2018年11月30日金曜日

トラック    2  1 - 6

 クロエル・ドーマーはストレッチャーに横たわっている男にカメラを向けた。40代後半、50歳になるかならないかの中肉中背の黒っぽい茶色の髪の男だ。肌は日焼けしているが、荒れていない。小麦色の艶のある皮膚だ。
 ハイネはじっと見つめていたが、やがて頷き、呟いた。

「素晴らしい・・・」

 セルシウス、ネピア、キンスキー、そして電話の向こうのクロエルが、思わず彼の顔を見た。彼等はローガン・ハイネが何に感動したのか、わからなかった。
 ハイネはそのまま無言で1分間ラムゼイの秘書を見つめ、やがてクロエルを呼んだ。

「ちゃんとここにいますよ、局長。」
「その秘書をドームに連れて来なさい。その男だけで良い。残りのメーカー供はいつもの様に警察に任せる。」
「了解しました。」

と応えはしたものの、クロエルは何故ジェリー・パーカーをドームに送るのか、理由がわからなかった。

「今夜、レインと先発チームと共に彼を航空機に乗せます。僕はラムゼイを追ってもう暫くこの辺りに残ります。」
「ラムゼイが潜伏している場所に見当が付いているのか?」
「トラック隊が向かっていた方角を考えて、恐らくセント・アイブス・メディカル・カレッジ・タウンでしょう。セイヤーズも同じ考えです。ニュカネンは嫌がるでしょうけど、出張所にスペースを借りて拠点にします。」
「長期は駄目だぞ。」

 ハイネが囁いた。

「ケンウッドが文句を言うぞ。」

 クロエルがニヤリと笑った。ハイネは彼にセイヤーズを同伴しても良いと暗に許可したのだ。

2018年11月29日木曜日

トラック    2  1 - 5

 ハイネの端末に電話が着信した。保安課が直通を通したのだ。発信者は正に今局長執務室内で全員が見つめている白い点の主だった。

「ハイネだ。」
「クロエルです、局長! レインを無事に保護しました。」

 クロエル・ドーマーの声をハイネは拡声にして秘書達にも聞かせた。

「レインは疲れていますが怪我はありません。今日中にドームに送り返します。それから、ライサンダー・セイヤーズとJJ・ベーリングも保護しました。例の少年少女です。彼等も無事で、今、セイヤーズが健康チェックしています。」

 セルシウスが、キンスキーがホッとした表情になり、ネピアすら口元に微笑を浮かべた。ハイネが尋ねた。

「部下達に怪我はないか?」
「ちょっと銃撃戦がありましたが、味方は局員も警察も無事です。メーカーは4名が負傷しましたが命に別状ありません。手当が済み次第逮捕します。」

 そしてクロエルは珍しく少し間を置いてから言った。

「ラムゼイは確保出来ませんでした。彼は仲間より早く出発したそうで、このトラック隊にはいなかったのです。」
「また逃げたのか・・・」

 ハイネ局長が少しがっかりした声を出した。アメリカ・ドーム最大の汚点を解消出来る機会だと思っていたので、落胆したのだが、若い部下に失望したのではなかった。本物の地球人の女性を作り出した仕組みを知りたかったのだ。

「ラムゼイには逃げられましたが、彼の身の回りの世話一切合切を仕切っている秘書、ジェリー・パーカーを逮捕しました。我々が急襲した際に、逃亡を図り、さらに自死を選ぼうとしましたので、麻酔で眠らせています。」
「ラムゼイの秘書?」

 ハイネの表情がかすかに動いた。興味を抱いたのだ。クロエルに少し待てと言い、セルシウス・ドーマーとネピア・ドーマーを振り返った。

「悪いが発信機の練習はそこまでにしてくれないか。現地の映像を見たい。」
「わかりました。」

 セルシウスが応え、ネピアが端末を操作した。生体エネルギーの白い点を中心とした空中模型が消えた。ハイネは自身の端末を覗いた。

「クロエル、カメラを使ってそのラムゼイの秘書を映してくれないか?」
「わかりました。」

 クロエルは何故局長がメーカーの秘書を見たがるのだろうと疑問を感じながら、歩き出した。端末のカメラを起動してテレビ電話に切り替えた。埃っぽい砂漠の道路が局長執務室の会議テーブルの上に現れた。警察官達がラムゼイの手下達を護送車に連行して行くのが見えた。局員達がトラックの積荷を下ろして遺伝子管理局が押収するものと警察が押収するものに仕分けている。誰かが怒ったような声で怒鳴っていた。それを聞いて、ハイネが微笑んだ。

「クロエル、ニュカネンも引き込んだのか?」

 リュック・ニュカネンは元ドーマーだ。ポール・レインとダリル・セイヤーズ、クラウス・フォン・ワグナー、それに司厨長のピート・オブライアンと一緒に育った部屋兄弟なのだが、局員時代に外の女性と恋に落ち、ドームを卒業して行ったのだ。ドームは彼の為に、そして遺伝子管理局の業務を補佐する目的で出張所と言う機関を創設した。地球人が違法な遺伝子研究をしないよう研究機関を見張る役所だ。ニュカネンは南北アメリカ大陸で最初の出張所所長だ。真面目で頑固で規則重視の堅物で有名だ。
 クロエルは中米班のチーフで、今の地位に上がる前は南米班にいた。ニュカネンとは仕事上の接点が殆どなかったのだが、彼の堅物ぶりは有名で、まだ訓練所にいた頃からクロエルの耳にもそれは届いていた。だから、彼はテレビ電話で局長に片目を瞑って見せた。

「だって、地元なのにシカトしたら、後がややこしいっしょ?」

 リュック・ニュカネンが腹を立てていた相手はポール・レイン・ドーマーだった。レインはくたびれた表情で車の座席に座っていたが、部下に指揮を執ろうとしてニュカネンに叱られたのだ。

「今日の君の部下はクロエルの部下だ。君は大人しく休んでいろ!」

 近くの別の車の陰では、ダリル・セイヤーズが息子と少女と共に休憩していた。セイヤーズの息子は綺麗な緑色に輝く黒髪を持っていた。クロエルが前を通った時、ちらりと顔を上げ、カメラにしっかりその顔を写された。ああ、とハイネが電話のこちら側で呻いた。

 レインによく似ているじゃないか・・・なんてことをしてくれた、セイヤーズ!






