2016年8月16日火曜日

4X’s 5

 ポールの遺伝子を盗むのは簡単だった。ダリルがベッドに誘うと、彼はあっさり応じたのだ。多分、リン長官の誘いにも、こんな風にあっさり応じるのだろう。
ダリルはポールが自分を可愛がってくれる人間には必ず従う質であることを思い出し、腹が立った。
 遺伝子を保護カプセルに封印すると、ダリルは翌日にはドームを脱走していた。
快適な環境も、約束された将来も、全て捨てて、彼は愛する男の遺伝子を持って自由な世界へ逃げた。

 知らなかったとは言え、遺伝子を盗まれて違法出生児の親になったからには、ポールにも罪が発生する。ポール自身が、そう言う人間を摘発して逮捕する仕事をしているのだ。

「ラムゼイと言うメーカーを知っているだろう?」

 いきなりポールがダリルの心臓を掴むような名前を出してきた。
メーカーとは、違法にクローンや体外受精児を作る闇業者だ。結婚許可をもらえないが故に、子供を希望をする男達が大金を払って子供を提供してもらうのだ。遺伝子管理局は厳しく取り締まっているが、子供の需要と供給のバランスが崩れた地球では、撲滅はまず不可能と言える。

「ラムゼイと言えば、この大陸の業界最大手だ。素人でも知っている。」

 ダリルはポールと再会した興奮が急速に冷めていくのを感じた。
ポールの話には真剣に耳を傾ける必要がある。ラムゼイはライサンダーの製造元でもあるのだ。
 2人は向かい合って座り直した。

「ベーリングと言う業者は知っているか?」
「いや。」
「ラムゼイに対抗していた新興勢力だった。」

 ポールが過去形を使ったことにダリルは気が付いた。

「ラムゼイに潰されたのか?」
「互いに潰し合ったんだ。そう、仕向けてやった。」

 ポールがよく使う手だった。
管理局の人間は、東海岸のドームに居住している。ドーム内の清潔な空気と水で生きている。紫外線からも保護されて、安全な世界で生活しているのだ。
しかし、仕事の多くはドームの外にある。防護服なしで活動出来るのは48時間。それも抗原注射と呼ばれる微生物の感染を防ぐ予防接種をしての上でだ。注射の効力が切れると、急速な体力の低下が始まり、コロニー人と同じ150年の人生の3分の1しか生きられない。
 だから、ポールは摘発に時間がかかる相手には、直接手を下すことはせずに、謀略を用いて自滅させる方向へ誘導する。