支局が用意した運転手付きの車にドームから来た3人は乗り込んだ。助手席にダリル、後部席にジェリーとアキが座った。運転手は大人しい男で、走行中、目立った建物の説明をしてくれたが、それ以上は喋らなかった。
墓地は立派な門の向こうに広がっていた。緑色の芝生のなだらかな波上の丘陵に白い墓石が点々と光っていた。門には警備員がいたが、車の中をチェックするでもなく、通過車輌をカメラが記録するのを見守るだけだ。ローズタウンの市に雇われている警備員だと運転手が説明した。
「彼等が配備されている理由は、墓泥棒の侵入を防止するためです。」
「通過車輌を見るだけで防げるのか?」
「誰かに見られると思うだけで、疚しいことを考える人間は慎重になるんですよ。」
窃盗と言う犯罪がないドームで育ったアキには理解出来ない人間の心理だ。ダリルは流石に18年間外で暮らしたので、泥棒対策は理解出来た。
「すると、我々に悪意を持つ者が墓地で襲ってくる可能性は低いのかな?」
「いや、それは甘いぜ。」
ジェリーはダリルより世間の常識がある。
「これだけの広さだ、何処からでも入る場所は見つけられる。油断禁物だ。」
「すると、門番は入った人数と出て行く人数をカウントして、合わない場合は誰かに通報するのか?」
「それはあり得ますね。墓地に入ったきり出ていかないのは問題だし、入った記録がないのに出ていく人間がいても問題です。死人が出ていくはずがありませんからね。」
運転手が笑った。
ラムゼイ博士の墓所は門から丘を2つばかり回り込んで行った所にあった。立派なライオンの石像が建っていた。誰が資金を出したのか、と訝しがるジェリーに運転手が教えた。
「ラムゼイはネコ科の野生動物の復活事業に大きな貢献をしたので、トーラス野生動物保護団体が金を出しました。連中は彼を殺害したが、その謝罪の意味もあったんじゃないですか? 幹部の邪悪な考えを知らない会員の方が多いですからね、感謝する人も多かったんだと思います。」
ジェリーが顔を横向けた。きっと涙を同行者達に見られたくなかったのだろう。クーパーが用意した花束をダリルがジェリーの脇から墓前に置くと、ジェリーが呟いた。
「少しだけ1人にさせてくれないか。」
ダリルはわかったと応え、車に戻った。アキが車外に出て風を感じながら周囲を見廻していた。ダリルは車体にもたれかかり、ジェリーに視線を向けたまま、彼に話しかけた。
「外の風は気持ちが良いだろう?」
「いろんな匂いでいっぱいですね。」
とアキが感想を述べた。
「植物の匂いなのかな、土の匂いなのかな・・・」
「どちらも・・・君のご先祖はこの大陸の先住民だ。風が運ぶ匂いで季節の移ろいや狩猟の獲物の存在を知る手がかりにしていたのだろう。」
「僕には情報が多すぎて困るだけです。」
「君はちっとも野性の勘を働かせる機会がなかったものな。」
「貴方はどうなんです? 1人で生きていこうと決意された時、風を読めました?」
ダリルは笑った。
「そんな知識が必要だなんて知りもしなかったよ。」
「僕たち、結局篭の鳥なんですね。」
「篭の中で育っても、鷲は鷲だよ。獰猛さは損なわれない。君も敵に回すと手強い男さ。」
門の方角から音楽が聞こえて来た。墓地には似合わない陽気な曲だ。ダリルはラムゼイ博士の墓前で膝を折って祈っているジェリーから、視線を音がする方向へ向けた。音楽は徐々に近づいて来る様だ。
「何の音楽だ?」
「葬式ですよ。」
運転手が教えた。
「先祖からの習慣で葬式に音楽を演奏する民族がいるんです。来る時はああやって静かに演奏して、埋葬が終わるともっと賑やかにやるんです。」
「あれが『静か』なのか?」
「ええ、ブラスバンドですから、静かに演奏して、ああ聞こえるんです。」
葬列が遺伝子管理局の車が通った同じ道をたどって近づいて来た。棺を載せた車を囲みながらバンドが演奏し、その後ろを近親者や友人達が付いて来る。ドーマーは葬儀を映像でしか見たことがないので、アキは魅入ってしまった。ダリルも中西部で見た葬儀の形式とは全く異なる光景に見とれた。随分古い習慣を守っている家族だなと思っていると、葬列は長くて、後ろの方は珍しい物を見ようと付いて来る観光客の様だった。カメラなどを手に周囲の風景やバンドを撮影している。流石に葬列の後半になるとアキもダリルもうんざりして、ラムゼイ博士の墓に向き直った。と・・・
