは別物だよ。それにセイヤーズはどっちかと言えば色気の方が・・・イテテ!」

 キーラに足を踏まれてパーシバルは顔をしかめた。

「こんな場所でドーマーの品評なんかしないの!」

 キーラは夫を叱ってから、末っ子がまだ顔を見せていないことにやっと気がついた。

「シャナはまだ来ていないの?」
「彼女はドームの中よ。」

 シュリーの返事に、パーシバルもキーラもローガンも驚いた。

「ドームの中?」
「入れたの?」
「なんでドームに?」

 シュリーは肩をすくめた。

「理由は知らないわ。でも局長の招待許可証を持っていたから、ゲイトの中に入れたみたい。」
「狡いなぁ。」

 祖父の名前をもらったローガンが不満顔になった。彼は高校生の時に春分祭でドームを訪問してハイネと会ったが、それ以降は電話でしか顔を見ていない。電話では祖父と呼ぶことが出来ないので、他人行儀な会話しか出来ない。互いに元気なことを確認し合うだけだ。

「どうしてシャナが局長の招待状を持っている訳?」
「知らないわ。でも彼女はお昼前にドームに入って、まだ出て来ないのよ。」

 キーラとパーシバルは顔を見合わせた。2人はどちらからともなく、彼等自身がドームの中でささやかな結婚祝いのパーティーを開いてもらった時のことを思い出した。

「また ザ・クレスツ が何か企んでいるんじゃないか?」
「あのバンドはもう解散よ、年齢的に無理。ギターリストだけが現役で弾けるでしょうけど。」

 キーラは末っ子の企みに見当がついてクスッと笑った。


2021年4月27日火曜日

狂おしき一日 La Folle journée 18

 「やっぱり地球の飯は美味いよ。」

 ガブリエル・ブラコフは口元をナプキンで拭いながら賞賛した。地球に住んでいるヴァンサン・ヴェルティエンもその意見には大賛成だ。たまに妻と共にコロニーへ帰省するが、あちらの食事はお世辞にも美味しいと言えない。大袈裟だが地球の食材の味を知ってしまった人間の運命だ。
 彼等は昼食に3時間もかけてしまった。一般食堂で食べていたら、彼等を覚えているドーマー達が次々に挨拶にやって来て、相手をしていたら食べる暇がなかったのだ。お陰で料理が冷たくなってしまったが、それでもなおドームの厨房班が作る料理は絶品だった。

「これじゃ夕食の時間を遅らせないと腹に入らなくなる。」
「時間は気をつけないと駄目だぞ、ガブ。明日のパーティーの開始時間を考慮しておかないと。」

 2人の元副長官が午後は何をして時間を過ごそうかと相談を始めたところに近づいて来た男がいた。赤みがかったブロンドの40代で、スーツを着ている。遺伝子管理局だと2人は気がついたが、顔に見覚えがなかった。挨拶はドーマーの方からなされた。

「ブラコフ元副長官とヴェルティエン元副長官ですね。」

 ヴェルティエンが苦笑した。

「僕はガブの代理だったし、短期間の元副長官だから、秘書と呼ばれた方が気が楽だな。」

 ドーマーが微笑んだ。

「私も秘書です。遺伝子管理局長付き第2秘書のダリル・セイヤーズと申します。今日は遠くから遥々お越し頂き、有り難うございます。」

 ブラコフもヴェルティエンもその自己紹介に驚いた。なんと、目の前にいるのはあの有名な「脱走ドーマー」じゃないか!
 ブラコフが立ち上がったので、ヴェルティエンも倣った。ブラコフが自己紹介した。

「ガブリエル・ブラコフです。今は火星で医師として働いています。」

 もう執政官ではない。だからブラコフは地球人のセイヤーズに対等の立場で話しかけた。相手は進化型1級遺伝子危険値S1保持者だ。遺伝子学者としてドームで勤務したブラコフは少々興奮を感じた。どんなDNAを持っているのか見てみたい。
 ヴェルティエンは文化人類学者なので、セイヤーズの遺伝子には興味がなかった。ただ脱走して以来18年間隠れ通した男を珍しげに見つめた。

「ヴァンサン・ヴェルティエン、文化人類学者です。現在はアフリカと火星を行き来する生活をしています。副長官ではなく、ただ『さん』付けで結構です。」
「でも、どちらも博士でしょう?」

 セイヤーズはにこやかな表情を保ったまま返した。

「博士と呼ぶのに慣れていますから、そう呼ばせて下さい。」
「ああ、それじゃこうしよう。」

 ヴェルティエンが提案した。

「僕のことはヴィニー博士、ブラコフはガブ博士と呼べば良いですよ。」
「良いですね!」

 ブラコフが何か言う前にセイヤーズがヴェルティエンの案に賛同した。

「ケンウッド長官が貴方方の思い出話をされる時、いつもガブ、ヴァンサンと名前で呼ばれますから、私達も姓でお呼びするよりそちらの方が馴染みがあります。 ところで、午後は何かご予定がありますか?」
「いや、何をしようかと今相談を始めたところだったんだ。」

 セイヤーズがニッコリしたので、ブラコフは魅力的な笑顔だ、と感じた。あのポール・レイン・ドーマーが必死になってこの男を探したのも無理はない。温かな人柄を感じさせる笑みだ。

