2017年6月22日木曜日

侵略者 2 - 3

 元ドーマー達が持っている端末にはドーム内の旧知の者達の連絡先が入っているはずだが、彼等が直接それを使うことは滅多にないだろう。ドームの外から内へ掛けられる電話やメールなどの通信手段は必ずドームの情報管理室を経由する。話の内容を傍受されるのだ。多くの場合は無視されるのだが、たまに設定されているキーワードに触れると、情報管理室の係官に聞かれてしまうし、記録される。だから、元ドーマー達はプライベイトな話をしない。当然ながら仲が良かった友人とも疎遠になってしまう。

「ですから、ドーム内のニュースは、遺伝子管理局の連中や庶務班が仕事で外に出て来た時に接触して情報をもらうのです。」

と元ドーマーの1人が説明した。

「フラネリーの息子の噂は僕等も聞いています。元気に成長しているなら、それで充分です。」
「それに、フラネリーには恐い奥方がいるしね。」

元ドーマー達がドッと笑った。フラネリーも苦笑した。ケンウッドは何が可笑しいのかわからない。怪訝な顔をすると、元遺伝子管理局の男が自身の端末を操作して1人の美しい女性の写真を出した。おいおい、とフラネリーが腕を伸ばして彼を止めようとしたが、彼はケンウッドに写真を見せた。

「アーシュラ、フラネリーの奥方ですよ。かなりおっかない。」

 フラネリーは恐妻家か、と思ったが、そう言う意味ではなかった。フラネリー本人が渋々白状した。

「家内は接触テレパスなんです。」
「えっ?!」

 ケンウッドは一瞬耳を疑った。そんな能力を持った女性クローンが地上に放たれたままになっているのか?
 ケンウッドの驚きは元ドーマー達にはっきりと伝わった。執政官でも専門分野以外のことには疎いのだ。それを元ドーマー達は執政官以上に承知していた。

「博士、テレパシー能力は人工的なものじゃありません。昔から地球人が持っている能力の一つです。だから、進化型遺伝子と違って、フリーパスでクローンが創られる。アーシュラ・フラネリーのオリジナルのコロニー人も接触テレパスのはずですよ。」
「では、マザーコンピュータには・・・」
「登録されてはいますが、注意事項程度でしょう。ですから・・・」

 フラネリーは真面目な顔になった。

「家内はドームで行われていることを知ってます。いえ、私が知っていることを全て知っていると言った方がよろしいかと・・・」
「なんだって?!」

 ケンウッドは絶句した。アーシュラと言う女性は、自身がコロニー人のクローンであることも、地球に女性が生まれないことも、取り替え子のことも全て知っていると言うのか? この地球の最高機密をテレパシーで知ってしまったのか?
 フラネリーが彼を慰める様な口調で言った。

「家内は他言していません。事実を知ると同時に、秘密を守ることの重要性も知ったからです。彼女は賢い女です。私と秘密を分かち合うことを受け容れてくれました。ただ・・・」

 彼は溜息をついた。

「彼女はドームに渡された次男を諦めきれないでいます。娘を愛していますが、息子も取り戻したいのです。若い頃は私に息子を返してくれとドームに交渉せよと訴えて止みませんでした。」
「今は落ち着いたのか?」
「ええ、長男と娘がいますからね。彼女は2人の子供の母親でもあります。彼女の偉いところは、残った子供達を疎かにしないことです。」

 ケンウッドは安心しかけて、ふと気が付いた。接触テレパスの遺伝子はどちらの染色体にあるのだ? 彼はフラネリーに危惧していることを尋ねた。

「もしやと思うが、君の息子は接触テレパスか?」

 フラネリーが小さく頷いた。ケンウッドは息を吐いた。因子はX染色体上にある。母親はおそらくホモ、息子はヘテロで能力が発現しているのだ。すると・・・

「ドームに残った方の息子も接触テレパスだな?」
「そのはずです。」

 ケンウッドは、少女の様に優しい顔の美少年を思い出した。コロニー人は確たる目的もなく素手でドーマーには触れない。だから今日まであの少年の秘められた能力に気が付かなかった。多分、周囲のドーマー達は知っているはずだ。知っていて執政官には告げないのだ。

 執政官なら報告しなくてもドーマーのことは知っているだろう。
 地球人のことは地球人に任せておけ。

 恐らく、そんな類の暗黙の了解がドーマー達の中に存在するのだ。
 多分、少年が生まれた頃のドームの担当者は知っていて、取り替え子に選んだのだ。
 フラネリーが微笑んで見せた。

「ですから、家内に知られたくない話を耳にしないよう、私は今日は遅れて来たのですよ、博士。息子が今何をしているなんて、知ったって何も意味がありませんからね。」