2018年11月28日水曜日

トラック    2  1 - 4

 昼寝を終えて頭をスッキリさせたローガン・ハイネ局長が局長執務室に戻ると、第2秘書のアナトリー・キンスキーが彼を見て、そっと指を唇に当てた。しーっと言う意味だ。ハイネが室内を見ると、会議テーブルを端末で操作する説明をネピア・ドーマーに行なっているジェレミー・セルシウス・ドーマーが大きく首を振って言った。

「それじゃ正面にいる人にしか見えないだろう? 必ずマルチワイド設定にするのだよ。」

 ネピア・ドーマーは端末を使いこなせる筈だったが、初めて扱うアプリだったのだろう、注意されて赤くなった。完璧をモットーとする秘書は、先輩と雖も注意されるのは屈辱に感じるのだ。彼は深呼吸して気分を落ち着かせ、教わった通りに端末を操作した。
 テーブルの上に小さな白い点が出現した。それを中心に地形図が形成され、ネピアはそれを拡大した。トラックと思われる物体のそばに白い点は位置していた。トラックは平地に停止している。周囲には他にもトラックが2台、乗用車数台がいる。
 ハイネはそれが外勤務のドーマー達の体に埋め込まれた生体電波発信装置に拠る位置確認アプリだとすぐに気が付いた。今表示されている点の主は・・・?
 セルシウスがネピアに頷いて見せた。

「上手いぞ! それでは次はクロエル・ドーマーの位置を探してみよう。レインの表示はそのままで、2人の位置関係を知るのだ。」

 実際の活動中のドーマーの発信機を使って練習をしているのだ。ネピア・ドーマーはクロエル・ドーマーの識別コードを入力した。局長秘書なので局員全員のコードは知っている。
 もう一つの白い点が表示された時、ハイネは眉を上げた。ネピアもセルシウスも映像を見つめた。彼等が言いたいことを、キンスキーがのんびりした口調で言った。

「クロエルはレイン救出に成功した様ですね。」
「その様だな。」

 ハイネも相槌を打って呟いた。2つの白い点は互いに近くに位置していた。セルシウスがネピアに指図した。

「両者から半径1マイルの範囲の全てのドーマーを表示して見たまえ。」

 ネピアは素直に操作した。外にいるドーマー達が無事なら彼は何も文句を言わないで済む。彼の上司達、ハイネ局長もケンウッド長官もドーマー達が怪我をしたり病気になることを何よりも厭う。

2018年11月27日火曜日

トラック    2  1 - 3

 遅い昼食の後、ラナ・ゴーン副長官は好きな時に暗闇の中で眠れる地下のクローン製造部へ戻って行った。ニコラス・ケンウッド長官も図書館の個別ブースで昼寝をすると言うので、ローガン・ハイネ遺伝子管理局長は1人で庭園へ向かった。そして歩き続け、庭園を抜けて森に入り、さらにその端に辿り着いた。樹木が途切れ、目の前に草原が広がっているのを彼は暫く立って眺めた。それから静かに用心深く足を前へ踏み出した。腕を前に伸ばし、10メートル程行くと、指が硬い物体に触れた。ドームの壁だ。内側から見ると透明で何もないように見えるが、外から見ると虹色の光が絶え間なく蠢く不思議な巨大な繭だ。
 ハイネは壁の位置を確認すると、数メートル後退した。ポケットから端末を出し、近くの地面に置くと、見えない壁に向かってダッシュした。壁の手前でジャンプして、そのまま彼の体は空中で停止した。急いで彼は体を捻り、顔を上に向けた。体が柔らかなウレタンの様な物で包まれ、ほんのり温かく、ベッドに入った気分だ。
 ドームの壁は宇宙船の外壁と同じ素材で造られている。宇宙空間を猛スピードで飛んでくる石や古い宇宙船の残骸が衝突した時に、ふわっと包み込んで衝撃を緩和させ、船体にダメージを与えない様になっている。時間が経てば壁は形状を元どおりにして、捕まえた物をポロリと排出する。
 ハイネは子供時代に偶然この壁の特徴を自分の体で学んだ。部屋兄弟のダニエル・オライオンと鬼ごっこをして、近づいてはいけないと大人から言われていた壁に気づかずに激突したのだ。壁は彼を優しく受け止めてくれた。ハイネは、壁が受け止めるのはスピードを出してぶつかる物だと知った。ゆっくり手を伸ばして触れても、壁は硬い壁のままなのだ。試しに体当たりすると、空中に浮かんだ形で彼の体は壁の中に斜めになって停止した。顔を壁に接触させたままにすると、壁が包み込んで呼吸が出来なくなる。急いで体を反転させる必要があることも知った。
 オライオンに教えると、弟は面白がって、2人で何度も壁に飛びついて遊んだ。壁は2人だけの秘密の遊び場となり、大人になってオライオンがいなくなると、ハイネは泣きたい時に1人で過ごす場所として使った。そして長い時間の経過と共に、壁は彼だけの昼寝の場所になったのだ。壁の中にいる時は、端末を携帯出来ない。電子機器が変調を来すので、必ず体から離して地面に置いておく。誰にも邪魔されずに昼寝をしたい時にだけ使う、貴重な場所だった。
 ハイネは目を閉じた。大事な子供達が外で敵と戦っている時に、彼は不安を抱えてただ机の前に座っているより、体と精神を休めて非常事態に備えて体調を万全に保っておきたかった。
 壁の仕組みを知らない人が見たら、それは不思議な光景だっただろう。真っ白な髪のスーツ姿の男が空中で斜め姿勢で浮かんでいるのだから。

