2017年6月4日日曜日

家路 13

 野宿も覚悟でダリルとゴールドスミス・ドーマーはテントをヘリに積み込んで来たが、居間を掃除するとなんとか寝袋さえあれば充分眠れそうだ。ライサンダーは自分の寝室を掃除して、キャンプに慣れていないゴールドスミスの為にベッドを使用出来るようにした。
 キッチンも掃除して、固形燃料と裏の水場で洗った鍋を使ってダリルが簡単な夕食を準備した。焼いたベーコンとオムレツ、それに町で仕入れたコーンブレッド、珈琲だ。野菜の代わりに西瓜もあった。ゴールドスミスはすっかりキャンプ気分だ。航空班は成人して直ぐにドーム外で生活を始めるので、ポールの様に雑菌がどうのとか衛生状態にこだわったりしない。素朴な食事を美味い美味いと食べてくれた。

「キャンプファイヤーとかしないの?」
「それは今日は駄目だ。日が沈んだら風が出て来た。火事を出したくないからね。」

 キャンプファイヤーでマシュマロを焼きたかったな、とがっかりしたふりをしつつも、ゴールドスミスは山の向こうに沈む夕日を楽しんだ。

「明日は本格的に掃除するんだろ?」
「うん。でも君にさせるのは悪いな。」

 ドーマーは基本的に家事をしない。掃除はロボットの仕事だ。しかし、パイロットはすっかり「原始的な」体験に酔っていた。やるよ、と嬉しそうに言った。

「ここはライサンダーとチビちゃんが住むんだな? 」
「うん。それと叔母さんも一緒なんだ。」
「叔母さん?」
「レイン親父の取り替え子。世間には双子ってことにしてあるらしいんだ。」

 ゴールドスミス・ドーマーがダリルを振り返ったので、ダリルは素直に認めた。

「レインの実家は取り替え子の事実を知っているんだ。レインの父親も元ドーマーだったんだよ。」
「へぇええええっ! 親子2代のドーマーなんだ?!」
「珍しいだろ? 叔母さんは独り暮らしだったんだけど、赤ん坊の世話をしたいって言ってくれたんだ。」

 ダリルは息子を見た。いつの間にかライサンダーの決心はついた様だ。もう同居を前提に喋っている。

「それじゃ、ライサンダー、君はここに住んで弁護士をやるのかい?」
「まだ資格を取れる状態じゃないからね、勉強しながら畑を耕す。その間に資格を取れたらそれをどう活かすか、じっくり考えるよ。」

 ゴールドスミス・ドーマーはダリルを見た。

「君はどうするんだ? ドームは君の外出を許さないだろ? 赤ん坊がドームから出たらライサンダーとはそれっきりになるんだぜ?」
「そうだね。」

 ダリルは床を眺めながら言った。

「だけど、世の中には離ればなれになってそれっきりと言う親子はいくらでもいるよ。」

 ゴールドスミス・ドーマーはライサンダーに視線を戻した。こちらも床に視線を落として父親を見ないようにしていた。
 静音ヘリのパイロットは室内を見廻した。埃のせいで使用不可能になった古いテレビがあるだけで、IT機器は他に何もなさそうだ。照明は古い発電機が使えないので今夜はダリルが昔使っていたランプで我慢している。

「アナログな家だなぁ」

と彼は呟いた。

「叔母さんはここにネット環境をこしらえるのかな?」
「作るだろうな。叔母さんは仕事しなきゃいけないし、俺も勉強に必要だから。」
「IT部屋って作って、そう言う機械物は全部その部屋だけに限定したらどうだろ?」
「どう言う意味?」
「コンピュータ関連の物は全部場所を限定してしまって、ダリルはその部屋には入れないと言うルールを作るのさ。この家の現状はめっちゃアナログだ。いかに進化型1級遺伝子でも、外界と繋がっていない電化製品をいじって悪戯は出来ないよな?」

 ダリルは顔を上げてゴールドスミス・ドーマーを見た。ゴールドスミスがニヤッと笑った。

「君が18年間発見されなかったのは、外界と繋がるネット環境を持っていなかったからだろ? 居場所を特定されもせず、君の方から外のどのコンピュータにもアクセス出来なかったから、誰も君を見つけられなかった。違うかい?」
「何を言いたいんだ、マイケル?」
「実はさ、僕が今日の任務を仰せつかった時に、ハイネ局長に頼まれたことがあるんだ。モントレーの家のネット環境を調べてこいって。僕が何の目的ですか?って訊いたら、セイヤーズがコンピュータを触れない環境であることを確認したいってさ。」
「私がコンピュータを触れない環境? しかし、端末があるぞ。」
「今、端末を持っているか?」

 ダリルはポケットに手を伸ばし、端末はドームを発つ時にゴールドスミス・ドーマーに預けたことを思い出した。それが外出の条件だったのだ。

「な? 君が外出する場合は必ず誰かが監視と護衛に付く。君はその人間に端末を預ける。緊急の場合を除いて端末の使用は出来ない。アナログな環境にいる進化型1級遺伝子保有者はちっとも危険じゃない。」
「もしかして、マイケル、それって父さんはこれからも外出出来るってこと?」
「断言出来ないけど、きっとそう言う意味だよ。恐らく、ここへ君と孫に会いに来ても良いってことじゃないかな。」

 ライサンダーは父親を見た。ダリルはまだ喜ぶには時期尚早だと思ったので、ゴールドスミス・ドーマーに有り難うとだけ言った。