ベータ星から来た医師は、ウルバン・ククベンコと名乗った。ケンウッドは彼と月の宇宙港に隣接するホテルのククベンコ医師の部屋で出会った。
互いの自己紹介の後、ククベンコはすぐに本題に入ってくれた。
「カディナ黴に起因する病気の治療法をお知りになりたいと言うことでしたね?」
「そうです。」
ケンウッドは手短にアメリカ・ドームで起きた事件を語った。ククベンコはブルース・デニングズを知らなかったが、ガンマ星が抱える問題は知っていた。
「ガンマ星の大気には、カディナ黴の胞子が大量に混ざっているのですよ。」
「では、病人が多いと?」
「それが、そうでもないんです。発症するのは、大陸北部のごく一部の住人だけなのです。なんと言いますか、風土病みたいなものでして。」
ケンウッドはベータ星、ガンマ星の開拓が始まったのは何時だったかと考えた。最果ての人類居住可能な星が発見されたのは、せいぜい150年前ではなかったか。それなのに、もう風土病が現れたのか。
「その土地と他の土地はどう違うのですか?」
「カディナ病は砂漠の病気なのです。」
「砂漠?」
「空気が乾燥して、食物は貧しく、水が不足している土地です。それにそこに住んでいるからと言って、必ずしも罹る訳ではない。」
「確か、カディナ黴は空気感染はしないのでしたね?」
「しません。接触感染と飛沫感染です。」
「では、最初の宿主となった人は何か身体的な特徴があったのですか?」
ククベンコはケンウッドの目を見た。そして首を振った。
「宿主は人ではありませんでした、牛だったのです。」
「牛?」
ケンウッドは自分でも間抜けな声を出したと思った。
「牛って・・・」
「砂漠地帯に強い品種の牛を辺境開拓に連れて行き、さらにそこで品種改良したものを、ガンマ星で試験的に飼育したのです。その時に、牛に現地で産出した岩塩を与えたのだそうです。その塩に黴が混ざっていたのです。」
「牛はどうなりました?」
ククベンコは複雑な表情をした。
「最初の世代では何も起こりませんでした。ところが次の世代の仔牛が生まれると、異変が起きました。さっき私は、牛は品種改良されたものであったと言いましたね?」
「ええ。」
「出来るだけ多くの仔牛を産むように、長生きさせる改良をしたのです。交配によってではなく、遺伝子操作でね。ところが、2世代目の牛は、短命でした。いや、地球で飼育されていた時代の時間しか生きられなかった。そして3代目も4代目も・・・」
「牛はオリジナルに戻ったと言うのですか?」
「そうです。遺伝子が勝手に先祖還りしてしまったのです。 原因が黴にあることが判明したのは、ほんの数年前です。手遅れでした。」
「牛は全部先祖還りを?」
「牛だけではありませんでした。人間もです。」
「人間?」
ククベンコは自身のIDカードを出した。
「私はベータ人で、ガンマ星に降りたことはありません。」
彼のIDに、遺伝子情報の欄があった。
「辺境開拓団とその子孫には、遺伝子情報を登録しておく義務があります。宇宙船の事故や惑星での不慮の災害に遭った時の身元確認のためです。私の遺伝子情報を見て下さい。プライバシーはお気になさらずに、遺伝子学者としての貴方の良識で見て頂きたい。」
ケンウッドはククベンコの遺伝子情報の中に、知っているが本物は見たことがない言葉を見つけた。彼は顔を上げてベータ星人を見た。
「メトセラ型?」
「ええ、改良型遺伝子です。辺境は太陽系から遠く、たどり着くまで時間がかかります。
私もここへ来るのに最長ワープを5回体験しました。」
「メトセラと言う言葉から連想するに、貴方は長命の遺伝子をお持ちなのですね?」
「私だけでなく、ベータ星の入植者は全員持っています。ですから、我々の平均寿命は300年です。」
「300年!」
太陽系の常識では、人間はどんなに頑張っても150年が限度となっている。300年とは、誇張しているのではないのか?
しかしククベンコは真面目な顔をしていた。
「科学の力で、我々は3世紀を生きることが可能になりました。ところが、そのベータ星人がガンマ星に入植すると、寿命が縮んだのです。元の地球人のように、100年未満となりました。」
「それは確かですか?」
「確かです。メトセラ型は、生まれてから成長する速度が遅いのです。しかし脳の発達は太陽系の人間と同じです。ですから、貴方が見ると、8歳の子供がオフィスで働いている様に見えますが、実際は24歳です。」
では、目の前にいるこの男は何歳だ?