「ケンウッド長官がお茶をご一緒したいと仰っています。明日は大勢のお相手をされるのでゆっくり話が出来ないだろうからと。」

 ブラコフは期待を込めて憧れの白いドーマーの名前を出してみた。

「局長も一緒なのかな?」
「それが・・・」

 セイヤーズが申し訳なさそうな表情になった。

「局長は昼前から図書館で何やらお籠りで・・・でも明日のパーティーでお会い出来る筈ですよ。」

 ヴェルティエンががっかりしているブラコフの肩を叩いた。

「そんな顔をするなよ、ガブ。局長はどこにも逃げやしないさ。それより僕は早く長官にお会いしたいよ。セイヤーズ君、場所はどこです?」
「長官執務室です。あそこが一番邪魔が入らないと・・・」


2021年4月26日月曜日

狂おしき一日 La Folle journée 17

  薬剤室の室長ショーン・ドブリン・ドーマーは慎重に最後の薬剤を調合機に注入した。ボタンを押すと機械は小さな唸り声の様な音をたて、やがて金色に光る半透明の錠剤をポコポコと吐露口から吐き出した。全部で8個。彼はそれを小さな容器に入れた。
 カウンター越しにそれを眺めていたヤマザキ・ケンタロウがカウンター上のパッド画面に署名を入力した。受け取りのサインだ。

「酸欠の頓服なんて滅多に調合しません。」

とドブリンが言った。そうかい、とヤマザキが気の無い返事をした。

「宇宙じゃ船外活動する作業員やコロニーの壁のメンテ作業員の必需品だよ。」
「そんな仕事はロボットがするでしょう?」
「作業の内容によるさ。人間でなけりゃ難しい時もある。だから業者は必ず酸素補給剤を常備しているんだ。」

 ヤマザキは容器を照明にかざして錠剤を眺めた。

「地球上だって海洋での作業をする人は使うだろう。河川の工事や地下作業員だって事故に備えて携行しているよ。」
「そうなんですか。」

 ドブリンは外に出た経験がない。ローガン・ハイネと同様生まれてからずっとドームの中だけで生きてきた。職業は薬剤師だが、これもハイネ同様遺伝子管理局内務捜査班の隠れ蓑だ。彼は薬剤の受注状況から執政官の契約外研究の有無を監視してきたのだ。女性誕生の鍵が発見され、ドームの研究目標が女性を誕生させることから地球人の寿命を大異変前の年数に戻すことに変更となってからも、内務捜査班は執政官が違法な研究をしないように監視しているのだった。

「酸欠がどんな場所で起きるのか、想像したことがありませんから。」

 ドブリンはまだ保養所へ出かけた経験がない。外気で呼吸した経験がないのだ。彼は抗原注射を打てる年齢を過ぎてしまった。外気に慣れるには「通過」を経験するか、自然に彼の肺が外気に慣れる迄時間をかけて何度も外出を繰り返すしかない。彼は今迄多忙を理由に保養所行きを延ばしてきた。しかし、薬剤室の面々は彼を除いた全員が外の世界を体験し終わった。だから、維持班のターナー総代が彼に「出向指令」を出した時、彼は困ってヤマザキに相談したのだ。ヤマザキ医療区長は、酸素補給剤の処方箋を出してくれた。

「ハイネが初めてマスクを付けて外に出た時に、これを持たせたんだ。結局使わずに済んだけどね。あの爺さん、酸欠になるのが怖くて、散歩を10分で切り上げたんだよ。」

 思い出し笑いをしたヤマザキに、ドブリンは言った。

「その後も局長はこの薬を持って出られたのですか?」
「うん。お守りみたいなもんだな。ポケットに入れておくと安心するらしいよ。君もお守り気分で持って行くと良い。地球人が地球の空気を吸って酸欠になる筈がない。恐ろしいのはインフルエンザなどの病原菌だが、罹患者と接触しなければまず心配ない。君の肺はハイネと違って丈夫だから、心配することはない。」

 ヤマザキにそう言ってもらえると、本当に大丈夫な気になった。ドブリンはヤマザキから容器を返してもらうと、自分のポケットに入れた。

「ところで医療区長は明日のパーティーにお出かけになるのですね?」
「うん。夕方迄には帰るよ。ランチがメインのパーティーだから、酒も飲まないし、二次会もしない。もし、何か急用があれば・・・」
「連絡しません。」

とドブリンは遮った。

「折角のお祝いごとですよ。仕事で呼び出しをかけるなんて野暮なことはしません。局長から叱られます。」

 ヤマザキは苦笑した。彼もハイネもケンウッドも、ドームから呼び出しがあれば直ぐにパーティーを切り上げて帰るつもりでいるのだ。彼等にとってドームが人生の中の最優先事項だった。
 ドブリンが言った。

「薬剤室一同から、ケンウッド長官にご結婚おめでとうございますと伝えて下さい。」


狂おしき一日 La Folle journée 16

  午後の運動施設でダリル・セイヤーズはクロエル・ドーマーとホアン・ドルスコ・ドーマーに出会った。クロエルは中米班チーフ、ドルスコは南米班チーフだ。両名揃って休日になるのは滅多にないので、セイヤーズは「ヤァ! お揃いだね。」と声を掛けた。するとドルスコが彼に駆け寄って来て、訴えた。

「聞いてくれよ、セイヤーズ。クロエルったら、酷いんだ。」

 当惑してセイヤーズがクロエルに視線を向けると、クロエルは肩をすくめた。

「僕ちゃん、何も悪いことしてまっせーん!」
「嘘つけ、抜け駆けしたくせに・・・」
「抜け駆けするつもりなんてないっす。君が思いつかなかったことを、僕ちゃんがやっただけっす。」

