2016年8月19日金曜日

4X’s 10

 突然サイドウィンドウをコツコツと叩く音がして、ポールは目を開いた。同時に手がグローブボックスに伸びた。銃が入っているのだ。
 車外にライサンダーが立っていて、彼の慌てぶりを見物していた。クスッと笑った様だ。
ポールは忽ち落ち着きを取り戻した。
マイクのスイッチを入れた。

「何か用か?」
「死んでるのかと思った。」

彼の息子でもある少年が、彼そっくりの皮肉っぽい喋り方をした。

「ドーム人はひ弱だと聞いたことがあるから。」
「考え事をしていたんだ。」
「完全に無防備だったよ、オジサン。追いはぎに襲われるぜ。」

 父親と言葉を交わしていた時と口の利き方がまるで違う、とポールは気が付いた。
このガキ、状況と相手によって態度をころころ変えるんだ。
まるで自身を見ているみたいで、ポールは気分が悪くなった。彼は子供を扱った経験が全くない。

「そうか、この辺りは追いはぎが出るのか。心しておくよ、忠告有り難う、坊や。」

 ライサンダーは釣りに行くと言っていたんじゃなかったか? 何も道具を持っていない様子だが?

「遊びに行ったんじゃなかったのか、坊や?」

 流石に「坊や」を2連発されて、少年は気を悪くした。ポールをうろたえさせるに十分な反撃をお見舞いしてきた。

「俺はもう『坊や』じゃないよ、オジサン。なんなら、親父の代わりに、あんたを抱いてやろうか?」

 何でこのガキが、俺とダリルの関係を知っているんだ? いや、こいつはただ鎌を掛けてきただけだ。いや、待て・・・こいつは、ダリルの遺伝子のどの部分を受け継いでいるんだ?

 ポールはライサンダーの顔を見つめた。ダリルには、ダリルの遺伝子には重大な秘密がある。ドームが彼をドーマーとして残した理由になる秘密だ。そして18年たってもまだドームが彼を諦めない理由だ。
 ライサンダーは、ポールの心の中の問いに答えるかの様に呟いた。

「親父の想い人ってのは、あんただったんだな・・・」

 ダリルが自分の心の内を子供に打ち明けるはずがない、とポールは踏んだ。
ライサンダーは、常人には予想がつかない方法で、父親の恋心を知ったのだ。
恐らく、当人も意識していないだろう。

 このガキを野放しにしてはならない。ダリルを確保する折に、こいつもドームに収容するんだ。

ポールは平静を装って、話題を逸らした。

「おまえの親父に仕事を依頼した。興味があれば、おまえも手伝え。女の子を探す仕事だ。」

彼はマイクを切って、車を出した。
ライサンダーが土埃の向こう側でアカンベエをするのを見ずに済んだ。