互いの自己紹介の後、ククベンコはすぐに本題に入ってくれた。
「カディナ黴に起因する病気の治療法をお知りになりたいと言うことでしたね?」
「そうです。」
ケンウッドは手短にアメリカ・ドームで起きた事件を語った。ククベンコはブルース・デニングズを知らなかったが、ガンマ星が抱える問題は知っていた。
「ガンマ星の大気には、カディナ黴の胞子が大量に混ざっているのですよ。」
「では、病人が多いと?」
「それが、そうでもないんです。発症するのは、大陸北部のごく一部の住人だけなのです。なんと言いますか、風土病みたいなものでして。」
ケンウッドはベータ星、ガンマ星の開拓が始まったのは何時だったかと考えた。最果ての人類居住可能な星が発見されたのは、せいぜい150年前ではなかったか。それなのに、もう風土病が現れたのか。
「その土地と他の土地はどう違うのですか?」
「カディナ病は砂漠の病気なのです。」
「砂漠?」
「空気が乾燥して、食物は貧しく、水が不足している土地です。それにそこに住んでいるからと言って、必ずしも罹る訳ではない。」
「確か、カディナ黴は空気感染はしないのでしたね?」
「しません。接触感染と飛沫感染です。」
「では、最初の宿主となった人は何か身体的な特徴があったのですか?」
ククベンコはケンウッドの目を見た。そして首を振った。
「宿主は人ではありませんでした、牛だったのです。」
「牛?」
ケンウッドは自分でも間抜けな声を出したと思った。
「牛って・・・」
「砂漠地帯に強い品種の牛を辺境開拓に連れて行き、さらにそこで品種改良したものを、ガンマ星で試験的に飼育したのです。その時に、牛に現地で産出した岩塩を与えたのだそうです。その塩に黴が混ざっていたのです。」
「牛はどうなりました?」
ククベンコは複雑な表情をした。
「最初の世代では何も起こりませんでした。ところが次の世代の仔牛が生まれると、異変が起きました。さっき私は、牛は品種改良されたものであったと言いましたね?」
「ええ。」
「出来るだけ多くの仔牛を産むように、長生きさせる改良をしたのです。交配によってではなく、遺伝子操作でね。ところが、2世代目の牛は、短命でした。いや、地球で飼育されていた時代の時間しか生きられなかった。そして3代目も4代目も・・・」
「牛はオリジナルに戻ったと言うのですか?」
「そうです。遺伝子が勝手に先祖還りしてしまったのです。 原因が黴にあることが判明したのは、ほんの数年前です。手遅れでした。」
「牛は全部先祖還りを?」
「牛だけではありませんでした。人間もです。」
「人間?」
ククベンコは自身のIDカードを出した。
「私はベータ人で、ガンマ星に降りたことはありません。」
彼のIDに、遺伝子情報の欄があった。
「辺境開拓団とその子孫には、遺伝子情報を登録しておく義務があります。宇宙船の事故や惑星での不慮の災害に遭った時の身元確認のためです。私の遺伝子情報を見て下さい。プライバシーはお気になさらずに、遺伝子学者としての貴方の良識で見て頂きたい。」
ケンウッドはククベンコの遺伝子情報の中に、知っているが本物は見たことがない言葉を見つけた。彼は顔を上げてベータ星人を見た。
「メトセラ型?」
「ええ、改良型遺伝子です。辺境は太陽系から遠く、たどり着くまで時間がかかります。
私もここへ来るのに最長ワープを5回体験しました。」
「メトセラと言う言葉から連想するに、貴方は長命の遺伝子をお持ちなのですね?」
「私だけでなく、ベータ星の入植者は全員持っています。ですから、我々の平均寿命は300年です。」
「300年!」
太陽系の常識では、人間はどんなに頑張っても150年が限度となっている。300年とは、誇張しているのではないのか?
しかしククベンコは真面目な顔をしていた。
「科学の力で、我々は3世紀を生きることが可能になりました。ところが、そのベータ星人がガンマ星に入植すると、寿命が縮んだのです。元の地球人のように、100年未満となりました。」
「それは確かですか?」
「確かです。メトセラ型は、生まれてから成長する速度が遅いのです。しかし脳の発達は太陽系の人間と同じです。ですから、貴方が見ると、8歳の子供がオフィスで働いている様に見えますが、実際は24歳です。」
では、目の前にいるこの男は何歳だ?