ダリルは暗闇の中で少女が動くのを待っていた。食べ物を口に入れて少しでも自分たちを信用して欲しかった。この娘をドームに引き渡せば、後は自由だ。身分証を手に入れたし、息子も市民権を登録してもらえた。これからは、普通の地球人として暮らしていける。
そして、ポール・・・ダリルはもう彼と暮らしたいと思わなかった。人生の価値観が全然違う相手と、これから巧くやっていける自信がなかった。ポールはコロニー人が築き上げたドームと言う世界から出ると言う発想すらない。
ダリルにもたれかかって眠っているライサンダーは幸せそうな寝息をたてていた。息子は父親以外の人間をほとんど知らない。せいぜいが遊び仲間だけだ。
少女も両親とその仲間しか知らなかったのだろう。世の中を知る時間も与えられぬまま、ドームに囚われて一生過ごさせて良いのだろうか。
ダリルは自身に問いかけた。今、自分は間違ったことをしていないか? 自分の自由を手に入れる為に、他人を犠牲にしようとしているのではないか?
ダリルが切なくなった時、少女がカウンターに近づいて来た。そっと手を伸ばして、シリアルバーを取った。ダリルは呼吸を乱さずに無言で見守った。月明かりで彼女のシルエットが見えた。
女の体はどうして優しい曲線で、優美な動きをするのだろう、と彼はぼんやりと思った。
ドームの女性は制服で身を包み、あるいは研究者用の白衣を着て、滅多に私服姿を見せなかった。若い男性ドーマーに「教育」をほどこす時だけ、軽装になったが、ダリルはそのチャンスを十分に経験する前に脱走してしまったので、あまり女性の体に関する実体験がない。
ユーラシア・ドームで見かけた清楚な印象のコロニー人女性は、もう宇宙に帰ってしまったろうか?
ダリルが思わずついた溜息で、少女が振り返った。ダリルはあくびをする振りをした。
少女は空っぽの書棚に座って、シリアルバーを口に入れた。
彼女がバーを半分ほど食べた時、外で音がした。エンジン音だ。複数の自動車が近づいて来る。
彼女より先にダリルが動いた。窓に駆け寄り、訪問者がどの方向から、どれだけの台数で来るのか、確認した。道路を走って正面から5台、並んでやって来る。この施設の廃墟が目的地だ。ここは砂漠の中だから、他に行く所はない。
よりかかっていたダリルがいなくなったので、ライサンダーが床に倒れ込んで目覚めた。寝起きが悪い彼は、熟睡から強引に起こされた形となり、ぐずぐず声を立てた。ダリルは低い声で叱った。
「声をたてるな、ライサンダー、客人だ。」
そして少女にも注意を与えた。
「窓から離れろ。姿を見られるぞ。」
少女は彼を見て、言われた通りに窓から離れた。そして、驚いたことにライサンダーに歩み寄り、彼の腕を掴んで引き起こそうとした。ライサンダーはびっくりして、父親を見た。
「今の見た?」
「ああ。」
感動している暇はなかった。近づいて来る車は、ここの地形を理解している。ラムゼイの残党と見なして良いだろう。直ぐにダリルの車を見つけてしまうはずだ。
「ライサンダー、裏に外付けの非常階段がある。彼女を連れてそこから逃げろ。私が連中を惹き付けておくから、闇に紛れて道路沿いを歩いて街へ向かえ。路面は歩くな。私が車を取り戻して追いつくまでは、出来るだけ姿勢を低くして歩くんだ。サソリとヘビには気をつけろ。」
ライサンダーは山で育ったから、夜の砂漠には慣れていた。
それでも、不安を感じた。
「相手の数は多いんだろ?」
ダリルは務めて気安い声で言った。
「1人の方が動きやすいんだよ。私はラムゼイ博士と面識がある。彼があの中にいれば、大丈夫だ。」
そして、ポール・・・ダリルはもう彼と暮らしたいと思わなかった。人生の価値観が全然違う相手と、これから巧くやっていける自信がなかった。ポールはコロニー人が築き上げたドームと言う世界から出ると言う発想すらない。
ダリルにもたれかかって眠っているライサンダーは幸せそうな寝息をたてていた。息子は父親以外の人間をほとんど知らない。せいぜいが遊び仲間だけだ。
少女も両親とその仲間しか知らなかったのだろう。世の中を知る時間も与えられぬまま、ドームに囚われて一生過ごさせて良いのだろうか。
ダリルは自身に問いかけた。今、自分は間違ったことをしていないか? 自分の自由を手に入れる為に、他人を犠牲にしようとしているのではないか?
ダリルが切なくなった時、少女がカウンターに近づいて来た。そっと手を伸ばして、シリアルバーを取った。ダリルは呼吸を乱さずに無言で見守った。月明かりで彼女のシルエットが見えた。
女の体はどうして優しい曲線で、優美な動きをするのだろう、と彼はぼんやりと思った。
ドームの女性は制服で身を包み、あるいは研究者用の白衣を着て、滅多に私服姿を見せなかった。若い男性ドーマーに「教育」をほどこす時だけ、軽装になったが、ダリルはそのチャンスを十分に経験する前に脱走してしまったので、あまり女性の体に関する実体験がない。
ユーラシア・ドームで見かけた清楚な印象のコロニー人女性は、もう宇宙に帰ってしまったろうか?
ダリルが思わずついた溜息で、少女が振り返った。ダリルはあくびをする振りをした。
少女は空っぽの書棚に座って、シリアルバーを口に入れた。
彼女がバーを半分ほど食べた時、外で音がした。エンジン音だ。複数の自動車が近づいて来る。
彼女より先にダリルが動いた。窓に駆け寄り、訪問者がどの方向から、どれだけの台数で来るのか、確認した。道路を走って正面から5台、並んでやって来る。この施設の廃墟が目的地だ。ここは砂漠の中だから、他に行く所はない。
よりかかっていたダリルがいなくなったので、ライサンダーが床に倒れ込んで目覚めた。寝起きが悪い彼は、熟睡から強引に起こされた形となり、ぐずぐず声を立てた。ダリルは低い声で叱った。
「声をたてるな、ライサンダー、客人だ。」
そして少女にも注意を与えた。
「窓から離れろ。姿を見られるぞ。」
少女は彼を見て、言われた通りに窓から離れた。そして、驚いたことにライサンダーに歩み寄り、彼の腕を掴んで引き起こそうとした。ライサンダーはびっくりして、父親を見た。
「今の見た?」
「ああ。」
感動している暇はなかった。近づいて来る車は、ここの地形を理解している。ラムゼイの残党と見なして良いだろう。直ぐにダリルの車を見つけてしまうはずだ。
「ライサンダー、裏に外付けの非常階段がある。彼女を連れてそこから逃げろ。私が連中を惹き付けておくから、闇に紛れて道路沿いを歩いて街へ向かえ。路面は歩くな。私が車を取り戻して追いつくまでは、出来るだけ姿勢を低くして歩くんだ。サソリとヘビには気をつけろ。」
ライサンダーは山で育ったから、夜の砂漠には慣れていた。
それでも、不安を感じた。
「相手の数は多いんだろ?」
ダリルは務めて気安い声で言った。
「1人の方が動きやすいんだよ。私はラムゼイ博士と面識がある。彼があの中にいれば、大丈夫だ。」