2018年11月26日月曜日

トラック    2  1 - 2

 クラウス・フォン・ワグナー・ドーマーは北米南部班のチーフ副官だ。本来なら彼がレインの代理で班の指揮を執るべきだ。しかしハイネは彼にレイモンド・ハリスの身柄確保を命じ、レインの代理に中米班のチーフを起用した。ハリスの逮捕は重要な任務だったのだ。ハリスはドームの内部事情を知っていたし、メーカーとの繋がりを解明する必要もあった。だからハイネはワグナーにその任務を与えた。
 ワグナーは自分が任務に失敗したことを十分過ぎる程承知していた。だから、他班のチーフの下で働くことを受け容れた。クロエルは彼より歳下だが、体格は互角だし能力は彼より優れている。キエフ・ドーマーは屈辱だと捉えるだろうが、ワグナーは上司の考えを理解した。それに、セイヤーズは彼にとって愛する優しい兄貴だ。

「了解しました。では、部下を先に救助活動に向かわせます。僕とキエフはこの事故現場の後片付けを済ませたら大至急追いかけます。ところで、クロエルは何処にいますか?」

 するとハイネはケロリとした表情で、「私は知らん」と言った。ケンウッドとゴーンは思わず彼の顔を見た。作戦会議をしなかったのか? しかしコロニー人上司の懸念をワグナーは気にしなかった。

「では僕から彼に連絡をつけます。報告は以上です。」

 ハイネが頷いたので、ワグナーは自ら電話を切った。彼の顔が会議室のテーブルの上から消えた。
 通話を終えるとハイネ局長は端末をポケットにしまい、長官と副長官の打ち合わせが途中だったことを思い出した。

「まだお話が続くようでしたら、昼食前に少し寝ても良いですか?」

 勿論ケンウッドは100歳のドーマーに無理をさせる意志はなかったので、頷いた。休憩スペースの長椅子を指差した。

「そこで横になっていなさい、局長。打ち合わせが終わったら昼飯だ。起こしてあげるよ。」

2018年11月25日日曜日

トラック    2  1 - 1

 ケンウッドは仕事をしていても救助活動に出たドーマー達が心配でならなかった。第2、第3のポール・レインが出ては困る。貴重な遺伝子を持っているセイヤーズが戻って来なくなる事態になっては困る。
 睡眠時間が短ったせいもあるが、気が散って仕事がなかなか捗らぬまま、昼前の打ち合わせの時刻になった。いつもの様にローガン・ハイネ遺伝子管理局長とラナ・ゴーン副長官が長官執務室に来て、所定の席に着いた。ゴーンは愛する養子のクロエル・ドーマーが救助隊の指揮を執っているのに落ち着いて見えた。息子を信頼しているのだろう。一方、ハイネ局長は眠たそうな顔をしていた。早くお昼ご飯を済ませて昼寝をしたいのだろう。
彼にとって部下を外に出すこと自体が心配な筈だ。毎日心配しながら過ごしている。だから今回の出動をそんなに気にしていない様にも見えた。彼にとって心配なのは、敵の手に落ちたレインだけなのだ、きっと。
 ケンウッドは仕方なく救出作戦が成功した場合を想定した研究予定を提示した。セイヤーズを再び観察棟に収容して検体を提供してもらう。遺伝子管理局は逮捕される予定のメーカー達からの押収品を調べる。
 遺伝子管理局から異議が出なかったので、取り替え子の予定のチェックをゴーン副長官と共に確認し合った。赤ん坊は毎日誕生する。何をおいてもこれは必ずやらねばならない仕事だ。
 ハイネは眠たそうに長官と副長官のやりとりを聞いていたが、彼の端末に電話が着信した。画面をちらりと見た彼は、顔を上げ、上司達に声を掛けた。

「申し訳ありませんが、部下から緊急連絡が入りました。」

 ケンウッドはドキリとした。ゴーンもハッとした表情で局長を振り返った。ハイネは失礼します、と言うなり、端末を操作して長官執務室の会議テーブルの上に発信者の画像を出した。クラウス・フォン・ワグナー・ドーマーだったので、ケンウッドとゴーンは肩の力を抜いた。

「打ち合わせ中、申し訳ありません。」

 ワグナーが謝ったので、ハイネは無駄な時間を使わせずに、報告せよ、と一言応えただけだった。ワグナーの背後は砂漠の様に見えた。ケンウッドは何処だろうと考えた。
 ワグナーが硬い表情で喋り出した。

「タンブルウィード支局長のレイモンド・ハリスが亡くなりました。逮捕するつもりだったのですが・・・」
「ハリスが亡くなった?」

 ケンウッドは思わず口を挟んでしまった。ハイネがチラッと睨んだので、慌てて手を振って、ワグナーに先を続けさせた。

「ハリスは昨日の午後から行方をくらませて、警察と僕等で探していたのですが、今朝になってキエフが衛星画像で砂漠の道路を走る彼の車を発見しました。直ぐに僕はキエフと警官1名を乗せてヘリを飛ばしたのですが、空からの追跡に気が付いたハリスは車のスピードを上げて逃げようとしました。」