 セイヤーズは周囲の人々がこちらに視線を向けているのに気がついた。遺伝子管理局の幹部が喧嘩していると思われてはマズイ。遺伝子管理局はドーマーの中でエリートとして認識されている。彼等は常にドーマー達の模範であるべきなのだ。

「君達、ちょっとこっちで話さないか?」

 セイヤーズは2人のチーフを格技場の見学席へ誘導した。円形闘技場のようにリングが下に見える形状の場所だ。リングの上で若い維持班の男達が空手のトレーニングに励んでいた。
 3人の遺伝子管理局の男達は最上段に腰を下ろした。セイヤーズは2人のチーフの間に入って、仲裁役をすることにした。

「まず、何があったのか教えてくれないか?」

 クロエルとドルスコが目で牽制し合った。普段は仲良しの2人だ。会議で意見の相違があっても喧嘩に発展したことはない。私生活でも仲良くやっていた。だが、今ドルスコは怒っていた。クロエルを睨みつけ、クロエルの言葉が少しでも気に障れば掴みかからんばかりの雰囲気だ。

「クロエルが僕にチリのバザールで布を買って来てくれと言ったんです。」

とドルスコが先に言った。クロエルが急いで説明した。

「綺麗な布が並んでいる店の画像を彼が見せてくれたんすよ。」
「それで買い物を頼んだのだね? ホアンはそれを買ってやった訳だ。」
「買いました。」
「クロエルが代金を支払わなかった?」
「払いました!」
 
 クロエルとドルスコが同時に答えたので、セイヤーズは2人を見比べた。

「じゃ、何が問題なんだ?」

 クロエルが答える前に、ドルスコが言った。

「クロエルはその布をべサニー・ロッシーニに贈ったんです。」

 セイヤーズは数秒間その言葉を頭の中で分析し、やがて「はぁ?」と言った。ドルスコが忌々しげに説明した。

「クロエルは、彼女の気を惹こうとして布を贈ったんです。目的を伏せて僕に買わせたんですよ。」
「だから、どうして僕ちゃんがべサニーに贈り物をするのに、君に言わなきゃなんない訳? いちいち買い物を頼むのに目的を言わないといけない訳?」
「狡いじゃないか!」
「なんでよ!」
「僕だってべサニーを喜ばせたいのに・・・」

 セイヤーズはその場を去りたくなった。これは、恋のライバル同士の喧嘩じゃないか。クロエルはドルスコに布の画像を見せられて、べサニー・ロッシーニが喜ぶだろうと想像した。ドルスコはその案を思いつかなかった。クロエルはドルスコも同じ女性に関心を抱いていると想像せずに、目的を言わずに、つまり言う必要を感じずに、買い物を依頼した。べサニーはきっと布の贈り物に喜んだのだ。それをドルスコは何らかの理由で知ってしまい、クロエルに抜け駆けされたと憤っているのだ。

「2人共、落ち着け。」

とセイヤーズは両手を左右に伸ばしてチーフ達を制した。そしてドルスコに顔を向けた。

「ホアン、考えてもみろ、男が好きな女の気を惹こうって時に、ライバルに手のうちを明かすか? クロエルは当たり前に頭を使っただけだ。これは君の負けだよ。君は綺麗な布をいつも目にしていながら、贈り物のアイデアを思いつかなかったんだから。」

 うっとドルスコが反論出来ずに唸った。セイヤーズは次にクロエルに向き直った。

「べサニーは喜んでくれたんだね?」
「当然っす。」
「それで交際に持って行けた?」

 クロエルは答えずに肩をすくめただけだった。

「布で喜んだだけか?」
「僕ちゃんが迷惑かと尋ねたら、迷惑じゃないって・・・僕ちゃんををハグしてくれて、嬉しいって言ってくれました。」

 なに! とドルスコ。腰を浮かせかけたので、セイヤーズは手で抑制した。そしてクロエルに確認した。

「彼女が君をハグした?」
「はい。」
「それだけ?」
「僕ちゃんとご飯食べたり、お喋りしたり、一緒に並んで歩いてくれるって言ってくれました。」

 つまり、交際を承知したのだ。セイヤーズは、ドルスコを振り返った。

「ホアン、女の子はべサニーだけじゃないさ。」
「だけど・・・」
「君が布を贈ったとして、彼女が君をハグするとは限らない。べサニーが若い連中に人気があるのは私も知っている。いろんなヤツが彼女に贈り物をした話を聞いているが、彼女が誰かをハグしたと言う噂は聞いたことがない。彼女は大勢のドーマーの中からクロエルを選んだのだ。それを君は承知しないといけない。」

 ホアン・ドルスコは大きな溜め息をついた。そして立ち上がった。クロエルも立ち上がった。ドルスコがセイヤーズの頭越しに手を彼に差し伸べた。

「おめでとう、クロエル。負けを認めるよ。べサニーを泣かしたりするなよ。」

 クロエルが彼の手を握った。

「グラシャス、アミーゴ! 君が好きな女性に贈り物をしたいと思ったら、いつでも相談に乗るっすよ。カリブ海の真珠とか、珊瑚とか、僕ちゃんの手に入れられる物なら何でも言ってよ。」

 セイヤーズは、座ったまま、やれやれと呟いた。 そしてケンウッド長官はどんな指輪をシュリーに贈ったのだろうと考えていた。

 

