肺洗浄の準備が始まった。実際に施術するのはヤマザキ医師で、彼は人体ダミーを使って練習をした。肺の洗浄は短時間勝負だ。少しでもタイムロスすると患者の肺は肺炎を起こしてしまう。
コートニー医療区長は、医療区長会議でアメリカ・ドーム医療区の決意を述べた。賛同と反対と、双方の意見を聞き、体験談に耳を傾けた。医療区長達は、それぞれの考えを明確に示しながらも、最終的にはアメリカ・ドームの決断を讃え、万が一の時は味方になってくれると約束した。
ケンウッドとパーシバル、それに担当の看護師ドーマー2人は機器の調整や道具を揃えた。どの準備もリン長官とそのシンパには知られないように行わなければならなかった。
リン長官にとっては、ローガン・ハイネ・ドーマーにはこのまま永久にジェルの棺の中に入って居て欲しいに違いないのだから。
ケンウッドは、ククベンコ医師が「意識が戻らないのはおかしい」と言った言葉が心に引っかかっていた。別れ際に、ベータ星人はこうも言ったのだ。
「患者は目覚めたくないのかも知れませんね。」
ローガン・ハイネ・ドーマーは自らの意志で眠り続けているのだろうか。
ケンウッドは、あの事故があった日のことを思い出そうとした。元気だったハイネを見た最後の日だ。ハイネに生きていることを哀しんでいる様子があっただろうか。事故が起きる直前、ハイネは誰かを見送りに送迎フロアに出て来たのだ。後に多くの人々が、「何故彼があの場所に?」と疑問を口に出すほど、それは滅多にない出来事だった。リン長官の個人秘書で遺伝子管理局代理局長のヴァシリー・ノバックなどは、ハイネがドームから逃げ出すつもりだったのでは、と言い出す始末だった。
ケンウッドはハイネの第1秘書ペルラ・ドーマーに事故の日の訪問者は誰だったのか尋ねてみた。ペルラ・ドーマーはあの後の生活の大変化ですぐにはちょっと思い出せなかった。
「ええっと・・・連邦の捜査官でしたね・・・あっそうだ、連邦捜査局の科学捜査班の主任でした。ちょっと待って下さいよ。」
ペルラ・ドーマーは端末を操作して過去の来訪者リストを出した。事故があった日の来訪者は、ダニエル・オライオンと言う男だけだった。
「連邦捜査官と言うことは、職務上の訪問だね?」
「職務以外の訪問は一般の地球人には許可されませんよ。」
それはコロニー人にも同じで、職務によるドーム来訪は予約が必要で、必ず来訪目的と受け容れるドーム住人の氏名を届け出なければならない。それがない来訪者はドーム空港ビルまで、となる。だが職務で来訪するにしても、通常は送迎フロアに隣接する面会スペースが限度だ。ダニエル・オライオンが遺伝子管理局本部まで入ったと言うことは・・・
「オライオン氏は、元ドーマーなのだね?」
「そうです。私が養育棟を出る前に、ドームを去った人ですがね。」
ケンウッドは、連邦捜査官になった元ドーマーの経歴を検索してみた。すると、ダニエル・オライオンはローガン・ハイネと年齢が3歳しか離れていないことがわかった。オライオンの方が年下だ。ケンウッドは彼の顔を覚えている訳ではなかったが、頑健そうな体格で血色の良い男だった様な気がした。地球人の60代に見えたが、実際は76歳ほどだったのだろう。年上のハイネの方がずっと若く見えた。
「彼はドームによく来ていたのか?」
「私が記憶する限りでは、1年に1度の割合だったと思います。局長が倒れられてからは、来ていませんね。」
オライオンはハイネが眠ったままであることを知らない。面会を求めてドームに断られたのかも知れない。彼はハイネが眠り続ける原因を知っているのだろうか。
期待薄だったが、ケンウッドはオライオンに会ってみることにした。連邦捜査局にコンタクトを取る方法を知らなかったので、ペルラ・ドーマーに連絡してもらった。すると、驚いたことに、ダニエル・オライオンは定年退職した後だった。あの事故の日の3日後に、オライオンは職場を去っていたのだ。
元ドーマーは居住する場所をドームに登録している。しかし、オライオンはリストの住所から引っ越していた。新規の住所の届け出がないのだ。これは、違反ではないか。
ケンウッドは焦ったが、心配する必要はなかった。彼がドーム職員であることは遺伝子管理局から通達が行っていたので、連邦捜査局の方で調べて教えてくれた。