 ワグナーは端末を背後の景色に向けた。そこでは10数名の警察官と鑑識官が働いていた。ケンウッドは地面に伸びる長い線状の物に気が付いた。何だろう?と思う間も無く、ワグナーが説明した。

「ハリスは鉄道の線路を横切ろうとして、踏切でない場所に突っ込みました。そこでタイヤがレールに引っかかって身動きが取れなくなり、車を放置して逃げれば良いものを、彼はそこで車を動かそうと虚しく努力したみたいで・・・」

 ワグナーはちょっと息をついだ。

「そこに貨物列車が来ました。あの・・・ご存知かと思いますが、列車って車より制動距離が長いんです。」

 ケンウッドもゴーンもハイネも全然ご存知ではなかったが、鉄道の線路で何が起きたか予想が着いた。

「列車と車がぶつかったら、まず車は負けます。グチャグチャで・・・」

 大きな鉄の塊になったグチャグチャの車の残骸に、ゴーンが目を覆った。ハイネが尋ねた。

「遺体の確認はしたのか?」
「はい。しかし、誰が見てもわからないほど損傷が激しかったので、キエフにDNA検査をさせ、つい先ほど結果が出ました。遺体はレイモンド・ハリスです。」

 ワグナーは溜め息をついた。

「すみません、逮捕してラムゼイとの関係を吐かせるつもりだったのですが・・・」
「起きてしまったことは仕方がない。」

 ケンウッドはまたハイネ局長より先に言ってしまった。ハイネは肩をすくめた。

「ハリスの遺体は宇宙へ送らねばならない。警察の検死が終わったら、ドームへ遺体を送ってもらえるよう、頼んでおいてくれないか?」
「わかりました。」

 するとハイネが言った。

「君とキエフはクロエルと合流したまえ。」
「えっ? クロエル・ドーマーとですか?」

 意外な名前が出て、ワグナーは驚いた。ハイネは説明を簡単に済ませた。

「レインの救出にクロエルとセイヤーズが北米南部班の部下と共に出動した。クロエルと連絡を取り合って、行動しなさい。指揮官はクロエルだ。」

2018年11月24日土曜日

牛の村   2 2 - 9

 ベッドに入って目をとじたものの、ケンウッドは2時間後の午前4時過ぎには目が覚めてしまった。やはり心の中ではドーマー達の安全が気になっているのだ。
 彼は結局シャワーを浴びて服を着替え、運動施設に向かった。軽くトレーニングをして体をほぐし、スーツに着替えて一般食堂へ行くと、クロエル・ドーマーがピート・オブライアン・ドーマーと話をしていた。隣のテーブルにハイネ局長もいる。オブライアンはレインとセイヤーズ、ワグナーと部屋兄弟のドーマーだ。一般食堂の若き司厨長で、既にハイネと堂々と喧嘩する度胸がある。だがこの朝はハイネは大人しくお粥を食べており、オブライアンはクロエルと話し込んでいた。
 ケンウッドは彼等の周囲にスーツ姿の遺伝子管理局の若い局員達を見かけた。既に何人かは食べ終えており、クロエルと出動する局員なのだろう、上司の合図を待っている様子だ。
 ケンウッドがテーブルに近づくと、会話が終わったらしく、オブライアンがテーブルから離れ、クロエルが仲間に声を掛けた。

「んじゃ、僕ちゃんは一旦本部へ行って、セイヤーズに朝飯を食わせるから、君達は各自準備しておいて。1時間後に送迎フロアに集合、すぐ出発するから。」
「了解!」

 ドーマー達が立ち上がり、局長に挨拶して立ち去って行った。ケンウッドも会釈してもらい、返礼してから、ハイネの向かいに座った。

「おはよう、局長。もしかして、寝ていないんじゃないかね?」
「おはようございます、長官。1時間眠りましたよ。長官こそ寝ておられないのでは? 酷いお顔です。」
「そうか?」

 ケンウッドが思わず顔を撫でると、ハイネがクスッと笑い、からかわれたと知った。

「さっきクロエルと話していたオブライアン・ドーマーはセイヤーズとレインの部屋兄弟だったね?」
「そうです。クロエルがセイヤーズの人となりを訊いていました。扱い方の予習ですな。」
「勉強は大事です。」

 気がつくと、ハイネの後ろにジェレミー・セルシウス・ドーマーが妻と共に座っていた。頭髪が薄くなって、ちょっと印象が変わり、ケンウッドは馴染み深い筈の彼の存在に気がつかなかったのだ。後ろから見た姿に馴染みがなかっただけかも知れないが。
 ハイネが説明した。

「私が殆ど寝ていないと知って、ジェレミーが業務の手伝いをしてくれることになりました。ジェレミーはこの際、ネピアに局長業務の補佐を教え込むつもりのようです。」
「ネピアは君の業務を手伝ったことがないのかね?」

 少し驚きだ。ネピア・ドーマーが第一秘書になってかなりになるのではないか? しかしセルシウスは言った。

「彼は秘書業一筋でしたからね。後輩のキンスキーの方が局長のお仕事に詳しいです。しかしネピアを飛ばすとネピア自身の機嫌が悪くなるので、キンスキーは控えています。面倒臭いので、ネピアに局長のお仕事を手伝えるよう叩き込んでやります。」

 セルシウスの意気込みに、ハイネと妻がクスッと笑い、ケンウッドも苦笑した。ネピア・ドーマーは下の者には強いが、先輩のセルシウスには腰が低い。
 ケンウッドは長官代行を秘書に教えるべきだろうかとちょっと考えてしまった。ゴーン副長官はクローン製造部の仕事があるので、忙しい。出張の時は頼るが、急病などは対応が難しい。上手く代行や代理を頼める人材を養成しているドーマー達を見習うべきだろう。


2018年11月22日木曜日

牛の村   2 2 - 8

 ケンウッドは会議場内を見渡し、執政官達に閉会を告げた。

「我々は地球人の世界に干渉することを許されていない。ドームの外で起きていることは、ドーマー達に任せるより他はない。彼等が今夜全員無事に帰投することを祈ろう。
 この会議のことは、ここだけの話だ。招集されなかった者には他言無用。よろしいか?」

 ダルフーム博士を始めとする幹部執政官達が頷いた。皆秘密を守ることには慣れている。彼等はドームでの研究内容や生活のことをコロニーの家族にすら語らないのだ。
 学者達が立ち上がって議場から出て行くのを見送り、ケンウッドは端末を出した。ハイネからメッセージが入っていた。慌てて開いた。

ーー執政官達は納得しましたか?