2人のドーマーは顔色を変えた。
「ジェリーは何処へ行った?!」
墓地は立派な門の向こうに広がっていた。緑色の芝生のなだらかな波上の丘陵に白い墓石が点々と光っていた。門には警備員がいたが、車の中をチェックするでもなく、通過車輌をカメラが記録するのを見守るだけだ。ローズタウンの市に雇われている警備員だと運転手が説明した。
「彼等が配備されている理由は、墓泥棒の侵入を防止するためです。」
「通過車輌を見るだけで防げるのか?」
「誰かに見られると思うだけで、疚しいことを考える人間は慎重になるんですよ。」
窃盗と言う犯罪がないドームで育ったアキには理解出来ない人間の心理だ。ダリルは流石に18年間外で暮らしたので、泥棒対策は理解出来た。
「すると、我々に悪意を持つ者が墓地で襲ってくる可能性は低いのかな?」
「いや、それは甘いぜ。」
ジェリーはダリルより世間の常識がある。
「これだけの広さだ、何処からでも入る場所は見つけられる。油断禁物だ。」
「すると、門番は入った人数と出て行く人数をカウントして、合わない場合は誰かに通報するのか?」
「それはあり得ますね。墓地に入ったきり出ていかないのは問題だし、入った記録がないのに出ていく人間がいても問題です。死人が出ていくはずがありませんからね。」
運転手が笑った。
ラムゼイ博士の墓所は門から丘を2つばかり回り込んで行った所にあった。立派なライオンの石像が建っていた。誰が資金を出したのか、と訝しがるジェリーに運転手が教えた。
「ラムゼイはネコ科の野生動物の復活事業に大きな貢献をしたので、トーラス野生動物保護団体が金を出しました。連中は彼を殺害したが、その謝罪の意味もあったんじゃないですか? 幹部の邪悪な考えを知らない会員の方が多いですからね、感謝する人も多かったんだと思います。」
ジェリーが顔を横向けた。きっと涙を同行者達に見られたくなかったのだろう。クーパーが用意した花束をダリルがジェリーの脇から墓前に置くと、ジェリーが呟いた。
「少しだけ1人にさせてくれないか。」
ダリルはわかったと応え、車に戻った。アキが車外に出て風を感じながら周囲を見廻していた。ダリルは車体にもたれかかり、ジェリーに視線を向けたまま、彼に話しかけた。
「外の風は気持ちが良いだろう?」
「いろんな匂いでいっぱいですね。」
とアキが感想を述べた。
「植物の匂いなのかな、土の匂いなのかな・・・」
「どちらも・・・君のご先祖はこの大陸の先住民だ。風が運ぶ匂いで季節の移ろいや狩猟の獲物の存在を知る手がかりにしていたのだろう。」
「僕には情報が多すぎて困るだけです。」
「君はちっとも野性の勘を働かせる機会がなかったものな。」
「貴方はどうなんです? 1人で生きていこうと決意された時、風を読めました?」
ダリルは笑った。
「そんな知識が必要だなんて知りもしなかったよ。」
「僕たち、結局篭の鳥なんですね。」
「篭の中で育っても、鷲は鷲だよ。獰猛さは損なわれない。君も敵に回すと手強い男さ。」
門の方角から音楽が聞こえて来た。墓地には似合わない陽気な曲だ。ダリルはラムゼイ博士の墓前で膝を折って祈っているジェリーから、視線を音がする方向へ向けた。音楽は徐々に近づいて来る様だ。
「何の音楽だ?」
「葬式ですよ。」
運転手が教えた。
「先祖からの習慣で葬式に音楽を演奏する民族がいるんです。来る時はああやって静かに演奏して、埋葬が終わるともっと賑やかにやるんです。」
「あれが『静か』なのか?」
「ええ、ブラスバンドですから、静かに演奏して、ああ聞こえるんです。」
葬列が遺伝子管理局の車が通った同じ道をたどって近づいて来た。棺を載せた車を囲みながらバンドが演奏し、その後ろを近親者や友人達が付いて来る。ドーマーは葬儀を映像でしか見たことがないので、アキは魅入ってしまった。ダリルも中西部で見た葬儀の形式とは全く異なる光景に見とれた。随分古い習慣を守っている家族だなと思っていると、葬列は長くて、後ろの方は珍しい物を見ようと付いて来る観光客の様だった。カメラなどを手に周囲の風景やバンドを撮影している。流石に葬列の後半になるとアキもダリルもうんざりして、ラムゼイ博士の墓に向き直った。と・・・
2人のドーマーは顔色を変えた。
「ジェリーは何処へ行った?!」