「そのパンツドレス、すっごく君に似合ってるよ。」
クロエル・ドーマーは少し先を歩く保安課員べサニー・ロッシーニに声を掛けた。中米勤務を終えてドームに帰還して、送迎フロアから居住区へ向かう回廊を歩いていたら、前方を同じ方向に歩いている彼女を発見したのだ。彼女は早足で歩いていたが、クロエルの方が遥かに身長が高い。歩幅も大きいのですぐに追いつけそうだ。「おはよう」と声をかけたら、彼女は一度だけ立ち止まって振り返り、「おはようございます」と挨拶を返してくれたが、すぐ前を向き直って歩き出した。クロエルは急いで次の台詞を必死で捻り出そうとして、彼女が制服ではなく華やかな印象の衣装を身につけていることに気がついた。機能的だがフォーマルな服を着用する場合に警護に当たる女性保安課員が着用する服だ。
「有り難うございます。」
べサニーはつれない。まるでクロエルから逃げたいのかと思わせる足取りで歩き続けた。クロエルはちょっと歩調を早めて彼女の横に並んだ。
「明日の長官の式を警護するんだね?」
「任務の内容は口外出来ません。」
固い口調に、クロエルは思わず笑った。まるでリュック・ニュカネンだ。遺伝子工学の研究都市セント・アイブス・メディカル・カレッジ・タウンで遺伝子管理局の出張所所長をしている、伝説の「お固いニュカネン」だ。
「僕ちゃん、テロリストじゃありません。」
彼は横目で彼女を見下ろした。
「明日から1週間、ドームから出る予定もございません。安心して僕ちゃんに打ち明けてくれてよござんすよ。」
「クロエル・ドーマー・・・」
べサニーが立ち止まったので、クロエルは数歩前に出た形で立ち止まって振り返った。
「何?」
「前回のご帰還の時、綺麗なチリの織物を有り難うございました。」
「ああ・・・あれ、気に入ってくれた?」
「とても綺麗で手触りが良くて・・・でも・・・困るんです。」
べサニーが目を伏せた。クロエルは困惑した。
「困るって何が?」
彼女はモジモジと手を体の前で組み合わせて躊躇った。
「私は・・・貴方に何もお返し出来なくて・・・」
クロエルはニッコリ笑って見せた。
「なんだ、そんなこと・・・何も返してくれなくていいっすよ。僕ちゃん、あの布を見た時、君に似合うなぁって思ったから、買っちゃっただけっす。」
「そんな・・・ことを・・・していただく・・・理由が・・・ありませんから・・・」
「僕ちゃんにはあるっす。男が女に贈り物をするには理由があるっす。」
クロエルはそこで口を閉じた。 俯いたべサニーの頬は真っ赤だった。
クロエルは心の中で自身に叱咤激励した。ここではっきり言わないと彼女を苦しめるぞ、クロエル。
彼は彼女の正面に立って言った。
「君がモテるのは知ってるっす。多分、いろんな連中からいろんな誘いを受けてるだろうし、贈り物ももらってるとわかってるっす。だから・・・もし僕ちゃんの贈り物が迷惑だったら、はっきり言って欲しいっす。そしたら、僕ちゃんもすっぱり諦めて君に迷惑かけない・・・」
彼は最後まで言えなかった。べサニーが彼に飛びついて来たからだ。彼の大きな体にべサニー・ロッシーニが両腕を回した。
「迷惑なんかじゃありません。」
彼女が蚊の鳴くような声で言った。
「嬉しかったんです。他の誰でもない、貴方からの贈り物だったから・・・でも・・・」
彼女は顔を上げてクロエルを見上げた。
「どう応えて良いのか、私、わからないんです。」
涙を浮かべているので、クロエルはハンカチを出して彼女の目頭を軽く押さえてやった。
「特別なことをしなくて良いっすよ。僕ちゃんと並んで歩いて、食堂で同じテーブルでご飯食べて、お喋りしてくれたら、いいっす。それで僕ちゃん、十分幸せっす。」
彼は彼女をそっと体から離した。そして、歩こうと身振りで伝えると、彼女は頷いて足を動かし出した。クロエルが彼の不在の間のドームでの出来事を質問すると、彼女は元気よく応えてくれた。
クロエルは思った。
焦るな、クロエル。少しずつ彼女をこっちへ惹きつけていくんだ。だけど、今日のところはまだキスに到達しないなぁ・・・