 10分も前の送信だ。局長はケンウッドが上手く幹部達をまとめてくれたかと心配しているのだろう。急いで返事を送った。

ーー我々は全員納得した。有難う。君達の任務が無事に成功するよう祈っている。

すると折り返しメッセが来た。簡単に、「お休みなさい」とあった。
 時計を見ると午前2時だった。セイヤーズとクロエルはレインの部下を率いて朝1番の航空機で中西部へ向かう。ハイネは彼等に短くても睡眠を取るよう命じたに違いない。
ケンウッドは疲れを感じ、アパートへ引き揚げた。ヤマザキは勤務明けなので、十分眠る時間があると言っていたが、長官はそうも行かない。チャーリー・チャンとジャクリーン・スメアの両秘書に1時間ばかり出勤が遅れるとメッセージを入れておき、やっと彼はベッドに入った。

2018年11月21日水曜日

牛の村   2 2 - 7

 クロエル・ドーマーが陽気に「はいっ」と手を揚げた。

「僕ちゃんがセイヤーズのサポートをします。北米2班と違って、僕ちゃんはこっちのメーカーには知られてませんからね、近づいても怪しまれませんよ。」
「それに、誰もそんなおちゃらけたヤツが遺伝子管理局にいるなんて思わないだろうしな。」

と南米班。
 セイヤーズがクロエルを眺めた。きっとこのドレッドヘアのおちゃらけた若者を値踏みしているのだろう、とケンウッドは思った。確かに、中西部でドレッドの男は珍しい。たまに長距離トラックの運転手で見かけるくらいだ。クロエルは態度こそ不真面目に見えるが、抑えるべきポイントで質問を入れ、意見を述べている。中米は地峡とカリブ海諸島の複雑な地域だ。支局は形ばかりで、局員たちはほとんど独力で担当地域を飛び回って仕事をしている。「馬鹿」では絶対に務まらない地域だ。
 セイヤーズが局長を見た。

「彼にサポートをお願いしたいと思います。」
「君がそれで良いのであれば・・・」

 ハイネ局長はケンウッド長官を見た。セイヤーズは外に出せないドーマーのはずだ。出すには長官許可が要る。既に会議で決まりかけているが、まだ決定していない。
 ケンウッド長官は、ラナ・ゴーン副長官を見た。私はセイヤーズを信じるが君は? と目で問うたのだ。ラナ・ゴーンが頷いた。
 長官は「許可する」と宣言した。反対派の執政官達が彼を睨んだが無視した。

「ワグナーがまだ現地にいる。彼は『通過者』だ。彼も使え。」
「では、これから局に戻って作戦を練ります。セイヤーズを連れて行きますが、宜しいですね。」

 長官と副長官の了承を得て、ドーマーたちは会議室を出て行った。
 会議室に残ったケンウッド達は脱力感に襲われた。大切なドーマーの1人がメーカーに捕まり、地球人の未来がかかっている別の大切なドーマーが救助に向かう。執政官達には何も出来ない。ただドーマー達の作戦が成功することを祈るのみだ。
 ラナ・ゴーン副長官がケンウッドに尋ねた。

「何故ハイネ局長は私達に聞かせた情報をまた繰り返したのでしょう? セイヤーズに伝えるのでしたら、観察棟へ行って語って聞かせても良かったのではありませんか?」

 するとヤマザキが、眠たそうな目をしながら言った。

「副長官にはわかりませんかねぇ・・・」

 ゴーンが彼を振り返ると、ダルフーム博士も医療区長を見た。

「私にもわからないですよ、ヤマザキ博士。ハイネは何故時間を費やして我々に同じ話を聞かせたのです?」

 ヤマザキはケンウッドを見た。ケンウッドもハイネの意図がわからなかった。ハイネだけでなく、ドーマー達の考えが理解出来なかった。セイヤーズを救出作戦に使う許可を得てから、セイヤーズに情報を与えても良かったのではないか? 
 ヤマザキが頭を掻いた。

「僕等を守るためですよ。」
「私達を守る?」
「ドーマー達が我々を守ると仰ったのですか?」
「そうですよ。」

 ヤマザキは議場内を見回した。

「セイヤーズには地球の未来がかかっています。それは我々以上にドーマー達が一番よく理解している筈です。しかし、彼等はレインを救いたい。レインは彼等の家族ですからね。そして彼を24時間以内に救えるのは、セイヤーズだけでしょう。もしセイヤーズに何か悪いことが起きれば、或いは彼が再び逃亡してしまったら、責任は誰が負います? 」

 コロニー人達は互いの顔を見合った。ケンウッドが答えた。

「私だ。」

 ヤマザキが首を振った。

「確かに、長官の責任は重大だ。しかし、セイヤーズを外に出すことを認めた我々全員の責任でもある。もしセイヤーズが怪我をしたり、最悪死んだりしたら、地球もコロニーも、このアメリカ・ドームを責めるでしょう。だから・・・」

