2017年3月3日金曜日

オリジン 11

 アパートに帰ると、両親は既に寝室に入っていた。テーブルの上にポールの端末が、キッチンのカウンターの上にはダリルの端末がそれぞれ置かれていた。ダリルの端末のスクリーンがメッセージを持っていることを示して点滅していたので覗くと、ライサンダー宛だった。冷蔵庫にフルーツがあるので食べるようにと、親らしいメッセージだ。ライサンダーは既読にして点滅を止め、冷蔵庫から苺やオレンジの盛り合わせを取り出して喉の渇きを潤した。
 食べていると、囁き声や笑い声が聞こえたような気がして、部屋を見回すと、親達の寝室のドアが微かに開いていることに気が付いた。親達はまだ寝ておらず、中でお楽しみの最中なのだ。

 ちゃんと閉めてくれよな・・・

 今更閉じれば却って邪魔するだけだろうと思い、彼は空になった皿を洗って布巾で水気を拭き取った。その時、ポールの端末が微かな音をたててスクリーンが赤く点滅し始めた。

 まさか、緊急呼び出し?

 覗くとやはり「緊急」と表示が出ていた。後は数字と記号で暗号化されているので意味は不明だが、相手はポールを呼んでいる。
 ライサンダーは親達の寝室のドアに近づき、ノックした。返事はなかった。もう一度力を入れてノックしかけるとドアが動いてしまった。

 ああ・・・拙い・・・

 ベッドの上で生まれたままの姿の二親が重なり合っていた。居間からの光が射したので上になっていたポールが先に気が付いて振り返った。ライサンダーはドキドキした。親が怒り出す前に大急ぎで彼等の愛の営みを妨害した理由を述べた。

「お父さんの端末に緊急連絡が入ってる。」
「緊急?」
「スクリーンが赤で、メッセージがDQ4649って・・・」

 ポールはダリルにキスをするとベッドから降りた。下着だけ身につけて居間に出て来たので、ライサンダーは端末を手渡した。ポールはソファに腰を下ろしてメッセージの送信元に電話を掛けた。
 仕事の話を立ち聞きするのは良くないと思ったライサンダーは行き場に困って、ドアが開いたままの親の寝室に入った。
 ダリルが裸の身を隠すように毛布を引っ張り上げて入り口に背を向けた。息子に見られて恥ずかしがっているのだ、とライサンダーは彼の心情を理解した。

「ごめん、父さん。ドアが開いていたんだ。開けるつもりはなくて・・・」
「おまえが大人で良かったよ。」

とダリルが呟いた。
 ライサンダーは父親の剥き出しの肩を眺めた。子供の時は父の大きな背中が大好きで、よく後ろから飛びついてしがみついたものだ。背中の子供は殴れない。ダリルは息子を背負って体温を感じながら肩越しに笑いかけてくれた。
 今ライサンダーの目の前にある父の背中はあまり大きくない。スベスベの肌はドームに戻って以前の日焼けの色から白くなっていた。だから華奢に見える。

 父さんは俺を育てるのに苦労していたんだ・・・

 ライサンダーは部屋の中に足を踏み入れ、ベッドの端に座った。父親の性質はよくわかっていたので、そっと手を伸ばして肩に手を掛け、背中に頬ずりした。

「父さん、綺麗だよ。恥ずかしがらないで・・・」

 その時、彼は背後に殺気を感じた。恐る恐る振り返ると、ポールが鬼の形相で立っていた。類い希なる美貌故に怒りの形相も凄まじい・・・。

「俺のものに触るな。」

 ライサンダーは慌ててダリルから身を離して立ち上がった。

「勘違いだ・・・」
「否、してない。おまえは俺の宝物に無断で触っていた。」

 どうかしている、とライサンダーが思った時、ダリルが小声で囁いた。

「謝っておけ。おまえが彼の機嫌を損ねたのは事実だ。」

 ライサンダーは短いドーム滞在中に確実に学んだことがあった。それは、ポール・レイン・ドーマーがダリル・セイヤーズ・ドーマーをどれだけ深く愛しているかと言うことだ。ドーム中の誰もが2人の間の強い絆を知っていた。彼等が愛の確認をしている時は邪魔をしてはいけないのだ。
 ポールに向かって言いたいことは沢山あったが、ライサンダーは抑えて「ごめん」と呟いた。
 ポールは鼻でふんと言って、彼の前を通ってダリルのそばに行った。端末を差し出し、

「2時間以内にLAに飛ぶから飛行機の手配を頼む。俺はこれから医療区へ行って、タンを退院させてくる。」
「パットを連れて行くのか?」
「ああ、退院したがっていたし、今回は尋問の助太刀だけだ。タンの役目は俺の同伴者だから、支局で休んでいてもかまわない。仕事が終わって時間があれば、チャイナタウンへ連れて行ってお茶の講義でもさせる。気晴らしになるだろう。」

 ダリルが端末を受け取り、ベッドの上に起き上がって電話をかけ始めた。
ポールはクローゼットから着替えを出して素早く身支度した。ライサンダーは情事からいきなり仕事モードに切り替わる親達の豹変振りに驚いた。