ケンウッドは半日の休暇を取ると、元ドーマーが住む郊外の住宅街へ出かけて行った。
コートニー医療区長は、医療区長会議でアメリカ・ドーム医療区の決意を述べた。賛同と反対と、双方の意見を聞き、体験談に耳を傾けた。医療区長達は、それぞれの考えを明確に示しながらも、最終的にはアメリカ・ドームの決断を讃え、万が一の時は味方になってくれると約束した。
ケンウッドとパーシバル、それに担当の看護師ドーマー2人は機器の調整や道具を揃えた。どの準備もリン長官とそのシンパには知られないように行わなければならなかった。
リン長官にとっては、ローガン・ハイネ・ドーマーにはこのまま永久にジェルの棺の中に入って居て欲しいに違いないのだから。
ケンウッドは、ククベンコ医師が「意識が戻らないのはおかしい」と言った言葉が心に引っかかっていた。別れ際に、ベータ星人はこうも言ったのだ。
「患者は目覚めたくないのかも知れませんね。」
ローガン・ハイネ・ドーマーは自らの意志で眠り続けているのだろうか。
ケンウッドは、あの事故があった日のことを思い出そうとした。元気だったハイネを見た最後の日だ。ハイネに生きていることを哀しんでいる様子があっただろうか。事故が起きる直前、ハイネは誰かを見送りに送迎フロアに出て来たのだ。後に多くの人々が、「何故彼があの場所に?」と疑問を口に出すほど、それは滅多にない出来事だった。リン長官の個人秘書で遺伝子管理局代理局長のヴァシリー・ノバックなどは、ハイネがドームから逃げ出すつもりだったのでは、と言い出す始末だった。
ケンウッドはハイネの第1秘書ペルラ・ドーマーに事故の日の訪問者は誰だったのか尋ねてみた。ペルラ・ドーマーはあの後の生活の大変化ですぐにはちょっと思い出せなかった。
「ええっと・・・連邦の捜査官でしたね・・・あっそうだ、連邦捜査局の科学捜査班の主任でした。ちょっと待って下さいよ。」
ペルラ・ドーマーは端末を操作して過去の来訪者リストを出した。事故があった日の来訪者は、ダニエル・オライオンと言う男だけだった。
「連邦捜査官と言うことは、職務上の訪問だね?」
「職務以外の訪問は一般の地球人には許可されませんよ。」
それはコロニー人にも同じで、職務によるドーム来訪は予約が必要で、必ず来訪目的と受け容れるドーム住人の氏名を届け出なければならない。それがない来訪者はドーム空港ビルまで、となる。だが職務で来訪するにしても、通常は送迎フロアに隣接する面会スペースが限度だ。ダニエル・オライオンが遺伝子管理局本部まで入ったと言うことは・・・
「オライオン氏は、元ドーマーなのだね?」
「そうです。私が養育棟を出る前に、ドームを去った人ですがね。」
ケンウッドは、連邦捜査官になった元ドーマーの経歴を検索してみた。すると、ダニエル・オライオンはローガン・ハイネと年齢が3歳しか離れていないことがわかった。オライオンの方が年下だ。ケンウッドは彼の顔を覚えている訳ではなかったが、頑健そうな体格で血色の良い男だった様な気がした。地球人の60代に見えたが、実際は76歳ほどだったのだろう。年上のハイネの方がずっと若く見えた。
「彼はドームによく来ていたのか?」
「私が記憶する限りでは、1年に1度の割合だったと思います。局長が倒れられてからは、来ていませんね。」
オライオンはハイネが眠ったままであることを知らない。面会を求めてドームに断られたのかも知れない。彼はハイネが眠り続ける原因を知っているのだろうか。
期待薄だったが、ケンウッドはオライオンに会ってみることにした。連邦捜査局にコンタクトを取る方法を知らなかったので、ペルラ・ドーマーに連絡してもらった。すると、驚いたことに、ダニエル・オライオンは定年退職した後だった。あの事故の日の3日後に、オライオンは職場を去っていたのだ。
元ドーマーは居住する場所をドームに登録している。しかし、オライオンはリストの住所から引っ越していた。新規の住所の届け出がないのだ。これは、違反ではないか。
ケンウッドは焦ったが、心配する必要はなかった。彼がドーム職員であることは遺伝子管理局から通達が行っていたので、連邦捜査局の方で調べて教えてくれた。
ケンウッドは半日の休暇を取ると、元ドーマーが住む郊外の住宅街へ出かけて行った。