2021年4月25日日曜日

狂おしき一日 La Folle journée 15

  クリストファー・ウォーケン医師は105歳になって、既に現役を引退していたが医療アドバイザーとして火星にある大手の病院で働いていた。彼には最初の妻との間に息子が1人、二番目の妻との間にも息子が2人いたが、娘には恵まれなかった。だから最初の妻であったマーサ・セドウィックの連れ子のキーラが彼にとって唯一人の娘であり、マーサと離婚した後も息子のロナルドと一緒に面会日に彼女を連れて来てもらっていた。キーラも彼を「父さん」と呼び慕ってくれる。それは法律上の親子関係が失われても変わらない。互いの誕生日に贈り物を交わしたり、パーティーに招待し合った。マーサは彼の後妻に評判が良くなかったが、キーラは歓迎された。後妻も女の子が欲しかったのだろう。だからキーラが三つ子を産んで、赤ん坊を連れて会いに来てくれた時は大歓迎したものだった。
 後妻は実の息子達の子供も男ばかりなのを悔やんでいた。だからシュラミスとショシャナを猫可愛がりした。今彼女が生きていたら、きっと自身の孫の結婚のように大喜びしただろう、とクリストファーは思い出に浸っていた。

「父さん、シートベルトをしっかり締めた?」

とロナルドが尋ねて、彼は我に返った。地球へ向かうシャトルの中だ。3連の座席の一番窓側の席に座ったクリストファーは手でベルトを掴んで見せた。

「締めたさ。私は乗り物に乗ったら必ず真っ先にベルトを締める習慣だ。」

 隣の席に座ったロナルドの長男夫婦が微笑んだ。今回の地球旅行に参加するロナルドの息子は2人だ。末っ子はどうしても仕事の都合がつかず、従妹シュラミスの結婚式に出られないことを悔やんでいた。長男と次男はそれぞれの妻と婚約者を同伴している。長男の長男も一緒だ。宇宙空間に出られる年齢の親戚はこれだけ。
 少し離れた列にパーシバル家の人々が座っていて、あちらも10歳以上の子供がいるが大人しい。女の子もティーンになると静かになるのか、とクリストファーは思った。
 キーラとロナルドの妻タマラが端末を見ながらヒソヒソ話をしている。パーティーの進行の打ち合わせなのだろう。今回のパーティーは花婿ニコラス・ケンウッドの主催だが、企画はキーラとタマラだとヘンリーが言っていた。ヘンリーも良いヤツだ。血が繋がらない娘の夫だから、全くの赤の他人なのだが、クリストファーのことを義父と呼んでくれて大事にしてくれる。今回の地球旅行に招待してくれたのもヘンリーだ。

「クリスはシュラミスにとって本当の祖父同然ですからね。」

と言ってくれた。

 本当の祖父・・・

 クリストファーはローガン・ハイネにまだ会ったことがない。テレビで春分祭の中継で見たことがあるだけだ。真っ白な髪、すらりとした長身、整った顔立ち、よく通る澄んだ声・・・まるで作り物の様に美しい地球人の男。マーサ・セドウィックに呪いをかけ、彼女の恋愛を妨げて来た「囚われの身の王子様」。マーサは火星に戻ってから数人の男性と結婚や恋愛を繰り返したが、彼の呪縛から逃れられず、常に彼と男達を比較し、男達を怒らせて逃げられた。クリストファーも彼女から逃げた一人だ。彼は密かに心の底で会ったこともない地球人を憎悪した。マーサを哀れに思った。キーラが地球で働くと告げた時は、反対したかった。しかし、彼女は既にハイネに遭ってしまっていた。警察官として地球へ犯罪者を追って降りた時に。そして実の父の近くで働きたいと思っていた。クリストファーは彼女を笑顔で送り出した。キーラがマーサを呪縛から救ってくれることを期待して。
 キーラはやり遂げた。30年もの月日がかかったが、彼女は実父の心を開放することに成功し、マーサにかけられた呪いを解いた。ヘンリーがクリストファーに言った。

「貴方がニコとシュリーの結婚式に出席されると聞いて、ハイネは歓迎しますと喜んでいましたよ。」

 ローガン・ハイネが悪いんじゃなかった、とクリストファーは今では理解していた。ドーマーと呼ばれる研究用地球人の子供を自分達の都合の良い様に管理しようとしたコロニー人学者達の驕りが、恋をした若い女性遺伝子学者と地球人の若者の仲を引き裂いたのだ。ハイネは傷つき、コロニー人不審に陥ったままドームと言う狭い世界の中で生き続け、マーサは彼を傷つけたことを深く後悔し、謝罪する機会すら与えられぬまま火星でもがいていたのだ。

 ハイネと出会ったら、どんな話をすれば良いのかな。

 クリストファーは不思議な緊張感と高揚を覚えながら、シャトルが離陸する振動を感じた。


狂おしき一日 La Folle journée 14

  空港保安部の寮食堂でジェリー・パーカーが賄い料理の昼食を取っていると、アキ・サルバトーレが入ってきた。どちらが先ということもなく互いの存在に気がつくと、「ヨォ!」と手で合図を送りあった。サルバトーレは、パーカーが違法クローン製造業者、メーカーとして逮捕されドームに連れて来られた当時、監視役として彼に昼夜問わず張り付いていた。パーカーに自死する恐れがあり、彼を失うことをドーム幹部達が心配したからだ。パーカーは物事を斜めに見る癖があったが、鬱状態から脱して自身が置かれた状況を渋々ながらも受け入れ、やがてドームのクローン製造部では重要な研究を任される科学者として認知されると、落ち着きを取り戻した。監視が用済みになってから、サルバトーレは保安課に戻ったが、なんとなくパーカーがいない生活が味気なく思えた。パーカーも監視の目がなくなったことを喜びながらも、「相棒」を失った気分になった。彼は同僚のメイ・カーティスと愛を育み結婚したが、やはり同性の友人は必要だった。
 互いの仕事が忙しくて顔を合わせる機会が減ったが、パーカーとサルバトーレは時間が出来るとどちらからともなく連絡を取り合うようになった。ドームはドーマーの飲酒を禁じているのだが、金曜日の夜は例外だ。パーカーはドームで唯一飲酒が許されるバーでサルバトーレと静かに語り合うのを毎週の楽しみにした。サルバトーレもシフトをやりくりして可能な限り金曜の夜は体を空けておいた。特に共通の趣味がある訳でなく、同じ志を持っているのでもない。ただ暢んびりと世間話をするだけで彼等は楽しかった。
 寮食堂のテーブルで彼等は向かい合った。サルバトーレはパーカーがドームの外にいる理由を尋ねなかった。空港ビル内しか出歩けない男がそこにいる理由は一つだ。