 彼はフッと溜め息をついた。

「ハイネはセイヤーズが自主的に救助活動に行く方向へ話を持って行ったのですよ。我々が命令したのではなく、要請したのでもない、セイヤーズに自分から進んで行くと言わせたのです。万が一のことが起きても、それはセイヤーズ自身の責任だと、我々に逃げ道を用意して、ハイネは彼とクロエルに部下達を託してレイン救出に向かわせるのです。」

 ケンウッドは胸に熱いものが込み上げてきて、そっと一同に背を向けた。心からドーマー達を愛おしいと思った。




2018年11月20日火曜日

牛の村   2 2 - 6

 セイヤーズは局長の言葉が理解出来なかったらしい。否、出来たが信じられなかったのだろう。まさか、と彼は呟いた。ハイネ局長の言葉が間違いであれと思ったに違いない。

「レインは私より利口です。メーカーの罠などにはまったりしない。」
「だが相手が一枚上だった。支局長のレイ・ハリスだ。」

エッと驚いたのは、セイヤーズだけではなかった。チーフたちの間に動揺が起きた。知っている筈なのだが、この芝居はなんだろう? とケンウッドはぼんやりと思った。南米班チーフ・ドルスコ・ドーマーが、「確かですか?」と尋ねた。ハイネ局長は頷いた。

「南部班第1チームのリーダー、ワグナーが支局を捜査して、ハリスの部屋から大量の抗原ワクチンのアンプルを押収した。ドームで製造した純正ワクチンではない。
 抗原注射を知っているのは、ドーマーかドームの外に出かけるコロニー人だけだ。偽造ワクチンを作る発想は、元ドーマーか元コロニー人のものだが、ハリスにそんな技量はないし、設備も持っていないはずだ。
 つまり、ハリスは誰かが製造したワクチンで薬浸けにされて、スパイをしていたと思われる。」
「1週間我慢すれば、抗原注射なんか必要ない『通過者』になれるのになぁ。」
 
 クロエル・ドーマーが呟いた。

「そのハリスって野郎は、よほど雑菌が恐かったんだろうよ。」

と南米班のチーフが吐き捨てる様に言った。彼は局長とケンウッド長官を見比べた。

「それで、ラムゼイはレインを人質にして何か要求してきているのですか?」
「否、まだ何も・・・」

 ケンウッドが苦渋の表情で言った。訳がわからないが、ドーマー達のペースに合わせてやろう。

「ラムゼイがラムジーと同一人物ならば、ドームと交渉するよりも美味しい話があると考えるだろう。つまり、レインにはいろいろと使い道があると言うことだ。」

 セイヤーズは、南米班と中米班がこそこそ喋るのを聞いた。メーカーが捕らえたドーマーをクローン製造の材料にする為に切り刻んだ実際に起きた事件の話だ。年長の北米北部班のチーフが生まれるより前の事件だから、ほとんどホラー伝説化している。
 いてもたってもいられない、とは今の心理状態を言うのだろう、と彼は思った。彼は立ち上がっていた。

「レインを助けに行きます。私は抗原注射なしで動けるし、あの近辺は生活圏でした。私に行かせて下さい。」
「助けるのはレインだけなの、セイヤーズ?」

 不意にラナ・ゴーン副長官が声を掛けてきた。セイヤーズは彼女を振り返った。ゴーンが母親の目で言った。

「優先順位を付ける必要があると、男性たちは言うでしょうね。でも、私は、貴方に息子と女の子も助けてあげて欲しいわ。 子供たちは、お父さんを待っているはずよ。」

2018年11月19日月曜日

牛の村   2 2 - 5

 再びハイネ局長が語り出した。

「ニューシカゴ近郊の山間に、牛の放牧をしている農家がある。牛はクローン技術で増やして、今は自然交配も出来る様になった。その農家は、パーカーと言う人物の名義なのだが、パーカーは数年前に死亡していることがわかった。
 北米南部班はその農家の内偵をして、多くの人間が出入りしている事実を掴んだ。
さらに、出入りする人物の中には、葉緑体毛髪の少年も含まれていることを、付近の聞き込みで掴んだ。」
「ちょっと待って下さい。」

 セイヤーズが聞き捨てならぬことを耳にして、局長を遮った。

「その緑の髪の少年と言うのは・・・?」

なんで部下たちは自分の話を遮ってばかりいるのかなぁ・・・ハイネ局長は苦虫を潰した様な顔をした。

「レインはその少年を君の息子だと断定した。」
「どうして・・・」

とセイヤーズは呟いた。息子が謎の農家にいる理由を考えたのだが、ハイネは違う意味に捉えた。

「少年が自らレインの直通電話に掛けてきたそうだ。」
「ライサンダーが?」
「何故彼はレインの番号を知っていたんだ?」

尋ねられてセイヤーズは考えた。何故だ? そして可能性の高い答えを導き出した。

「レインが連絡用に送って来た端末で番号を知ったのでしょう。」

親子ねぇとラナ・ゴーンが呟いたが、その言葉の意味がわかったのは極少数だった。

「息子はレインに何の用があって掛けたんです?」
「少年はレインに、『ラムゼイは引っ越す』と告げたそうだ。」
「ああ、成る程、その農家がラムゼイのアジトだったんですね。」

北米北部班チーフ、ドーソンが発言した。

「すると、ベーリングの娘もそこに居るんですね?」
「南部班のルーカスが目視で確認した。娘もそこに居る。但し、子供たちが捕虜なのか使用人になったのか、それは不明だ。」

そこでやっとハイネ局長は本題に入った。

「昨日の早朝、レインは北米南部班第1チームを率いてラムゼイのアジトへ家宅捜査に向かった。子供2人を保護してラムゼイも逮捕出来れば上出来だったはずだが、計算が狂った。」

