2017年6月18日日曜日

侵略者 1 - 3

 ケンウッドが里帰りから戻った翌月、ヘンリー・パーシバルが交替するかの様にコロニーへ一時帰還することになった。ケンウッドは昼食時に彼を誘って一般食堂へ出かけた。
 ドーム内には2箇所の食堂がある。一箇所は中央研究所の食堂で、かなり広い。ただし、その5分の4のスペースは、出産管理区に収容されている地球人の女性達のスペースだ。そこには許可なくして執政官もドーマーも入ることが許されない。その代わり、出産管理区と研究所の両スペースを隔てるガラス壁はマジックミラーになっており、女性側からは研究所側の食堂は見えない。緑の森林や青い海など地球の大自然を映し出す巨大スクリーンになっており、家族から離れて出産に望む女性達の気分を和らげていた。反対に研究所側からは壁などないかの様に女性達の食事風景が見える。これは決して女性を鑑賞するためではなく、あくまでも食事の様子を観察して女性達の健康に異常がないかチェックするのが目的だ。精神的、肉体的にストレスを抱えていれば食欲が落ちる。あるいは異常な量を食べたりもする。だから、研究所の食堂を利用出来るのは、執政官と幹部クラスの地位にいるドーマー達だけだった。
 もう一箇所の食堂が一般食堂と呼ばれる場所で、文字通り一般のドーマー達が普段利用する。執政官もやって来る。面積は中央研究所の食堂の研究所側スペースより広い。どちらも24時間開いているが、やはり地球の生活習慣に従って朝、昼、夕の食事時が一番混雑する。
 ケンウッドとパーシバルは食事時間を出来るだけ他の人々より遅めに取っていた。食堂が空く時間だ。厨房班のドーマー達には多少迷惑な客だろうが、後片付けや食器洗浄はロボットや機械が行うので苦情は出ない。それにコロニーの24時間はコロニー毎にズレがあり、執政官達は故郷の時間帯で勤務したがるので、厨房班のドーマー達も大体どの時間帯に何人がやって来るか見当は付く。一般食堂でもその準備だけは怠らなかったが、デザートだけは完売することがあり、その日もケンウッドとパーシバルは甘味にありつけなかった。厨房班は彼等の為にフルーツの盛り合わせを出してくれた。

「値段は本日のデザートと同じでかまわないですよ。」

 司厨長が言った。食堂では執政官もドーマーもちゃんと食べる量だけ代金を支払う。

「いつも済まないね。」

 ケンウッドが声を掛けると、司厨長は微笑んだ。ドーマー達は気さくなこの博士が好きだった。
 テーブルに着くと、パーシバルが半月後には戻って来る予定だと言ったので、ケンウッドは随分早いんじゃないかと言った。

「休暇は2ヶ月だろ?」
「君だって一月余りで戻って来たじゃないか。」
「向こうにはもう誰も身内がいないからだよ。それに私は友人も少ないしね。」
「友人の多い科学者なんているかね?」

 パーシバルがおかしそうに笑った。

「君は確かに真面目だが、嫌われる人間じゃない。君がコロニーに長く居られないのは、君が地球好きだからだろ?」
「まぁ、好きかと訊かれれば否定出来ないが・・・君は何故そんなに早く戻って来るんだ?」
「決まっているじゃないか、遺伝子管理局の入局式があるからだよ。」

 パーシバルは片眼を瞑って見せた。

「ポールが遂にダークスーツを着るんだ。」
「ああ・・・」

 妙に納得出来た。ポール・レイン、ダリル・セイヤーズ、リュック・ニュカネンの3人の若い遺伝子管理局訓練生が訓練所を卒業して正式な局員となる日が近づいているのだ。
ポール・レイン・ドーマーは3人の中でも、否、ドーマー達の中でも群を抜いて美しい少年だ。養育棟にいた時分から既にドーム社会で評判になっていた。訓練所に入ってからは、大人達の中にファンクラブが出来てしまった程だ。「御姫様」と呼ばれる類希な美貌の持ち主だが、実のところ性格はかなり硬派だ。そのアンバランスなところも魅力の一つだった。

「君はポールのスーツ姿を見たいから休暇を早めに切り上げるのかい?」
「当然だろ!」

 ケンウッドには理解し難かった。美少年は入局した後は毎日スーツを着るだろうに。

「新米局員は外廻り勤務を覚える迄、抗原注射が打てる限界の周期で外へ出かけるんだぞ。スーツ姿のポールが毎日見られるとは限らないんだ。」

 パーシバルはポールのファンクラブに入ったのだろうか。ケンウッドには理解出来ない。

「私はどちらかと言えば、セイヤーズが好みだね。あの子は面白いよ。予想外の悪戯を仕掛けてくるし、発想も個性的だ。」
「あれは手に負えない悪戯坊主だ。叱っても馬耳東風だ。」
「ニュカネンも良いぞ。あの子は生真面目だし、人の言うことはちゃんと聞く。」
「あいつは面白味がない。堅物過ぎるよ。セイヤーズとニュカネンを足して2で割ったのが丁度良いんだが・・・」
「それじゃ、クラウスだな。素直で可愛い子だ。」
「クラウスは卒業までまだ1年残っているさ。」

 なんとなく食べながらドーマーの品評をしている感じになってしまい、ケンウッドは僅かながらも己に嫌悪感を抱いた。執政官達は日頃自身のお気に入りのドーマー達をこんな風に会話の種にする。アイドルとして話題にするのか、それともペットの自慢話かと思うほどに。
 その時、配膳コーナーで男の声が聞こえた。

「どうして私が来るといつもチーズケーキが売り切れているのだ?」