2017年3月24日金曜日

奮闘 1

 ダリルは暫く眼下に広がる風景を眺めながら、今は遠い過去となった若かりし日のことを思い出していた。養育棟を出て、遺伝子管理局に配属された日のことだ。その後の脱走劇が派手な思い出だったのですっかり忘れていたが、乗務員に話を聞いて記憶が蘇った。
真新しいスーツを着て、ポール・レイン・ドーマーとリュック・ニュカネン・ドーマーと共にリン長官の執務室に挨拶に行った。付き添った上司が、局長代行のノバックだったのだ。本当の上司であるローガン・ハイネはリン長官がデスクに呼び出した3次元画像で対面した。ほんの数分だった。リンは新入り3名が自己紹介を終えるとすぐに画像を消してしまい、ハイネに話をさせなかった。リンは誰がアメリカ・ドームの実力者かよく知っていたのだろう。だから病原菌侵入事故を巧く利用してドーマーのリーダーを隔離してしまった。
 ダリルが物思いにふけっている間、ジェリー・パーカーは寝ていた。これから体力を使うのだから、体を休めておくのだ。彼はダリルより年長なので、準備には慎重に当たっていた。一番若いアキ・サルバトーレ・ドーマーもはしゃぎ疲れたのか、今は座席で大人しくしていた。普段は寡黙な男のイメージだが、素は陽気な青年なのだろう。
 先刻の乗務員が飲み物を運んで来た。彼は年上だし航空班は養育棟を出るとすぐ外勤務になるので、ダリルは彼の名を知らない。あちらも敢えて名乗らない。

「今回の任務は懲罰だって?」

 誰に聞いたのか、彼がそんなことを訊いてきた。ダリルは、「そう言うこと」と答えた。何をしたのかと訊かれ、ダリルはハイネ局長がポールに糺した違反項目を並べ、しかし、と続けた。

「根本的な原因は、私が寝坊したことだ。」
「おまえさんが寝坊したので、息子が仕事に遅刻するとレインは危惧した訳だな?」
「うん。」
「もし、レインがその場にいなかったら、おまえさんはどうした?」
「ああ・・・恐らくひたすら息子に謝った。」
「ヘリを飛ばしたり、そんなことは思いつかない?」
「思いついたとしても、私はやらない。脱走はしたが、息子を甘やかすことはしないから。私が悪いのは事実だが、違反をしてまで助ける次元じゃない。第1、息子も寝坊したのだからね。」
「それじゃ、レインは懲罰を受けて当然だな。彼は息子に甘すぎる馬鹿親父じゃないか。」
「うん・・・私もそう思っている。まさか、あそこ迄子供に甘い男だとは想像していなかった。」
「恐らく、彼は息子に気に入られたいのさ。おまえさんの息子だからな、息子の心を捉えておけば、おまえさんを失うことはないと思っているのさ。」
「それじゃ、今回の違反は、やはり私が原因か?!」
「そう言うこと。」

 乗務員は可笑しそうに笑った。

「レインの行動は全部おまえさんに関連づけられる。レインと仲良くしたければ、おまえさんと友達になるのが一番手っ取り早いってことさ。」

 その時、機長から放送が入った。ローズタウン空港まで後10分で到着と言う。乗務員はシートベルトの着用をダリルとアキに呼びかけ、ジェリーを起こした。

「ローズタウンだ、メーカー。懐かしいだろ?」
「懐かしい? 冗談だろ? 俺はローズタウンは初めてだ。逮捕された時は麻酔で寝ていたからな。」

 ジェリーは寝起きは悪くないが、機嫌が悪い。1年近く遠ざかっていた娑婆に還るので緊張しているのだ。
 ダリルが彼の気持ちを和らげる為に質問した。

「私はジェシー・ガーと言う男の記憶がないのだが、彼の方は私を知っているのだろうか?」
「知らないはずだ。」

 ジェリーはあくびをして言った。

「おまえが最初にクローンの発注をした時、ヤツはまだラムゼイ博士に雇われていなかった。何時から組織に居たのか覚えていないが、砂漠の研究所跡でおまえと出遭った時は、ジェシーは農場の留守番をしていた。覚えているか、俺が博士の車を運転したんだ。」
「そうだった、お抱え運転手は部下の車を運転しないよな・・・」