2017年3月1日水曜日

オリジン 10

 コロニー人はドーマーの遺伝子を守る為に、ドーマーにアルコールを与えない。しかし、ドーマーも人間だ。成人して仕事で外に出るグループは外で酒の味を覚える。美味しいと感じれば、中に居る仲間にもそれを教える。だから、普段コロニー人しか利用しないドームのパブは毎週金曜日の夜だけ酒好きのドーマーに占拠される。執政官達は内心苦々しく思っているが、無碍に阻止すれば暴動が起こりかねないので監視するだけにしている。占拠グループの中心は遺伝子管理局中米班で、そこに他の班やドーム維持班のドーマーが参加するのだ。
 ライサンダーはただの会食だと思っていたので、店に入って驚いた。歌って食べて飲んで踊っている人々で店は大盛況だった。

「かまったりしないから、好きにやっちゃってよ。疲れたら勝手に帰っても良いからね。」

とクロエル・ドーマーが言った。彼は暫くライサンダーのそばに居てくれたが、やがて人混みの中ではぐれてしまった。
 ライサンダーは名前の知らない数人のドーマーと一つのテーブルで食事をして、バスケットの試合の話で盛り上がり、その連中と出鱈目なダンスをして汗をかいた。

「君、来週も来るかい?」
「うん、その予定だけど。」
「じゃ、運良く出会えたら土曜日にうちのバスケのチームでプレイしないか?」
「いいとも!」

 ライサンダーは端末の連絡先を交換するつもりだったが、相手は「このパブではその時に出会うかどうかが楽しみの一つ。連絡先の交換はしないのがルール。もし連絡先を知りたければ、土曜日に出会った時に交換しよう。」と断った。
 ドームには、いろいろと変わったルールがあるのだ、とライサンダーは学んだ。
 そして親達はこのパブには来ないのだ。その証拠に、出遭ったドーマー達は皆一様にポール・レイン・ドーマーの息子が来ていることに驚いていた。
 ライサンダーが驚いたのは、ジェリー・パーカーが来ていたことだ。彼はドーマーではないが、コロニー人でもないので、特例で参加を許されていた。ジェリーは踊ったりカラオケで歌ったりしない。カウンターで1人で酒を楽しんでいた。彼の背中から「かまわないで」オーラが出ていたので、ドーマー達は目が合うと「やあ」と挨拶する程度で、話しかけて彼の孤独な酒の邪魔をしたりしなかった。ライサンダーもジェリーが数種類の酒のショットグラスを前に並べて飲み比べを楽しんでいるのを見て、声を掛けずに黙礼だけして通り過ぎた。
 流石にこの酒の場所に女性の姿はなかった。女性のドーマーは数が少ないし、万が一酔った勢いで間違いが起きるとも限らないので、執政官が女性の参加を認めたがらないのだ。だからライサンダーはJJに会えるかと期待したが、当てが外れた。
 大して広くもない店だが人が多いので一周するとかなり時間がかかった。
 ライサンダーは眠気を覚え、近くに居た人々に誰にともなく「おやすみ」と告げてパブを後にした。