ケンウッドは初めてドームの外に出た。遊びではなく、職務だ。
ドームの外には、「元ドーマー」と呼ばれる人々がいる。ドーマーとして育てられて、成長してから何かしらの理由でドームから出て暮らす許可を与えられた人達だ。彼等はドームの業務を代行する分室や、支局、出張所などの管理を任されたり、警察や病院で遺伝子の知識を活かして働いているのだ。ドームとの縁が完全に切れた訳ではなく、定期的に連絡を取ったり、召還されて業務報告を行ったりするし、科学的な研究機関が何か遺伝子管理法に抵触するような動きをすると通報もする。これらの業務の統括は遺伝子管理局が行っているので、執政官には関係ない。コロニー人は地球の政治や文化、犯罪に干渉してはならないのだ。
ケンウッドの外出は、「元ドーマー」達から研究用検体を採取することだった。大気汚染や放射能汚染、細菌などから隔離されて育ったドーマー達が、ドームの外で暮らすことで皮膚にどんな影響を受けるのか調べるサンプルを採るのだ。
協力してくれる「元ドーマー」数名に事前に連絡を入れて承諾を得ていたのだが、実際に最初の男の家に行くと、驚いたことに相手は仲間を5名、呼び集めてくれていた。年齢は幅があって最年少は29歳、最年長者は60歳だった。全員がケンウッドが地球に赴任する以前にドームを去っていたので初対面だった。それでも彼等は赤ん坊時代から受けた躾けを守り、執政官であるケンウッドに敬意を表し、素直に服を脱いで皮膚の状態を見せてくれたし、細胞の採取も自身でやってくれた。彼等は、自分達が人類の未来を繋ぐ為にドームで育てられたことを誇りに思っており、研究に協力出来ることを喜んでいた。
ケンウッドは内心、これは面白いと感じた。ドームの中にいるドーマー達は、「お勤め」と呼ばれる検体採取を抵抗はしないが嫌がっている気配を隠そうとしない。「お勤め」が普段の業務を遅らせる原因となるからだ。しかし、「元ドーマー」達は数年ぶりに行う「お勤め」を懐かしがっていた。
「君達の健康状態が良好で安心したよ。」
とケンウッドが仕事を終えて道具やサンプルを鞄に片付けると、仲間を呼んでくれた男が微笑んだ。
「体が丈夫なのが『元』の自慢ですからね。」
最年長者が尋ねた。
「私の肌はもう普通の地球人と変わらないでしょう?」
確かに、ドーム内のドーマーは60歳になってもまだ10歳は若く見えるだろう。だが、普通の地球人の60歳は、彼よりずっと老けて見えるのだ。それに体力も残っていない。やはりドーマーとして育った者は大異変前の地球人の状態に近いのだろう。
「君は充分若いよ。良いサンプルを提供してくれて有り難う。」
すると、また代表格の男が声を掛けた。
「博士、もし時間があれば、僕等と一緒にこれからコースを廻りませんか?」
「コース?」
「ゴルフですよ。」
最年少の男がクラブを振る真似をして見せた。
「コロニーにはコースなんてないでしょう?」
お膳立ては出来ていた。「元ドーマー」達は、懐かしいドームからやって来た客人の為にプレイを予約していたのだ。
「僕等の為に自身の足でやって来たコロニー人は、貴方だけですよ、博士。」
「僕等は嬉しいんです。貴方には今日初めてお目に掛かったのですけど、なんだかずっと以前から知り合いだったような気がして。」
「養育係に再会した様な気がします。貴方はドームの匂いがするから・・・。」
突然ケンウッドは気が付いた。この男達にとってドームは懐かしい「実家」なのだ。そして1度卒業してしまうと自分達の意志では帰れない故郷なのだ。
コロニーには土地を贅沢に使うゴルフ場などと言うものはなかった。せいぜいがパター専門のコースだ。ケンウッドは全行程を歩き通す自信がなかったが、「元ドーマー」達をがっかりさせたくなくて、歩いた。打つ方は、運動神経が良かったので、少し練習をしただけで飛ばすことは出来た。もっともボールは芝目を読んだり風を計算しなければならず、初心者はかなりの数を叩く羽目になった。
それでもなんとか「元ドーマー」達について行けた。
そして終了して戻ったクラブハウスに、残りの連絡を入れておいた「元ドーマー」が
来て待っていた。
「初めまして、ケンウッド博士。ポール・フラネリー・元ドーマーです。」
彼の顔を見て、髪を見て、ケンウッドは驚いた。知っている少年によく似ていたからだ。葉緑体毛髪も同じ黒に緑の輝きだ。
彼の驚きを相手は察した。
「私の息子をご存じなのですね?」
「君の息子?」
親子2代のドーマーなど聞いたことがなかった。原則としてドーマーは1家族に1人しか採らないことになっていた。それに親は我が子がすり替えられることを知らない。だがフラネリーは自身の息子がドーマーだと知っているのだ。
「ポール・レイン・ドーマーは君の息子なのだね?」
「ええ、2番目の息子です。」
フラネリーはそれ以上息子の話題には触れなかった。事前に採取して来た検体を入れた容器をケンウッドに差し出した。
「忙しいので、私はゴルフを遠慮させてもらいました。コロニー人がコースを無事に終了したのは、貴方が初めてかも知れませんね。万が一の時は、私がドームに取りなすつもりでした。」
「万が一? 私が途中でぶっ倒れるとも?」
「可能性なきにしもあらずです。」
一同が笑った。ケンウッドはフラネリーが弁舌が立つことに関心した。
「フラネリー・元ドーマー、現在の仕事は何を?」
フラネリーはニヤッと笑った。
「ドームの後押しで順調に来てましてね。現在は下院議員ですが、次の選挙で上院に行ってみせますよ。」
