2019年6月16日日曜日

オリジン 2 3 - 5

 パトリック・タン・ドーマーの土産のお茶を飲み終えたハイネは中央研究所へ出かけた。ケンウッド長官は予告通り昼前に地球へ帰還したのだが、消毒と昼食で少し会議開始が遅れたのだ。そしてハイネもレインとタンの帰還報告を聞いていたので、出席が少し遅れた。
 会場に入ると、執政官達は既に着席しており、ケンウッドが出張報告を始めていた。各ドームの新規プロジェクト書き換え計画の進行状況だ。ハイネが入ってくると視線を上げてこちらを見たが、遅刻に関して言及せず、そのまま話を続けた。ハイネは彼の固定席に座ると、隣の女性執政官に声を掛けた。(彼の隣は必ず女性と決まっていた。)

「今、何の話です?」
「プロジェクトの妨害工作の話です。」

 女性執政官は小声で答えた。

「失職を危惧する研究者が妨害しているドームがあるのですって。」
「ふーん・・・」

 ハイネは遺伝子管理局長間の連絡網で既に知っていたので、初めて知ったふりをして感心して見せた。

「さて・・・」

とケンウッドが言った。

「ご存知の通り、我等がアメリカ・ドームでは、ドーマーの社会復帰計画を開始しています。執政官や研究者が失職する心配はないと私は以前皆さんに言いました。」

 執政官達が緊張するのをハイネは感じた。ケンウッドがこれから何を言い出すのかと耳を澄ませて聞いている。月の地球人類復活委員会執行部や総会での決定事項が、アメリカ・ドームの計画を否定するのであれば、どうしよう、と言う緊張感だ。

「今回の総会で・・・」

 ケンウッドは会場内を見渡した。

「地球人類復活委員会は来年から新規採用中止と決定しました。つまり、今年の採用者で最後です。」

 会場内がザワッとなった。新しい研究者はもう来ない。

「その代わり、現在雇用されている皆さんは、採用時の契約年数を終えても勤務していただくことになります。もし契約年数更新を拒否される場合、勿論退職は自由です。ただ、交替要員はもう採用がありませんから、欠員補充がありません。」

 すると会場内の執政官の一人が声を上げた。

「欠員補充が必要な部署がある場合、どうなるのですか?」

 ケンウッドは落ち着いた声で答えた。

「欠員補充は、コロニー人ではなくドーマーを充てます。助手として働いているドーマーが退職者の仕事を引き継ぎます。もう女性誕生の鍵を模索して遺伝子の研究をする必要はないのです。ドーム事業は、ここで誕生する地球人の健康管理を行う業務に転向します。
私達が育てたドーマーを地球社会に戻してやる事業も同時に行います。もし、この業務形態に不満のある人は、年内に退職手続きを行うことをお勧めします。」

 場内はザワザワと私語が飛び交い始めた。ハイネはケンウッドが水を口に含んで休憩するのを眺めた。「長官」と呼ぶ声が響き、ケンウッドは振り返って壇上に戻った。何でしょう?と彼が尋ねると、声を掛けた人が質問した。

「取り替え子はまだ当分続けるのですよね?」
「そうです。新規プロジェクトで誕生する女の子が成長して次世代に本当に女性を産めることを確認される迄は、クローンが必要です。」
「では、我々の生活で一番大きく変化することは何ですか?」
「女性が誕生しない原因究明をしなくても済むことです。それだけです。今迄の研究内容を検討して、これから生まれてくるクローンの健康状態を最良に保つ環境作りを研究してください。その為に、ドームの外に出ていかれる機会が増えると思います。貴方方も地球の環境に体をなじませる努力が必要となるでしょう。また、外出の際にドーマーを同伴する規則も作ることになります。これはドーマーの社会復帰の一環にも当てはまります。」

 ケンウッドは静かになった場内を見た。

「計画の細部はこれから皆さんと話し合いましょう。何をどうするか、これは各大陸の気候と地球人の社会事情に合わせてドーム毎に異なります。我々の裁量に任されることになったのです。恐らく、これ迄以上に忙しくなります。皆さん、覚悟は良いですか?」

 静かだった場内で、誰かが拍手した。すると拍手は波紋が広がるように数が増えていき、やがて会場全体が揺れるような大きな音になった。
 ローガン・ハイネ・ドーマーは壇上で執政官仲間を見つめているケンウッドを見て、囁いた。

「貴方は本当にここに骨を埋めるつもりなのですね・・・」