2019年7月1日月曜日

オリジン 2 4 - 9

 きっとハイネは冗談を言ったのだ、とケンウッドは己の心に言い聞かせた。ジェリー・パーカーとダリル・セイヤーズの重要度は、地球人のハイネが一番理解している筈だ。それなのに2人をドームの外に出して殺人事件の捜査をさせるなど・・・
 ケンウッドが取り合わなかったので、ハイネは黙って部屋から出て行った。ドアが閉じられてから、ケンウッドはふと不安になった。ハイネは時々執政官の許可なく行動する。事後承諾でとんでもないことをやってしまうのだ。
 その日の夕食時、遺伝子管理局長はケンウッドのテーブルに来なかった。昼間と同様、内勤の局員達とテーブルを囲み、そこには元局長秘書のジェレミー・セルシウスも加わっていた。セルシウスは普段妻と夕食を摂るのだが、この時は別行動だった。きっと分業の件で局長に呼ばれたのだろう。妻の方は養育棟の同僚と一緒だった。
 ヤマザキは仕事のシフトの都合で夕食時間が合わず、ケンウッドは一人で食べ、一人で運動施設を利用した。ジェリー・パーカーと出会ったら、局長におかしな考えを吹き込むなと忠告したかったが、出会わなかった。
 翌朝、いつもの様にジョギングしていると、ハイネに追い越された。朝の挨拶をすると、地球人はケンウッドに話しかける余裕さえ与えずにさっさと走り去った。これもいつものことなのに、ケンウッドは彼に避けられた様な気がした。
 ローガン・ハイネは別に長官を避けた訳ではなく、意地悪しているつもりもなかった。パーカーの希望を叶えてやる為に、どうやって長官を納得させようかと考えていただけだ。執務室で日課に取り組んでいると、電話が掛かってきた。第1秘書のネピア・ドーマーが取り次いだが、彼は酷く困惑していた。

「局長、航空班長からお電話です。なんだか酷くご立腹の様子で・・・」
「?」

 航空班は遺伝子管理局の職員を全米に運ぶ仕事をしているので、遺伝子管理局と密接に連絡を取り合っている。だが、班長と局長が直接話し合うことは滅多にない。実務的な用件が殆どなので、局長は事後承認を与えるだけだ。
 班長を怒らせる様なことを言ったかな? 程度の感想で、ハイネは電話に出た。

「ハイネだ。」
「グリューネルです。」

と航空班長が不機嫌な声で名乗った。

「遺伝子管理局の局員が私に無断で静音ヘリを操縦して飛んで行きました。正規パイロットを機体から下ろして、連中だけで出かけたんです。一体何なのですか? 局長のご命令ですか?」

 ハイネは話が読めなくて困惑した。

「何の話をしているのか、グリューネル・ドーマー?」
「ですから・・・」

 航空班長は、遺伝子管理局の職員2名と若者1名が、静音ヘリのパイロットにヘリを貸せと要求し、班長にフライトプランも出さずに無断でドーム空港から飛び立ったのだ、と語った。

「何処へ行った?」
「私も知りたいです。GPSでは、ニューポートランド近郊へ向かっていますが・・・」

 その地名にハイネは聞き覚えがあった。そしてヘリを無断拝借した人物も心当たりがあった。

「局員2名と若者1名と言ったな?」
「そうです。」
「レインとセイヤーズ、彼等の息子の3名ではないのか?」
「ご承知なのですか?」
「承知しておらん。彼等が出かけたと聞いたのは、君の口からが最初だ。」

 ネピア・ドーマーが小声で話しかけた。

「今日はライサンダー・セイヤーズが外へ戻る日です。」

 ハイネは秘書を振り返り、頷いて見せた。そして航空班長に言った。

「用事が済めば、レインとセイヤーズは戻ってくる。ヘリが空港に戻ったら、彼等に局長執務室に直ちに出頭せよと伝えてくれないか?」

 彼はグリューネル・ドーマーを宥める為に付け加えた。

「2人には私から灸を据えておく。」