2019年6月16日日曜日

オリジン 2 3 - 6

 会議が閉幕すると、ローガン・ハイネ・ドーマーはクローン製造部へ急いだ。そこで働いている男に用があった。受付のドーマーに取次を頼み、相手の業務がひと段落着く迄通路で待った。
  ジェリー・パーカーは生まれてこの方、こんなに緊張した経験はなかった。ラムゼイ博士の研究所で海千山千のメーカー達と情報交換したり、ライバルのメーカーと命のやりとりをしたこともあったが、彼はいつも心のどこかに余裕があった。余裕なのか諦めなのか彼には判別出来なかったが、落ち着かない状態に陥ったことは滅多になかった。
 逮捕され、ドームで目覚めた時も、ケンウッド長官と対面した時も、彼は緊張などしなかった。ドーマーの群れの中に放り込まれた時も覚悟は出来ていた。
 しかし、今この瞬間は違った。彼の目の前に座って彼をじっと見つめている美しい白髪のドーマーは、彼を萎縮させ、畏怖の念を抱かせた。100年以上生きてまだ彼と同じ世代に見える。これこそ人類が大昔から求めていた遺伝子、若さを保つ遺伝子を持っている人間だ。この遺伝子を開発した昔のコロニー人達は何を思い、どの様な技術で組み替えを行ったのか、そして受け継いだ子孫がどんな人生を送るか考えたことがあるのか、パーカーの脳裏に様々な思いが駆け巡った。
 互いに一対一で会うのは初めてだった。パーカーはドームに囚われて半年以上になるが、遺伝子管理局の局長と対面したのは、この瞬間が2度目だった。それも局長の方からわざわざクローン製造部に足を運び、彼が参加していた会議が終了する迄通路で待っていたのだ。
 ドーマー達を年下と見なし、子供扱いしている執政官が皆一様にこの老ドーマーには敬意を表し、言葉遣いも扱いも丁寧になる。パーカーと親しくしてくれるドーマー達、ポール・レイン・ドーマーやダリル・セイヤーズ・ドーマーやアキ・サルバトーレ・ドーマー達が親の様に慕い尊敬している人物だ。
 だから、パーカーは考えたのだ。ラムゼイ博士の仇を討つには、この人を動かさなければ駄目だ、と。
 彼のセイヤーズへの片恋をレインが察していることは気づいていた。彼が、その片恋を一生秘めておくつもりであったことも知っていたはずだ。だから、セイヤーズにキスをしたら、レインはその意味を考えるのではないか、と彼は咄嗟に思ったのだ。2人目の運転手の存在をセイヤーズがレインに伝えてくれるきっかけだ。レインがその情報を上に伝えてくれるかどうかは心許なかったが。

「やっと貴方にお会い出来ました。」

とパーカーは言った。コロニー人達にはタメ口で会話するのに、このハイネ局長には敬語を使ってしまう。

「呼ばれたから来た。」

とローガン・ハイネが言った。

「どんな用件だ?」
「外の人間と連絡を取り合う許可を戴きたいのです。」

 パーカーは遺伝子学者としてドームで働くことを認められているが、外部との接触は一切禁じられている。彼が働く内容が地球の最高機密を有する事案だからだ。

「誰と連絡を取りたいのだ?」
「貴方がお知りになる必要もないくだらない人物ですが、ラムゼイ博士の・・・いえ、ラムジー博士の運転手をしていたジェシー・ガーと言う男です。」
「博士の重力サスペンダーに細工をして博士を死に至らしめたと疑われる人物だな?」

 セイヤーズはちゃんと情報を上に伝えてくれたようだ。パーカーは少しだけ満足を覚えた。

「そうです。ガーが実行犯である確証を得て、なんとかあの男を捕まえて戴きたい。それが今の俺の唯一つのちっぽけな望みです。」
「ドームの中に居て、電話やメールのやりとりだけで確証を得られるのか?」
「なんとか言葉を引き出してみせます。どんなに時間がかかっても・・・」
「君がそのつもりでも、向こうが君との接触を止めてしまえば、それで終わりだろう。」
「ですが、アイツの居場所を知る手がかりにはなるでしょう?」

 檻の中の獣でしかないジェリー・パーカーは藁にもすがる思いでハイネ局長に訴えた。

「俺はラムゼイ博士を・・・いえ、ラムジー博士を殺したヤツ等が許せないんです。」
「ラムゼイと呼びたまえ。」

 と局長が何の感情も出さずに言った。

「我々もその名の方が慣れているし、君にはあのコロニー人はラムゼイ以外の何者でもなかったのだろうから。」
「有り難うございます。」

 ハイネは少し考えてから答えを出した。

「何の結果も得られないかも知れないが、やらないよりはましだろう。だが、私の一存で君に外部との連絡を取らせる訳にはいかないのだ。君は自覚しているだろうか? 君は地球の最高機密を扱う立場に居ると言うことを。」

 パーカーは赤面した。そんな風に思われているなんて想像もしていなかったのだ。

「これからケンウッド長官とゴメス保安課長に相談してみる。どちらか1人でも反対すれば、この話はなかったことにする。」
「わかりました。」
「もし、許可が出た場合、全ての君の通信内容はドームの保安課によって傍受され、記録される。当然ながら内容の分析も行われる。機密が漏れていないか、調べられる。」
「承知しました。」

 局長は頷いて見せ、立ち上がった。優雅なその姿が面談室から出て行くと、ジェリー・パーカーはぐったりと椅子に沈み込んだ。