局長は一拍おいてから、結果を述べた。

「支局にいたスパイに罠を仕掛けられ、レインがラムゼイに捕まった。」

2018年11月18日日曜日

牛の村   2 2 - 4

「我々がレインと取引したのだ。」

とそれまで黙していたケンウッド長官が口を開いた。

「セイヤーズを逮捕せずに説得して連れ戻すと彼が言うので、それなら4Xの保護に協力させろと、ね。」

 彼はセイヤーズを見た。

「君は4Xを見つけただろう?」
「はい。」

 セイヤーズは素直に認めた。ここで誤魔化しても意味がない。しかし、こんな話はみんな知っているのではないか? 何故ここで繰り返すのだろうと彼は疑問を感じた。

「自宅に保護しました。」
「それで?」
「引き渡すつもりで、中西部支局を通してレインに連絡を取りました。」
「だが、中西部支局長を君は殴って怪我をさせた。」
「支局の職員の指示でボーデンホテルのレインに面会に行きました。フロントで取り次ぎを頼むと、レインの部屋に行けと言われ、行ってみたら知らない男がいたので・・・」

クロエルがクスッと笑って、また口を出した。

「反射的に殴ったんだなぁ・・・」
「クロエル!」

ハイネ局長がイラッとした声を出した。ケンウッドはクロエルも局長も無視して話しの続きをダリルに促した。

「続けなさい。」
「支局長が私を権限もなしに逮捕しようとしたので逃げました。それで、レインが追ってきて、私を逮捕しました。」
「子供たちはどうした? ベーリングの娘と、君自身の子供が家にいただろう?」

 セイヤーズの子供? チーフたちには初耳だったらしい。室内がざわっとした。
セイヤーズは簡単に説明した。

「少女を見つけた時、ラムゼイと出遭ってしまいました。後をつけられた可能性があったので、留守の間、子供たちを山奥の隠れ場所に隠しておきました。レインが来た時、子供たちは山にいたのです。」

牛の村   2 2 - 3

 ゴメス少佐が戻って来ると、やっとハイネが目を開いた。初めから寝てなどいなかったみたいに、スッキリした顔で入り口を見た。ゴメスに続いてダリル・セイヤーズ・ドーマーが姿を現した。寝入り端を起こされて、髪はボサボサ、観察棟入所者らしく寝巻き姿だ。彼は不安がることはなかったが、会議室内を見回して、一瞬「あれ?」と言いたげな表情をした。
 ケンウッドが声を掛けた。

「起こして悪かった。だが、今回の事案は君の力を借りた方が良いと思ったのでね。」

 するとハイネが立ち上がり、会議テーブルのそばに立った。この会議の主導権を取るつもりだ。ケンウッドは物問いたげな執政官達に頷いて承認させた。
 ローガン・ハイネ・ドーマー遺伝子管理局長が、テーブルの中央に3次元画像を立ち上げた。熟年の男性の画像だ。

「元執政官サタジット・ラムジー博士だ。50年前、アメリカ・ドームで起きた『死体クローン事件』の中心人物で、火星に送致される直前に逃亡し、今もって行方をくらませている。」

 彼はチーフたちが誰1人として反応しないことに気が付いた。全員50歳以下、若いので、50年前の事件など知らないか、歴史の一コマ程度の認識だ。ハイネ局長は事件の説明をしている場合ではないと判断したので、話を進めた。

「2月ほど前に、北米南部班が、メーカーのベーリングが4Xと言うクローン技術を開発したと言う情報を得て、それを故意に巷に流した。情報に飛びついたのが、ラムゼイ博士と呼ばれるメーカーの組織だった。」
「つまり、ラムジーとラムゼイは同一人物?」

 とクロエル・ドーマーが口を挟んだ。初めて聞く話なので、質問せずにおられなかったのだろう。ハイネは口を挟まれてムッとした表情をしたが、「未確認だが、恐らくそうであろうと考えられる。」と答えた。クロエルがまだ何か言いたそうなのを無視して、ハイネは続けた。

「ラムゼイはベーリングの研究所を襲撃してベーリングの妻子を誘拐した。それをベーリングが取り戻そうとしてラムゼイの研究所を襲い、2つの組織は共倒れになった。
しかし、ラムゼイ博士は当日不在で生き延びたのだ。そして、ベーリングの4Xだが、それは当局が考えた数式ではなく、遺伝子組み換えで生まれたベーリングの娘であることが判明した。」

おやおや、とクロエル。彼はいつも会議の時にこうなのか? とケンウッドはハイネをそっと伺い見た。局長は部下のチャチャ入れを無視した。

「北米南部班チーフ、レイン・ドーマーは、何を血迷うたか、18年前に脱走したセイヤーズ・ドーマーを共倒れになった両メーカーの研究所の近くで発見し、ラムゼイの研究所から逃亡した4Xの捜索をセイヤーズに依頼した。」

 ハイネが自分のアイデアをレインの発案にすり替えたのを、ケンウッドは気が付いた。奇抜なアイデアを部下に譲ったのだろう。責任を部下におしつける男ではないから、と彼は自身に言い聞かせた。セイヤーズは室内の人々の視線が自分に集まったのに気が付いた。すると、クロエルがまたしても横槍を入れた。

