入国審査の前後に必ず宇宙から来た人々から歓声とも悲鳴ともつかない声が上がる。重力を感じて、自分の体が重たくなったと言葉に出してしまうのだ。初めて地球に降り立ったパーシバル一族もクリストファーもロナルドの家族も、みんな自分たちがいきなり太ったのではないかと体を見てしまった。中には自分が平らになっていないか見てくれ、と言う人がいて、みんなの笑いを誘った。この賑やかさは他の旅行者も同じだったので、彼等が特別目立つことはなかったが、1箇所に固まっていたので、団体旅行のグループだなと言う目で見られた。
シュリー・セッパーは両親を見つけると駆け寄った。挨拶のハグをしてそれから親戚一同に向かって言った。
「来てくださって有り難う。一人一人へのご挨拶は明日のお楽しみに取っておいてね。ここで始めたら、いつ終わるかわからないから。」
温かな笑い声が返事だった。月の宇宙港で合流していた弟のローガンが一行に声をかけた。
「まずホテルにチュックインして、荷解きだよ。」
彼等はホテルの入り口に向かって歩き始めた。荷物は既にホテルへ運ばれている。シュリーは母親の隣に並んで歩いた。
「やっぱりドレスを着なきゃ駄目?」
「着て欲しいわ。」
「着せ替え人形じゃないのよ。」
「伝統的な結婚式を、局長に見せたいの。」
母の言葉に、シュリーは口を閉じた。多分、ローガン・ハイネはテレビや映画で十分に伝統的な結婚式や葬式やその他の地球上の伝統的儀式を見ている筈だ。ドーマー達は決して物知らずではない。それはケンウッドがサンダーハウスに同行させて来るドーマー達と話をすればわかる。彼等は自身が体験したことがないだけだ。ただ、ハイネとマーサ・セドウィックは結婚した訳ではなかった。ハイネとアイダ・サヤカも式を挙げられなかった。キーラとヘンリー・パーシバルの結婚式は月で挙げられたので、ドーマー達は後日映像で見ただけだ。キーラはハイネと参列する若いドーマーに本物の結婚式を見せて参加させたいのだ。
「わかったわ。でも堅苦しいのはなしよ。」
パーシバルが質問した。
「お前の学生時代の友達は呼んでいないのかい?」
「地球旅行はまだ一般の人には高い旅行なのよ、パパ。友達には重力休暇で帰る時に集まって報告するの。」
パーシバルは自身の一族が富裕層だとは思わなかったが、今回の地球旅行が滅多にないチャンスだとみんながはりこんだ事実を娘に告げるつもりはなかった。親戚達は明日のパーティーが終わったら、それぞれ希望した土地へ観光に出かけるのだ。それはロナルドの一家も同じだ。こちらの家族は思い切ってヨーロッパへ足を延ばすのだ。
「新婚旅行はアパートに籠るんだってさ。」
とローガンがからかい口調で言った。シュリーがムッとして彼を横目で睨んだ。
「家の中を整理するのよ。これから週末に2人で過ごす家をきちんと準備しておかないとね。」
平日はそれぞれの職場で暮らす。キーラはそれぞれの仕事を手放せない新婚夫婦を気遣った。
「ニコは仕事を忘れて週末を過ごせるかしら。」
ケンウッドが過去に2度婚約破棄に至った経緯を以前聞いたことがある。彼と恋人達がそれぞれの仕事に対する情熱についていけなくなって別れたのだ。パーシバルが妻の心配を笑った。
「大丈夫さ、シュリーは地球を愛している。ニコと気が合うんだ。」
「パパとママもだろ? でなきゃ、パパはママを扱いきれないよ。」
とローガンがまたからかった。それ、どう言う意味?とキーラが息子を突いた。
ホテルのフロントはごった返していた。宇宙からだけでなく地球各所から航空機が到着すると宿泊客が集まるからだ。予てからの打ち合わせ通り、パーシバル達は家族単位で受付を済ませ、銘々部屋へ向かった。ホストとしてパーシバルとキーラは一族が全員無事に部屋へ入る迄ロビーに残り、娘に他の招待客の到着状況を確認した。ドームから来る人々以外は全員無事にホテルに到着したようだ。
「ポール・レインは明日の朝到着なんだね?」
パーシバルの確認に、シュリーが嬉しそうに頷いた。
「ええ、パパのアイドルにやっと面会出来るのよ! 今からとっても楽しみ。」
「画像で見たけど・・・」
とローガンがチャチャを入れた。
「僕はセイヤーズの方が好みだな。それに局長の方がずっと綺麗だよ。」
「それは身贔屓だ。」
とパーシバルが息子に反論した。
「ハイネとポールの美しさは別物だよ。それにセイヤーズはどっちかと言えば色気の方が・・・イテテ!」
キーラに足を踏まれてパーシバルは顔をしかめた。
「こんな場所でドーマーの品評なんかしないの!」
キーラは夫を叱ってから、末っ子がまだ顔を見せていないことにやっと気がついた。
「シャナはまだ来ていないの?」
「彼女はドームの中よ。」
シュリーの返事に、パーシバルもキーラもローガンも驚いた。
「ドームの中?」
「入れたの?」
「なんでドームに?」
シュリーは肩をすくめた。
「理由は知らないわ。でも局長の招待許可証を持っていたから、ゲイトの中に入れたみたい。」
「狡いなぁ。」
祖父の名前をもらったローガンが不満顔になった。彼は高校生の時に春分祭でドームを訪問してハイネと会ったが、それ以降は電話でしか顔を見ていない。電話では祖父と呼ぶことが出来ないので、他人行儀な会話しか出来ない。互いに元気なことを確認し合うだけだ。
「どうしてシャナが局長の招待状を持っている訳?」
「知らないわ。でも彼女はお昼前にドームに入って、まだ出て来ないのよ。」
キーラとパーシバルは顔を見合わせた。2人はどちらからともなく、彼等自身がドームの中でささやかな結婚祝いのパーティーを開いてもらった時のことを思い出した。
「また ザ・クレスツ が何か企んでいるんじゃないか?」
「あのバンドはもう解散よ、年齢的に無理。ギターリストだけが現役で弾けるでしょうけど。」
キーラは末っ子の企みに見当がついてクスッと笑った。