2019年6月18日火曜日

オリジン 2 3 - 7

 その夜、午後9時近くになって、やっとケンウッドは留守中に溜まった仕事を片付け終えた。酷くくたびれていたが、空腹だったので執務室を施錠して食堂へ出かけた。一般食堂に行きたかったが、近くの中央研究所の食堂に入った。利用者は少なく、出産管理区が見えるガラス窓も半分不可視状態になっている。
 手を振る人がいたので、そちらを何気なく見ると、驚いたことにゴメス保安課長とハイネ遺伝子管理局長が同じテーブルに着いていた。ゴメスが手招きしていたのだ。ケンウッドはトレイを持ってそちらへ行った。
 彼が着席するのを待って、保安課長が「長くはかかりませんから」と言った。彼はコーヒーカップを前に置いていたが、カップは既に空になっていた。ハイネの方はお茶が半分入ったカップと半分食べかけのチーズケーキの皿を前にしていた。ゴメスがハイネを見たので、局長は「食べながらお聴きください」とケンウッドに言った。そしてジェリー・パーカーがサタジット・ラムジー殺害の実行犯と思われる男と連絡を取り合いたがっていると言った。

「パーカーは会話することで、その男の口からラムジー殺害に関与した黒幕の名前を聞き出そうと考えています。」
「黒幕を聞き出してどうするつもりだね? 敵討ちなど、とんでもないことだぞ。それにパーカーはドームから出られない。少なくとも、そんな目的を持っていると知った以上、あの幼馴染の料理人の女性に会わせる許可も出せないじゃないか。」
「勿論パーカーは現在の己の置かれている立場を弁えています。彼は相手の男が彼になら口を割るだろうと考えているのです。黒幕を聞き出したら、情報を外の警察に渡すつもりです。」

 そこでゴメスが口を挟んだ。

「保安課は外部から送信されてくる全ての情報を傍受出来ます。パーカーはそれも承知でこの案件を局長に持ちかけたのです。我々に傍受させて情報の正確性を確認させようと言う考えです。」

 ケンウッドは豆のスープを口に運んだ。せっせと手を動かすので、ハイネとゴメスは暫く黙っていた。ゴメスはコーヒーのお代わりを取りに配膳コーナーへ行き、ハイネは残っていたケーキを食べた。
 ケンウッドはメインディッシュの子羊のクリーム煮に取り掛かり、ゴメスは2杯目を飲んでしまい、ハイネはケーキを平らげた。やがて、ケンウッドが口を開いた。

「要するに、君たちはパーカーの提案に乗って彼と外にいる男の遣り取りを傍受する許可を私に求めているのだね?」
「そうです。」

 ゴメスは普段やっていることを長官に断っておきたいのだ。電波を通しての会話をただ聞き流すのではなく、聞き耳を立てて聞く。特定の個人の回線だけを追尾する。プライバシー保護の面では歓迎出来ないが、これはパーカー自身が提案した捜査協力なのだ。ケンウッドは頷いて見せた。

「パーカーが望んでいるのだから、構わないだろう。成果が上がると良いが・・・彼が黒幕以外の人間と話すことも考えられる。ドーム内の情報を語る気配があればすぐに止めさせなさい。」
「勿論です。不審な会話を始めたら通信妨害をかけます。」

 ケンウッドはまだパーカーを完全に信用仕切れない自分を哀しく思った。そんな彼の心情を知ってか知らずか、ゴメス少佐は続けた。

「しかし、パーカーの監視をしているサルバトーレ・ドーマーの報告では、彼はラムゼイの手下達のことを余り好いていなかったようです。信用していなかったと言いますか、兎に角あの男が気にかけているのは、料理係のシェイと言う女性だけです。ラムゼイを殺害した犯人を挙げることが出来るなら、彼は手下全員を喜んで司法当局に差し出すでしょう。」

 ケンウッドは食事の手を止めた。彼は呟いた。

「ラムジーは、パーカーとシェイに友人と言う者を与えずに育てたのだなぁ・・・」