「シェイは今夜から大車輪で働くんだろ?」

と鎌をかけると、果たしてパーカーは頷いた。

「うん。折角俺が出てきてやったのに、ほとんど上の空で会話するんだ。俺より牛肉やチキンに語りかける方が楽しいらしいぜ。」

 サルバトーレが愉快そうに笑った。寮食堂のシェフ、シェイはどんなイケメンが話しかけようと料理にしか関心がない。一度あるVIPが彼女の料理に感激してテーブルに呼び出し、いろいろ話しかけたが、彼女は食材の仕入れの話しかしなかった。

「君は明日のパーティーには出ないんだろ?」
「ああ、俺はドームで留守番。ゴーン博士がパーティーに出るから、俺がクローン製造部の監督をしなきゃならねぇのさ。」

 違法クローン製造業者だったパーカーに、ドームの最も重要な部門の監督を任せる。サルバトーレは、ケンウッドとゴーンと言う2人の最高幹部の肝の太さに内心感心していた。

「もっとも、俺はダンスやら社交辞令やらで疲れたくないからな・・・カウボーイのお祭りの方が性に合ってるのさ。」

とパーカーが笑った。そして彼はサルバトーレの表情が曇ったことに気がついた。

「どうした、アキ?」
「ダンスって言ったよな・・・」

 サルバトーレが天井を仰ぎ見た。

「そんなこと、ちっとも頭になかった。僕は明日、花嫁の招待で友人として、勿論警護も兼ねるんだが、パーティーに出ることになっている。ゴメス少佐も一緒だ。2人共、飯を食ってりゃ良いとばかり思い込んでいたよ。若い客はダンスとかゲームとかやるんだろうな。」

 パーカーが吹き出した。

「そんなもん、強制じゃないだろう? 見物してりゃ良いのさ。」
「もし誘われたら・・・」
「誘うのは男の方だ。普通は、な!」

 パーカーは外の世界で育ったし、サルバトーレより年長だ。少年期はラムゼイ牧場から出してもらえなかったが、成人してからは時々街で大人の社交を経験した。ドーマー達よりはずっと世間のことを知っていた。

「で? ドームからは誰々がパーティーに出席するんだ?」

 サルバトーレは周囲をさっと見渡してから、声を低くして答えた。

「長官、副長官、保安課長、医療区長、出産管理区長に同副区長、遺伝子管理局長、ポール・レインとJJ・ベーリング、ヴェルティエン元副長官、ブラコフ元副長官、そして僕・・・」
「少ないな・・・」
「花嫁側の人数は多いんだ。パーシバル博士、セドウィック博士、ローガン・セドウィック博士、ショシャナ・パーシバル、セドウィック博士の弟一家8名、パーシバル博士の兄弟の家族21名、それからサンダーハウスの科学者16名。」
「長官の親族はいないのか?」
「うん。長官は兄弟が遠方のコロニーに住んでいると言う理由で招待されなかった。報告はなさったそうだが。」

 ジェリー・パーカーはニコラス・ケンウッドが何故ドーマー達を愛すのか理由がわかった気がした。身近にいて愛情を注げる人々だからだ。

「ああ、そうだ。」

 サルバトーレは忘れていた招待客を思い出した。

「ロバータ・ベルトリッチ委員長も来られる。」

 パーカーはびっくりした。

「超大物じゃんか!」
「そうなんだ。だから、極秘で地球へ降りて来る。これは僕と君と少佐と長官だけの秘密だ。」

 何故俺に話すんだ、とパーカーは疑問に感じたが、それ以上は言及しなかった。話題にする時間が長いとそれだけ外部に漏れる可能性が高まる。


2021年4月24日土曜日

狂おしき一日 La Folle journée 13

  お昼前の長官執務室での打ち合わせ会に、珍しく遺伝子管理局長が欠席した。欠席の連絡を受けたのはゴーン副長官で、この日同じく珍しく会に参加したゴメス保安課長は局長が来ないと聞いて、体調が悪いのですか、と尋ねた。ゴーンは端末を見て首を振った。

「用事が出来ただけです。会議の内容は後でメッセでお願いしますと言ってます。」

 ケンウッド長官とゴメス少佐はホッとした。明日のパーティーに出席予定のメンバーが体調不良だと言い出しはしないかと不安になったからだ。宇宙から来るセドウィックとパーシバルの親戚やサンダーハウスから来る科学者のグループの人数を考えると、ドームからの参加者は少ない。最も親しい仲間は一人でも多い方が良い。

「副長官も来てくれるのだね?」

 ケンウッドが念を押して尋ねた。彼女は留守番をすると言い張っていたが、パーティーは半日もかからない、来て欲しいとケンウッドはずっと頼んでいたのだ。ゴーンは苦笑した。

