2016年8月21日日曜日

4X’s 13

 ラムゼイの研究所へ向かう道は、まだダリルの記憶の片隅に残っていた。と言うよりも、絶対に忘れなかった。ライサンダーが生まれた場所であり、初めてメーカーと対等に話しをした場所だ。それまで、ダリルはドームで教えられた通りに、メーカーは薄汚い命を売買する犯罪者だと信じていた。しかし、ラムゼイ博士は違った。確かに、狡猾な悪知恵の働く男だったが、客として来たダリルに紳士的に振る舞い、ダリルの正体を知っても、無礼を働かなかった。そして、ドームの執政官たちと勝とも劣らぬ遺伝子の知識を有していた。
 街を出て北東に300キロ、砂漠の外れだ。ベーリングの研究所からは街をはさんで正反対の位置になった。
 道中、ライサンダーは助手席で昼寝をしていた。満腹して、アイスクリームまで買ってもらって、幼児の様に満足し、父親の隣で安心しきって寝ていた。全く無防備だ。
ポールなら、相棒がこんな平穏な寝顔を晒すのを許さないだろう。あの男には100パーセントの信頼を置ける人間など存在しないのだ。自ら他人を信じない故に、他人が自分を信じることも好まない。
 車が路面の凹凸にバウンドして、ライサンダーが目を覚ました。彼が目を開いたことにダリルは直ぐ気づいたが、声はかけなかった。まだ目的地まで距離があったし、風景の変化が乏しくて、また睡魔に襲われるだけだ。
 ライサンダーは暫く無言で目の前の風景を見ていた。どこに居て、どこに行こうとしているのか、思い出して、彼は口を開いた。

「2人でこんなに遠くに出かけるなんて、随分久し振りだね、父さん。」
「そうだな。」

 久し振りどころか、初めてだ。ダリルは息子を山の家に連れ帰って以来、遠出をしたことがない。人前に出すことを極力避けてきた。ライサンダーを学校にも行かせていない。
遺伝子管理局に出生登録を出していないので、就学権がなかったし、当局に通報されれば、親子共々管理局に逮捕され、離ればなれにされてしまうのはわかっていた。
 ライサンダーは、ダリルに勉強を教わった。

「父さん・・・」

ライサンダーが話しかけて来た。

「あのドームから来た禿頭のオッサンは、本当に父さんのただの同僚だったの?」

ライサンダーには、ポールがもう片方の親だとは言っていない。

「そうだ、最も優秀な管理局員だ。それに、ポールは禿げているんじゃない、剃髪しているんだ。」

 ポールの髪は緑色の光沢を放つ美しい黒髪だった。地球に二酸化炭素が溢れた時、コロニー人が宇宙生活の技術を応用して、地球人の遺伝子に葉緑体を持つ情報を組み込んだのだ。
世代を重ねてその情報は薄れてしまったが、時々発現する。本来地球人にはない遺伝情報なので、ドームで胎児の段階に除去するのだが、たまに取り残しがある。だから、ライサンダーが街で髪の毛を緑色に輝かせて走り回っても、誰も不審には思わない。目立つことには変わりないが・・・。
 ポールも当然緑の因子を持っており、ドームに残す為の子供だったので、除去されなかった。この因子はY染色体にのみ存在し、故に、この緑の髪の毛は、男性だけのものだ。
ラムゼイがこの因子の存在を知ってて残したのか、除去出来なかったのか、それはダリルにはわからない。

「俺は、あのオッサン、好きじゃない。」

とライサンダーが呟いた。

「私の友達だからと言って、おまえが好きになる必要はないさ。」

ダリルは少しがっかりした。ポールの息子がポールを好きじゃないと言う・・・

「彼は誰も愛せないし、家族も持たないんだ。友人も数える程しかいない。おまえが無理に気に入ってやることはないんだよ。」
「そんなことじゃないんだ。」

 ライサンダーは心配しているんだ、と父親に言いたかった。あのスキンヘッドの男が父親を見る目が尋常でなかった、と言いたかった。ポールがサングラスを取った時だ。ダリルが再会を純粋に喜び、高ぶる感情を周囲に悟られまいと努力していた以上に、あの男は欲情を抑圧していた。今にもダリルに襲いかかって車に押し込めるのではないか、そんな緊張感さえ漂わせていた。ライサンダーは敏感にそれを感じたのだ。
あのドームから来た男は、親父を欲しがっていた。本当に、行方不明の少女を探す手伝いを依頼しに来たのだろうか。
 ライサンダーは、ダリルの過去をよく知らない。ダリルがドームで育ってドームで働いて、そこを「出た」ことしか知らない。どんな経緯で出たのか、教えられていなかった。
少女を見つけて管理局に引き渡したら、あの男に2度と自分たちの前に現れるなと言ってやろう、と少年は考えていた。

「ポールと私達が住む世界は違う。」

とダリルが自分に言い聞かせる意味も込めて言った。

「彼はもううちには来ないはずだ。今回限り、仕事の付き合いだけになるだろう。」