2017年3月5日日曜日

オリジン 14

 その夜は、ポール・レイン・ドーマーとパトリック・タン・ドーマーは西海岸から戻らなかった。第3チームと共に逮捕したメーカーの組織を警察を引き渡したのだが、チームが抗原注射切れで帰投したので、2人が残って警察での手続きを続行したのだ。
 ドームのアパートでダリル・セイヤーズ・ドーマーは彼と息子の2人分の夕食を作った。ライサンダーにとってはほぼ1年振りの父の手作りの食事だった。

「このラザニアの味、懐かしいなぁ。」
「そう言ってくれて有り難う。食材も道具も山の家に比べると少ないので、作れる物が限られてくるんだ。」
「遺伝子管理局を引退したら厨房班に行けば?」
「それも考えたが、園芸課も魅力的でね。」
「ドームに畑があるの?」
「水耕栽培の畑があるが、私がやりたいのは森の管理の方だ。人工だが土をいじれるからね。」
「ドームの土はミミズがいないから良いよね。」

 ライサンダーは、ダリルが年甲斐もなく大ミミズを見て騒いだ過去を思い出した。手に負えない虫が土から出てくると、ダリルは何時も息子を呼んで駆除してもらっていたのだ。
 ダリルは嫌なことを思い出させる息子をテーブル越しに睨んだ。

「おまえは私に脱走する気力を失わせたぞ。」
「え? 脱走するつもりだったの?」
「いつだって考えているさ。私の異名は『脱走ドーマー』だから。」

 親子は顔を見合わせて笑った。

「それ、ジェリーが父さんを呼ぶ時に使ってるよね。」
「だから、今では執政官達も使っている。Pちゃんよりましだ。」
「そのPちゃんだけど、俺はレインって呼ぶよ。ポールはなんだか慣れ慣れしくって失礼な気がするし、『氷の刃』はドームの中では通用しないし・・・だいぶ溶けかけているもの。」
「彼が『氷の刃』なのはメーカーに対する時だけだから。ドームではただのチーフ・レインだ。」
「パブにジェリーも来ていた。彼は1人だね。」
「ここで育った訳ではないからな。だが、生まれたのはここなのだそうだ。ラムゼイがここで働いていた時に、火星の博物館から古代人の細胞を盗んで、ここにあった彼の研究室でこっそりクローンを創ったのだ。」
「何の為に? 研究材料として?」
「否・・・」

 ダリルは視線を料理に落として答えた。

「事故で亡くなった息子の代用として・・・」

 ライサンダーは暫く黙った。ラザニアを突いて、それから尋ねた。

「その息子の細胞は使えなかったの?」
「太陽の引力で人間には回収不能の状態になった宇宙船に乗っていたそうだ。だから、燃え尽きてしまった。」

 ライサンダーはラムゼイ博士とジェリー・パーカーが一緒にいるシーンを思い出した。一見ただの主人と使用人に見えたが、ラムゼイ博士はジェリーを滅多に外に出さなかったし、ジェリーが外出する時は必ず一緒だった。それは、ダリルが山の家でライサンダーを常に視野の中に捉えておこうとしたのと同じだった。

「あの爺さんは爺さんなりにジェリーを愛していたんだね。」
「恐らくな。」
「ジェリーも爺さんを愛していたんだ。だから逮捕された時に自殺を図ったんだ。爺さんに会えなくなると思ったら、もう何もかもどうでも良くなったんだって。」
「ラムゼイが彼に外の世界を教えずに育てたせいだ。もっと広く世界を教えてやっていれば、ジェリーも違った考えを持って、生き抜こうとしただろう。」
「親の育て方って、大切だね。俺も赤ん坊が生まれたら、しっかり将来を見据えて育てなきゃ・・・。」

 ダリルはポールからアメリア・ドッティの提案を聞かされていた。今それを言うべきかと一瞬迷ったが、やはりアメリア自身から言ってもらう方が良いだろう。ライサンダーが親の意見で迷わないように。