2021年4月25日日曜日

狂おしき一日 La Folle journée 14

  空港保安部の寮食堂でジェリー・パーカーが賄い料理の昼食を取っていると、アキ・サルバトーレが入ってきた。どちらが先ということもなく互いの存在に気がつくと、「ヨォ!」と手で合図を送りあった。サルバトーレは、パーカーが違法クローン製造業者、メーカーとして逮捕されドームに連れて来られた当時、監視役として彼に昼夜問わず張り付いていた。パーカーに自死する恐れがあり、彼を失うことをドーム幹部達が心配したからだ。パーカーは物事を斜めに見る癖があったが、鬱状態から脱して自身が置かれた状況を渋々ながらも受け入れ、やがてドームのクローン製造部では重要な研究を任される科学者として認知されると、落ち着きを取り戻した。監視が用済みになってから、サルバトーレは保安課に戻ったが、なんとなくパーカーがいない生活が味気なく思えた。パーカーも監視の目がなくなったことを喜びながらも、「相棒」を失った気分になった。彼は同僚のメイ・カーティスと愛を育み結婚したが、やはり同性の友人は必要だった。
 互いの仕事が忙しくて顔を合わせる機会が減ったが、パーカーとサルバトーレは時間が出来るとどちらからともなく連絡を取り合うようになった。ドームはドーマーの飲酒を禁じているのだが、金曜日の夜は例外だ。パーカーはドームで唯一飲酒が許されるバーでサルバトーレと静かに語り合うのを毎週の楽しみにした。サルバトーレもシフトをやりくりして可能な限り金曜の夜は体を空けておいた。特に共通の趣味がある訳でなく、同じ志を持っているのでもない。ただ暢んびりと世間話をするだけで彼等は楽しかった。
 寮食堂のテーブルで彼等は向かい合った。サルバトーレはパーカーがドームの外にいる理由を尋ねなかった。空港ビル内しか出歩けない男がそこにいる理由は一つだ。

「シェイは今夜から大車輪で働くんだろ?」

と鎌をかけると、果たしてパーカーは頷いた。

「うん。折角俺が出てきてやったのに、ほとんど上の空で会話するんだ。俺より牛肉やチキンに語りかける方が楽しいらしいぜ。」

 サルバトーレが愉快そうに笑った。寮食堂のシェフ、シェイはどんなイケメンが話しかけようと料理にしか関心がない。一度あるVIPが彼女の料理に感激してテーブルに呼び出し、いろいろ話しかけたが、彼女は食材の仕入れの話しかしなかった。

「君は明日のパーティーには出ないんだろ?」
「ああ、俺はドームで留守番。ゴーン博士がパーティーに出るから、俺がクローン製造部の監督をしなきゃならねぇのさ。」

 違法クローン製造業者だったパーカーに、ドームの最も重要な部門の監督を任せる。サルバトーレは、ケンウッドとゴーンと言う2人の最高幹部の肝の太さに内心感心していた。

「もっとも、俺はダンスやら社交辞令やらで疲れたくないからな・・・カウボーイのお祭りの方が性に合ってるのさ。」

とパーカーが笑った。そして彼はサルバトーレの表情が曇ったことに気がついた。

「どうした、アキ?」
「ダンスって言ったよな・・・」

 サルバトーレが天井を仰ぎ見た。

「そんなこと、ちっとも頭になかった。僕は明日、花嫁の招待で友人として、勿論警護も兼ねるんだが、パーティーに出ることになっている。ゴメス少佐も一緒だ。2人共、飯を食ってりゃ良いとばかり思い込んでいたよ。若い客はダンスとかゲームとかやるんだろうな。」

 パーカーが吹き出した。

「そんなもん、強制じゃないだろう? 見物してりゃ良いのさ。」
「もし誘われたら・・・」
「誘うのは男の方だ。普通は、な!」

 パーカーは外の世界で育ったし、サルバトーレより年長だ。少年期はラムゼイ牧場から出してもらえなかったが、成人してからは時々街で大人の社交を経験した。ドーマー達よりはずっと世間のことを知っていた。

「で? ドームからは誰々がパーティーに出席するんだ?」

 サルバトーレは周囲をさっと見渡してから、声を低くして答えた。

「長官、副長官、保安課長、医療区長、出産管理区長に同副区長、遺伝子管理局長、ポール・レインとJJ・ベーリング、ヴェルティエン元副長官、ブラコフ元副長官、そして僕・・・」
「少ないな・・・」
「花嫁側の人数は多いんだ。パーシバル博士、セドウィック博士、ローガン・セドウィック博士、ショシャナ・パーシバル、セドウィック博士の弟一家8名、パーシバル博士の兄弟の家族21名、それからサンダーハウスの科学者16名。」
「長官の親族はいないのか?」
「うん。長官は兄弟が遠方のコロニーに住んでいると言う理由で招待されなかった。報告はなさったそうだが。」

 ジェリー・パーカーはニコラス・ケンウッドが何故ドーマー達を愛すのか理由がわかった気がした。身近にいて愛情を注げる人々だからだ。

「ああ、そうだ。」

 サルバトーレは忘れていた招待客を思い出した。

「ロバータ・ベルトリッチ委員長も来られる。」

 パーカーはびっくりした。

「超大物じゃんか!」
「そうなんだ。だから、極秘で地球へ降りて来る。これは僕と君と少佐と長官だけの秘密だ。」

 何故俺に話すんだ、とパーカーは疑問に感じたが、それ以上は言及しなかった。話題にする時間が長いとそれだけ外部に漏れる可能性が高まる。