2016年8月28日日曜日

4X’s 28

 翌日、ダリルはいつもの買い出しだと言って、街に出かけた。ぎくしゃくしてしまった息子には、普段通り、訪問者には警戒して、人前には出ないと言う注意を与えた。勿論、JJの姿も見られてはいけない。
 街では、まずJJの着る物を購入した。サイズは彼女の外観から計測して選んだ。流石に下着を買う時は、柄にもなくドキドキしたが、店員は何もコメントせずに包んでくれた。
JJが書いてくれた買い物リストには、男性が絶対に思いつかない衛生用品もあった。改めてダリルは男女の体の構造は違うのだと理解した。遺伝子管理局の訓練では、こんなことは教えてくれなかったものなぁ・・・
 食糧を購入してから、管理局の中西部支局へ行った。この支局は現役時代に2,3回訪れたことがあったが、それ以降は用がなかった。建物は既に数回改装されており、中の間取りが全くわからない。逃走経路を確保出来ない場所に入りたくなかったが、彼は意を決して正面から入った。
 待合室を兼ねた広いホールで、数人の先客がベンチに座ってテレビを見たり新聞や本に目を通していた。男ばかりかと思えば、女性もいた。多分、男は養子縁組申し込みや婚姻許可をもらいに来た人々だ。女性は妊娠して、妊婦登録、または胎児の定期健診に来たのだ。
ここで胎児の遺伝子情報が採取され、ドームに電送される。ドームは分析して、親元に残す子供と女の子と取り換える子供の選別を行う。妊婦たちは臨月になるとドームに収容され、衛生管理された場所で出産するのだ。人類が正常に繁殖していた時代は、父親が出産に立ち会うこともあったそうだが、今は絶対に許されない。取り替えが出来なくなるからだ。
 ダリルはベンチの端に座った。近くにいる女性はマタニティドレスを着ており、夫らしい男性が隣に寄り添っている。幸福そうなカップルを他の男たちがちらちらと見ている。
夫らしい男性は身なりからして裕福そうだ。家族を養う甲斐性がなければ妻をめとる権利を認めてもらえない、それが「現代」だ。昔は、女性が夫を養う時代もあったのに、とダリルは昔読んだ書物を思い出していた。女性がどうしようもなく貧乏な男性を好きになって、結婚を望んだら、ドームはどう言う回答をするのだろう。ダリルが管理局で働いていた時には、そんな先例は聞いたことがなかった。 だが、女性にだって好きな男性を選ぶ権利はあるはずだ。
 受付カウンターに、昼休みを終えた女性職員が戻ってきた。安全な就職先として、管理局の出先機関を選んだのだろう。用心棒代わりに大きな犬がついていて、彼女の足許に座った。
 男達が立ち上がり、我先にとカウンターの前に並んだ。妊婦と夫は別の部屋へ呼ばれて消えて行った。ダリルは男たちの列に混じり、10数分後にカウンターに到達した。
 身分証を提示すると、女性職員が解読器に掛けた。ポールが処理してくれている通りに、解読器は読み取り、ダリルは彼女と話す機会を得た。

「本部の局員と連絡を取りたいんだが?」
「どの様なご用件でしょう?」
「彼に頼めば、里親資格検査にパス出来ると聞いた。」

 故意に声を低くして、内緒話らしく喋った。彼女は真面目な顔で断った。しかし目はカウンターの上に置かれた要望調査票から離れなかった。解読器の表示内容を印刷して、目を通しているのだ。

「本部の方は多忙ですし、個人的な便宜を図ることはなさいません。審査は公平に行われます。」
「でも、話をすることは出来るだろう?」

 ダリルはしつこく話しかけた。

「婚姻許可申請で、あと1点で落とされたんだ。養子をもらう資格は十分あるはずだ。レイン局員がいつ来るのか、それだけでも教えてくれよ。」

 女性職員は溜息をついた。毎日こんな要求を聞かされているのだ。ダリルだけが特別な要求をしている訳ではない。彼女は目を通していた要望調査票から顔を上げ、初めてダリルをまともに見た。そして相手の容姿がそんじょそこらの牧童や農夫とは違って遙かに垢抜けていることに気が付いた。

 わぁ、めっちゃイケメンじゃん!!

 ダリルは彼女が突然ニコニコしたので、驚いた。

「レイン局員に養子の件で面会なさりたい、と言うことですね?」

 彼女はダリルの要望調査票に赤ペンで「L氏に面会希望」と書き込んだ。

「局員の巡回日程はお教え出来ませんが、この調査票は本日中に本部へ電送しますから、局員の元へ一両日中に届くでしょう。」

恐らく、彼女は気に入った相手の調査票に片っ端から赤ペンで書き込んでいるのだろう。