ドームの外には、「元ドーマー」と呼ばれる人々がいる。ドーマーとして育てられて、成長してから何かしらの理由でドームから出て暮らす許可を与えられた人達だ。彼等はドームの業務を代行する分室や、支局、出張所などの管理を任されたり、警察や病院で遺伝子の知識を活かして働いているのだ。ドームとの縁が完全に切れた訳ではなく、定期的に連絡を取ったり、召還されて業務報告を行ったりするし、科学的な研究機関が何か遺伝子管理法に抵触するような動きをすると通報もする。これらの業務の統括は遺伝子管理局が行っているので、執政官には関係ない。コロニー人は地球の政治や文化、犯罪に干渉してはならないのだ。
ケンウッドの外出は、「元ドーマー」達から研究用検体を採取することだった。大気汚染や放射能汚染、細菌などから隔離されて育ったドーマー達が、ドームの外で暮らすことで皮膚にどんな影響を受けるのか調べるサンプルを採るのだ。
協力してくれる「元ドーマー」数名に事前に連絡を入れて承諾を得ていたのだが、実際に最初の男の家に行くと、驚いたことに相手は仲間を5名、呼び集めてくれていた。年齢は幅があって最年少は29歳、最年長者は60歳だった。全員がケンウッドが地球に赴任する以前にドームを去っていたので初対面だった。それでも彼等は赤ん坊時代から受けた躾けを守り、執政官であるケンウッドに敬意を表し、素直に服を脱いで皮膚の状態を見せてくれたし、細胞の採取も自身でやってくれた。彼等は、自分達が人類の未来を繋ぐ為にドームで育てられたことを誇りに思っており、研究に協力出来ることを喜んでいた。
ケンウッドは内心、これは面白いと感じた。ドームの中にいるドーマー達は、「お勤め」と呼ばれる検体採取を抵抗はしないが嫌がっている気配を隠そうとしない。「お勤め」が普段の業務を遅らせる原因となるからだ。しかし、「元ドーマー」達は数年ぶりに行う「お勤め」を懐かしがっていた。
「君達の健康状態が良好で安心したよ。」
とケンウッドが仕事を終えて道具やサンプルを鞄に片付けると、仲間を呼んでくれた男が微笑んだ。
「体が丈夫なのが『元』の自慢ですからね。」
最年長者が尋ねた。
「私の肌はもう普通の地球人と変わらないでしょう?」
確かに、ドーム内のドーマーは60歳になってもまだ10歳は若く見えるだろう。だが、普通の地球人の60歳は、彼よりずっと老けて見えるのだ。それに体力も残っていない。やはりドーマーとして育った者は大異変前の地球人の状態に近いのだろう。
「君は充分若いよ。良いサンプルを提供してくれて有り難う。」
すると、また代表格の男が声を掛けた。
「博士、もし時間があれば、僕等と一緒にこれからコースを廻りませんか?」
「コース?」
「ゴルフですよ。」
最年少の男がクラブを振る真似をして見せた。
「コロニーにはコースなんてないでしょう?」
お膳立ては出来ていた。「元ドーマー」達は、懐かしいドームからやって来た客人の為にプレイを予約していたのだ。
「僕等の為に自身の足でやって来たコロニー人は、貴方だけですよ、博士。」
「僕等は嬉しいんです。貴方には今日初めてお目に掛かったのですけど、なんだかずっと以前から知り合いだったような気がして。」
「養育係に再会した様な気がします。貴方はドームの匂いがするから・・・。」
突然ケンウッドは気が付いた。この男達にとってドームは懐かしい「実家」なのだ。そして1度卒業してしまうと自分達の意志では帰れない故郷なのだ。
コロニーには土地を贅沢に使うゴルフ場などと言うものはなかった。せいぜいがパター専門のコースだ。ケンウッドは全行程を歩き通す自信がなかったが、「元ドーマー」達をがっかりさせたくなくて、歩いた。打つ方は、運動神経が良かったので、少し練習をしただけで飛ばすことは出来た。もっともボールは芝目を読んだり風を計算しなければならず、初心者はかなりの数を叩く羽目になった。
それでもなんとか「元ドーマー」達について行けた。
そして終了して戻ったクラブハウスに、残りの連絡を入れておいた「元ドーマー」が
来て待っていた。
「初めまして、ケンウッド博士。ポール・フラネリー・元ドーマーです。」
彼の顔を見て、髪を見て、ケンウッドは驚いた。知っている少年によく似ていたからだ。葉緑体毛髪も同じ黒に緑の輝きだ。
彼の驚きを相手は察した。
「私の息子をご存じなのですね?」
「君の息子?」
親子2代のドーマーなど聞いたことがなかった。原則としてドーマーは1家族に1人しか採らないことになっていた。それに親は我が子がすり替えられることを知らない。だがフラネリーは自身の息子がドーマーだと知っているのだ。
「ポール・レイン・ドーマーは君の息子なのだね?」
「ええ、2番目の息子です。」
フラネリーはそれ以上息子の話題には触れなかった。事前に採取して来た検体を入れた容器をケンウッドに差し出した。
「忙しいので、私はゴルフを遠慮させてもらいました。コロニー人がコースを無事に終了したのは、貴方が初めてかも知れませんね。万が一の時は、私がドームに取りなすつもりでした。」
「万が一? 私が途中でぶっ倒れるとも?」
「可能性なきにしもあらずです。」
一同が笑った。ケンウッドはフラネリーが弁舌が立つことに関心した。
「フラネリー・元ドーマー、現在の仕事は何を?」
フラネリーはニヤッと笑った。
「ドームの後押しで順調に来てましてね。現在は下院議員ですが、次の選挙で上院に行ってみせますよ。」