「秘書が私が出席を前提にした明日のスケジュールを組んでしまっていました。」
「私が昨日最終確認の電話をかけたら、アンバーが貴女も出席だと答えたので嬉しかったよ。」

 ゴーンは笑顔で誤魔化した。クローン製造部のトラブルのお陰で上の空で返答してしまったとは言えなかった。するとゴメス少佐が彼女に向き直って言った。

「私はまだ明日の衣装を決めかねているのですが、もし宜しければ後で相談に乗っていただけますか?」

 ケンウッドがびっくりしたような顔で彼を見た。少佐が着る物で悩むとは予想外だったのだ。

「平服でいいよ、ロアルド。それもうんとカジュアルに近くて構わない。改まった服装で大勢が集まるとマスコミに何かあると勘ぐられるからね。」
「しかし、長官はタキシードでしょう?」
「私も平服のつもりだったのだが、諸事情でタキシードを着せられるそうだ。しかしホテルの中で着替えるから。」
「諸事情ですって?」

 ゴーンが可笑しそうに呟いた。誰もが「諸事情」を抱えているようだ。

「明日は午前の早い時間に最小限の業務を片付けて、各自ホテルへ出かけることにしよう。ランチパーティーだから朝食は食べ過ぎないように。パーティーの所用時間は5時間の予定だが、解散は自由だ。せめて私達の挨拶まではいておくれよ。」

 ケンウッドの言葉にゴーンとゴメスが頷いた。
 その時、ゴメスの端末に電話の着信があった。ゴメスが長官に断って画面を見ると、空港保安部チーフ、ジョナサン・ダッカーだった。ゴメスは微かに不安を覚えながら電話に出た。

「ゴメスだ。」
「少佐、サンダーハウスの科学者達が到着しました。」
「報告通り16人全員か?」
「そうです。しかし、ちょっと問題が・・・」
「問題?」

 ゴメスが復唱したので、ケンウッドとゴーンが彼の顔を見た。ゴメスは彼等に不安を与えたくなかったので、復唱したことを後悔した。しかし話を聞かなければならない。

「どんな?」
「それが、科学者達が何やらポールの様な物を持ち込んで大ホール内に設置始めまして・・・」
「ポール?」
「そうです。サンダーハウスの携帯版だとかで、ホール内の埃や細菌を分解除去するそうです。」

 ケンウッドがゴメスに電話を代わってくれと手で合図した。ゴメスは端末を長官に手渡した。ケンウッドが電話に出て挨拶すると、ダッカーがちょっと安心した表情になった。

「サンダーハウスの実験の延長だよ。」

とケンウッドが説明した。

「パーティー開始前にホール内に放電するそうだ。数秒で終わるからパーティーの進行には支障ない。ただ電圧などの調整に手間がかかるから今日中に設置するんだよ。」
「そうですか。」

 ダッカーはホール内にいる。彼は背後をちょっと振り返った。

「仕事ですから、装置の安全性とか確認させていただいても宜しいでしょうね?」
「機械の内部探査をかけるのかい?」
「爆破物などを仕掛けられていないか調べるのが我々の役目ですから。」

 ケンウッドは6秒ほど考えてから、サンダーハウスグループの責任者を出してもらえないかと頼んだ。ダッカーは電話を繋いだまま歩いて行き、ケンウッドにとっても旧知の男性の前に行った。 頭髪が薄くなりかけているがまだ50代の男だ。

「ジェンキンス教授、こんにちは。遠路遥々お越しくださって有難うございます。」

 ケンウッドが挨拶すると、サンダーハウス実験場の最高責任者で地球人科学者のロバート・ジェンキンス教授が真面目な顔で挨拶を返した。

「お招き有難うございます、ケンウッド長官。久々に都会に出て来られて嬉しいですよ。ドーム長官の結婚式に招待して頂けるとは光栄です。 それに滅多にない実証実験の場を与えて下さって感謝しています。明日が楽しみです。」

 ゴーン副長官が口の中で「実証実験?」と呟いた。訝しげな表情だ。
 ケンウッドは気がつかずに本題に入った。

「今日お持ちいただいたサンダー放電装置ですが、空港保安部が安全確認の為に内部の透視検査をしますが、よろしいでしょうか? 爆発物がないか確認します。それ以外の目的はありませんので、装置の機能に障害を与えることはないし、そちらの作業を止めることもありませんので、どうか了承願います。」

 ジェンキンス教授が真面目な顔になんとか微笑みと思われる表情を表した。

「安全確認は当然ですね。ドームのセキュリティーの厳しさはホワイトハウス以上だと聞いています。ホールに入る時にも身体検査を受けましたから、機械の検査も大丈夫です。どうぞなさって下さい。」
「有難うございます。ダッカーに代わっていただけますか?」
「わかりました。では、明日のパーティーでお会いしましょう。」

 ダッカーが画面に現れたので、ケンウッドは彼の任務遂行を許可した。ゴメスに何か連絡はないかと確かめてから、通話を終えた。 ゴメスに端末を返したところで、ゴーンが質問してきた。

「実証実験とは何ですか?」

 ケンウッドはちょっとバツが悪そうに説明した。

「シュリーから要請があってね、以前ローガン・ハイネをサンダー・ハウスに連れて行って放電による空気洗浄効果を確認しようと言う話があったんだ。」
「局長の肺で実験を?」

 ゴーンが咎める口調になったので、彼は慌てた。

「ハイネも承知の上だったんだよ。だが、あちらの地方でインフルエンザが流行しただろう? それにハイネも脚を怪我したから、中止になったんだ。」
「それで今回のパーティーで局長が出席なさるのを利用して?」
「うん・・・実験もあるが、パーティーの間、ハイネにマスクなしで過ごさせてやりたくてね・・・」

