2017年6月25日日曜日

侵略者 3 - 3

 防疫班が来たのは20分後で、それは素早い行動だったのだが、待たされる方にとって20分は気が遠くなるほど長かった。防護服を着用したドーマー達がフロア内にいた各自を風船の様な物体で包み込んで特別検査室へ順番に運んだ。最初が重篤の吐血した男で、次にその血を浴びてしまったローガン・ハイネ・ドーマー、ヘンリー・パーシバル、それから男とパーシバルと同じシャトルに乗り合わせた乗客達、最後に扉の係官とケンウッドだった。
 ケンウッドは直ちに素っ裸にされ、もらったばかりの衣服は全て没収された。全身をくまなくセンサーで走査され、皮膚や血液のサンプルを採られた。最後に全身を消毒薬で洗浄され、僅か3時間に2度も消毒されてすっかりくたびれてしまった頃に、「陰性でした」と通知を受け、解放された。
 足早に中央研究所に向かった。外で採取した元ドーマー達の検体は無事に届けられており、彼は助手達に直ぐに検査に取りかかるよう指示を出した。検体は鮮度が勝負だ。しかし電子顕微鏡やゲノム分析機を前にしないうちに、長官室から呼び出しがかかった。
 嫌な予感がした。パーシバルやハイネ、ドーマー達に陽性反応が出たのだろうか。
 呼ばれたのはサンテシマ・ルイス・リン長官の部屋ではなく、その隣の会議室だった。ケンウッドが扉を開くと、大方の執政官が既に着席しており、長官は保安課長のダニエル・クーリッジに小言を言っていた。

「・・・だから、何故彼があそこに行くのを許したのだ? 彼は当ドームの財産だぞ。送迎フロアに行かせるとは何事だっ!」

 ケンウッドはそっと自席に座った。素早く視線を走らせると、ヘンリー・パーシバルの席は空で、遺伝子管理局長の席には局長秘書のドーマーが座っていた。ケンウッドは気が滅入るのを感じた。臨席の執政官が「災難でしたね」と囁きかけてきた。

「でも貴方がご無事で良かったですよ。パーシバル博士は陽性反応が出て入院されました。」
「ハイネ局長もですか?」
「ええ・・・だから長官が怒っているんです。遺伝子管理局の局長が客を見送るなんて先例がなかったので・・・」

 リン長官の小言が一段落ついたらしく、会議室の奥が静かになった。保安課長が着席するのを待って、リン長官が室内を見廻した。

「諸君、忙しい中を集まってもらって申し訳ない。知っての通り、本日午後4時27分、当アメリカ・ドームの送迎フロアにおいて、γ型カディナ病の罹患者が確認され、当ドームの職員4名と訪問者3名に感染が認められた。」

 室内に溜息がもれた。

「γカディナ病を知らない人の方が多いと思うが、これは現在開拓中の辺境の惑星で発見されたカディナ黴の一種から起因する病気だ。この黴は動物の細胞内に菌糸を侵入させ、細胞核を破壊する。通常は潜伏期間が短く、感染して1週間で発病し、内臓を破壊されて2週間で死亡する恐ろしい病気だが、幸い発病後1週間以内にワクチンで治療出来る。
今回の症例は珍しく、罹患者は菌を体内に取り込んだ直後に惑星を離れ、宇宙空間を旅して来た。キャリーしたまま無重力の世界に一月ばかりいたので、γカディナ黴は休眠していたと思われる。それが地球に到着して重力を感じた途端に黴が発芽し、そこに体内消毒薬を服用したことで菌糸に異変が起きたと考えられる。
 推測ばかりで申し訳ないが、なにしろ発見されて歳月の経っていない病原菌だ。謎が多い。
 幸いなことに、当ドームの職員達の機転でフロアは直ちに封鎖され、菌の拡散は防げた。君達は安心して通常業務に励んで欲しい。
 ただし、この事件は重大であることに変わりない。多くのドーマー達に動揺を与えぬように、出来るだけ情報の拡散は抑えて欲しい。特に若い者達には伏せておくように。
 また、外部には決して漏らしてはならない。当ドームが宇宙からの危険な病原菌で例え一時的にしろ汚染されたと地球人が知ればパニックを呼び起こす恐れもある。」

 執政官の中から「質問」と声が上がったので、長官はそちらを見て、頷くことで発言を許した。
 1人の女性執政官が立ち上がった。

「感染者の氏名、容態と治療法を教えて頂けないでしょうか? これは私達の仲間に起きたことですから。」