 ゴメスが確認の質問をした。

「ヤマザキ博士が局長のそばにおられますよね?」
「その筈だ。ケンタロウはハイネにくっついているつもりでいる。サヤカも付いているだろうしね。」

 ゴメスとゴーンが顔を見合わせた。2人共、ローガン・ハイネがマスクなしでドームの外の空気を呼吸する危険度がどの程度のものなのか予測がつかない。ゴメスはハイネと格闘技の試合をした時に局長が呼吸困難に陥って激しく咳き込んだことを思い出した。もう8年も前のことだが、ヤマザキはあれ以来2人が格闘技の対戦をする時は事前に医療区に連絡しろと煩いのだ。今回はパーティーで、局長も少佐もご飯を食べるだけだ。

「ホテルには空気清浄機がありますし、食事だけなら放電装置がなくても局長は大丈夫だと思いますよ。」

とゴメスは言った。ケンウッドが苦笑した。

「まぁ、そう言うな。ハイネはサンダーハウスの実験にちょっとでも貢献したいと思っているんだよ。」


2021年4月23日金曜日

狂おしき一日 La Folle journée 12

「そのパンツドレス、すっごく君に似合ってるよ。」

 クロエル・ドーマーは少し先を歩く保安課員べサニー・ロッシーニに声を掛けた。中米勤務を終えてドームに帰還して、送迎フロアから居住区へ向かう回廊を歩いていたら、前方を同じ方向に歩いている彼女を発見したのだ。彼女は早足で歩いていたが、クロエルの方が遥かに身長が高い。歩幅も大きいのですぐに追いつけそうだ。「おはよう」と声をかけたら、彼女は一度だけ立ち止まって振り返り、「おはようございます」と挨拶を返してくれたが、すぐ前を向き直って歩き出した。クロエルは急いで次の台詞を必死で捻り出そうとして、彼女が制服ではなく華やかな印象の衣装を身につけていることに気がついた。機能的だがフォーマルな服を着用する場合に警護に当たる女性保安課員が着用する服だ。

「有り難うございます。」

 べサニーはつれない。まるでクロエルから逃げたいのかと思わせる足取りで歩き続けた。クロエルはちょっと歩調を早めて彼女の横に並んだ。

「明日の長官の式を警護するんだね?」
「任務の内容は口外出来ません。」

 固い口調に、クロエルは思わず笑った。まるでリュック・ニュカネンだ。遺伝子工学の研究都市セント・アイブス・メディカル・カレッジ・タウンで遺伝子管理局の出張所所長をしている、伝説の「お固いニュカネン」だ。

「僕ちゃん、テロリストじゃありません。」

 彼は横目で彼女を見下ろした。

「明日から1週間、ドームから出る予定もございません。安心して僕ちゃんに打ち明けてくれてよござんすよ。」
「クロエル・ドーマー・・・」

 べサニーが立ち止まったので、クロエルは数歩前に出た形で立ち止まって振り返った。

「何?」
「前回のご帰還の時、綺麗なチリの織物を有り難うございました。」
「ああ・・・あれ、気に入ってくれた?」
「とても綺麗で手触りが良くて・・・でも・・・困るんです。」

 べサニーが目を伏せた。クロエルは困惑した。

「困るって何が?」

 彼女はモジモジと手を体の前で組み合わせて躊躇った。

「私は・・・貴方に何もお返し出来なくて・・・」

 クロエルはニッコリ笑って見せた。

「なんだ、そんなこと・・・何も返してくれなくていいっすよ。僕ちゃん、あの布を見た時、君に似合うなぁって思ったから、買っちゃっただけっす。」
「そんな・・・ことを・・・していただく・・・理由が・・・ありませんから・・・」 
「僕ちゃんにはあるっす。男が女に贈り物をするには理由があるっす。」

 クロエルはそこで口を閉じた。 俯いたべサニーの頬は真っ赤だった。
 クロエルは心の中で自身に叱咤激励した。ここではっきり言わないと彼女を苦しめるぞ、クロエル。
 彼は彼女の正面に立って言った。

「君がモテるのは知ってるっす。多分、いろんな連中からいろんな誘いを受けてるだろうし、贈り物ももらってるとわかってるっす。だから・・・もし僕ちゃんの贈り物が迷惑だったら、はっきり言って欲しいっす。そしたら、僕ちゃんもすっぱり諦めて君に迷惑かけない・・・」

 彼は最後まで言えなかった。べサニーが彼に飛びついて来たからだ。彼の大きな体にべサニー・ロッシーニが両腕を回した。

「迷惑なんかじゃありません。」

 彼女が蚊の鳴くような声で言った。

「嬉しかったんです。他の誰でもない、貴方からの贈り物だったから・・・でも・・・」

  彼女は顔を上げてクロエルを見上げた。

「どう応えて良いのか、私、わからないんです。」
 
 涙を浮かべているので、クロエルはハンカチを出して彼女の目頭を軽く押さえてやった。

「特別なことをしなくて良いっすよ。僕ちゃんと並んで歩いて、食堂で同じテーブルでご飯食べて、お喋りしてくれたら、いいっす。それで僕ちゃん、十分幸せっす。」

 彼は彼女をそっと体から離した。そして、歩こうと身振りで伝えると、彼女は頷いて足を動かし出した。クロエルが彼の不在の間のドームでの出来事を質問すると、彼女は元気よく応えてくれた。
 クロエルは思った。

 焦るな、クロエル。少しずつ彼女をこっちへ惹きつけていくんだ。だけど、今日のところはまだキスに到達しないなぁ・・・


2021年4月22日木曜日

狂おしき一日 La Folle journée 11

  南北アメリカ大陸ドーム遺伝子管理局長ローガン・ハイネは朝の書類仕事を大車輪で片付けた。以前行っていた「日課」は既に部下達が分業で行うようになって久しい。しかしその代わりに増えた仕事もある。ドーマーの社会復帰に伴う予算や法律に関する書類の確認、作成だ。外の行政組織に提出する書類には期限というものがあって、ドームの人間だからと言ってそれが免除される訳ではない。期日までに提出しなければならない書類のなんと多いことか。それらを秘書に任せることも出来ない。書類が求めているのは組織の長、遺伝子管理局長の署名だからだ。秘書のキンスキーもセイヤーズもボスの筆跡を真似るのは上手い。しかし、嘘は良くない。万が一不祥事が起きた場合の責任の所在があやふやになってしまう。
 最後の書類を閉じたハイネは立ち上がった。キンスキーは明日の局長不在に備えて自身のスケジュール調整を最終確認していた。副局長と打ち合わせは終えているが、内務捜査班とはまだだ。エストラーベン内務捜査班チーフが昨日から捉まらない。ドームから出ている訳ではないから、どこかにいる筈なのだが。セイヤーズは普段通り細々とした雑事務に追われていた。仕事が早い男だが、今日はポール・レインから電話がかかってきて業務が中断したり、ゴーン副長官からも何かメッセが送られてきて、それがセイヤーズの予想外だったらしく、ちょっと精神的に落ち着かないらしい。ハイネは彼等に「送迎フロアに行ってくる」と声をかけた。2人の秘書が了承のサインを体の動きで示した。
 遺伝子管理局本部を出たハイネは足早に歩き、珍しく中央研究所の前を通り過ぎ、クローン観察棟の前も過ぎて医療区に入った。受付を無視して出産管理区の入り口に向かったので、彼を見かけた医療従事者達は遺伝子管理局長が取り替え子の新生児の様子でも見に行くのだろうと思った。
 しかしハイネは出産管理区の中を通る通路を足早に歩いただけで、中には入らなかった。出会う人々と挨拶を交わしたが、無駄話はしないでまっすぐ送迎フロアに向かった。送迎フロアは2箇所あり、一般の地球人用のゲイトと繋がっている大きなフロアではなく、ドーム関係者が使用する小さいフロアの方へ彼は出て行った。小さいと言っても200人は余裕で入れる広さだ。そこにいたゲイトの係官が遺伝子管理局長に気がついて挨拶した。

「こんにちは、局長、お客様は2番の面会フロアでお待ちですよ。」
「もう着いていたか。有難う。」

 ハイネはドーム関係者でない人々がドーム関係者と面会する時に使用される部屋へ入った。ここは5つの部屋があり、リラックスして談話できるサロンのような3部屋と、業務の話をする為の会議室のような2部屋がある。ハイネの客はサロン風の部屋で座っていた。手前の小さなテーブルの上に紙の楽譜を広げてペンで書き込みを入れる作業をしていたが、ハイネが入室すると顔を上げた。彼女の顔がパッと輝き、椅子から立ち上がると彼に飛びついて行った。

「会って下さって有難う、局長!」

 そして彼女は彼の耳元で小声で囁いた。

「会いたかったわ、お祖父ちゃま!」

 ハイネは壊れ物を扱うように優しく孫娘を抱き締めた。

「立派になったな、シャナ。それに以前にも増して美しくなった。」

 ハイネを知る人が見たら誰でも驚く程、彼はとろける様な表情で孫に微笑みかけた。
 ショシャナ・パーシバルは今太陽系連邦でも話題の新進ピアニストだ。昨年のコンテストで優勝してから各コロニーで演奏して廻っている。どこに行っても引っ張りだこの人気者だった。彼女の名声は地球にも届いており、彼女はドーム空港で素顔を隠して歩いたが、ドームのゲイトでは消毒の為に全てを曝さなければならず、係のドーマー達に正体がバレてしまった。彼女が来ていることをドーム内に広めないと言う条件で彼女はサインに応じてやったのだ。
 仕事で使い易いし、ファンにも覚えてもらい易いと言う理由で、彼女は父の姓を選択した。彼女が音楽の道に進むことを渋っていた母キーラはそれも不服だったようだが、彼女がコンテストで優勝するとこだわりを捨ててくれた。
 テーブルを挟んで対面に座ったショシャナは、ハイネに楽譜を見せた。

「明日、演奏する曲目なの。パーティー用にちょっとアレンジしてみるつもり。いかがかしら?」

 若かりし頃、ドームのロックバンドでリードギターを弾いていたハイネは、楽譜をじっくりと眺めた。それは古い曲だった。宇宙でもこの曲が演奏されてるのかとハイネは心の中で感激した。ロックバンドでは演奏しないが、ハイネはクラシックギターも習ったことがある。この作曲家は好きだった。

「フェルディナンド・カルッリだね?」

 ショシャナが嬉しそうに頷いた。そして何かを期待する様な目で祖父を見た。ハイネは苦笑した。

「初見で弾けるとは思うが、上手く君と合わせられるかな。」
「お祖父ちゃまなら大丈夫よ!」

Duo Op. 37 in D Major for guitar and piano

 ハイネは端末で何かを確認して、ショシャナに言った。

「では、これから図書館の音楽室へ行こう。ぶっつけリハだ。」