「レインは合理的に仕事をしただけでしょう。脱走者を働かせて娘の捜索をさせて、後で2人共回収する。」
「少し黙ってくれないか、クロエル・ドーマー!」

クロエルは、舌をぺろりと出して、黙り込んだ。そしてセイヤーズを見てウィンクしたので、セイヤーズはちょっと驚いた。

2018年11月15日木曜日

牛の村   2 2 - 2

 ダリル・セイヤーズ・ドーマーをドームの外へ、危険な任務をさせる為に、出動させる是非を執政官達だけで話し合った。ダルフーム博士を始めとする半数が反対の立場を取った。今セイヤーズを失うことがあれば、地球人の復活は2度と望めないかも知れないと彼等は危惧した。賛成派は1人のドーマーもメーカーの魔の手に渡したくないと言い張った。それにセイヤーズの子種は既にかなりの数をストックしている。新しい子供を作って、その子供が女の子である確率は五分五分だ。生まれてくる女の子が、次の世代に女の子を産んでくれるまで、まだ四半世紀近く待たねばならない。その間に、セイヤーズ1人に頼らなくても問題を解決することができるかも知れない。
 議論を聴きながら、ケンウッドは会議室内のドーマー達の様子をそっと見た。ハイネ局長はテーブルに両肘をつき、顎を手に載せて完全にうたた寝状態だ。地球人が就寝する時刻だから無理はない。若いドルスコ・ドーマーとクロエル・ドーマーは互いの端末を使って業務の引き継ぎを行なっていた。会話がスペイン語なのでケンウッドにはわからない。ドーソン・ドーマーは救出作戦に出ない北米南部班のリーダー達とメッセで打ち合わせ中だ。
 突然、誰かがテーブルをバンッと叩いて、議論していた執政官達を黙らせた。

「堂々巡りの議論をしていても仕方がないでしょう?」

と言ったのは、ラナ・ゴーン副長官だった。

「遺伝子管理局はもうレイン救出の準備に取り掛かっているのですよ! 局長もクロエルも、セイヤーズを戦闘に出すとは言っていません。道案内に必要だと言っているだけです。早くこちらの方針を決めないと、彼等から貴重な時間を奪ってしまいます。レインをどんどん危険な状況に追い込んでしまうのは、私達の優柔不断さですよ!」

 それまでハイネ同様うたた寝状態だったヤマザキ・ケンタロウが目を開いて、クスッと笑った。彼は言った。

「セイヤーズの健康はすっかり回復して、毎日女性執政官相手に研究材料を提供しているじゃないか。たまには外に出して運動させてやれよ。どうしても結論が出ないのであれば・・・」

 彼はケンウッドを振り返った。

「長官の英断に任せるこった。」

 こっちへ振るのか? ケンウッドは他人事みたいなヤマザキの言葉にムッとしたが、彼自身も議論が無駄なことがわかっていた。ハイネもクロエルも、セイヤーズを救出作戦に加えたいから、この会議を開かせたのだ。
 ケンウッド自身は、研究を脇に置いても、セイヤーズを外に出したくなかった。セイヤーズだけではない、救出作戦に出て行くドーマー達全員を引き止めたい思いだ。彼は可愛いドーマー達に危険な目に遭って欲しくなかった。しかし、それが過保護だとも承知していた。だから・・・
 ケンウッド長官は、出口近くで静かに会議の行方を見守っていた保安課長、ロアルド・ゴメス少佐に声を掛けた。

「ゴメス少佐、悪いがダリル・セイヤーズをここへ連れて来てくれないか?」

 ゴメス少佐は「わかりました」と一言だけ応えると、立ち上がって小会議室から出て行った。
 ケンウッドはハイネ局長を見た。真っ白な髪のドーマーはまだ目を閉じていた。

2018年11月13日火曜日

牛の村   2 2 - 1

「さてと・・・ドーマー諸君、ポール・レイン・ドーマーを救出する具体案を聞かせてもらえるのだろうね?」

 執政官幹部と遺伝子管理局幹部だけになった小会議室で、ケンウッド長官が尋ねた。時刻は午後11時になろうとしていた。
 長官の言葉を聞いて、ハイネ局長がクロエル・ドーマーを見た。ドルスコ・ドーマーもドーソン・ドーマーも、中米班チーフを両側から見た。
 クロエルが肩をすくめ、両手を上向けにして持ち上げた。

「具体案なんて、なぁ〜んにもないっす!」
「何だって?」

 クロエルの養母ラナ・ゴーン副長官が眉を顰めた。

「ふざけるのはお止しなさい、クロエル・・・」
「ふざけてなんかいないっす。」

 クロエルが頭を掻いた。

「夕方、いきなり僕が救出の指揮を執るって決まったんす。だから実際に現地に行かないと、なぁんにもアイデアが浮かばないっす。」

 ケンウッドは不安になって局長を見た。

「ハイネ?」
「私も何も考えていませんよ。現場がどんな場所なのか、想像がつきませんから。」

 生まれてから一度もドームの外に出してもらったことがない100歳のローガン・ハイネ・ドーマーは当然のことの様に言った。
 ケンウッドは困惑して、同席しているヤマザキ・ケンタロウ医療区長を見た。ヤマザキは眠いのか、ぼーっとした表情で座っていた。

「それでですねぇ・・・」

 クロエルが突然喋り出した。

「僕ちゃんは北米の地理に詳しくないんすよ。昔、レインとカナダで勤務したことがありますが、今回は南の中西部ですから、街の様子も道路状況も何もわかんないんす。」
「どうして君が選ばれたんだ?」
「適任だからっしょ?」

 ケロリとした顔で言って退ける。

「ドーソン・ドーマーはレインの班の通常業務も引き受けなきゃいけません。ドルスコ・ドーマーは僕ちゃんの班の分をやってくれます。だから、レインは捕虜で、僕ちゃんは救助隊なんす。」

 言っていることはわかるが、それが選任された理由になるのか? ケンウッドは熱が出そうな気分になった。どうして我がドームの遺伝子管理局は曲者ばかりなのだ?
 するとクロエルがいきなり本題に入った。

「地理が不案内の僕ちゃんの為に、ダリル・セイヤーズ・ドーマーをお借りしたいっす!」
「はぁ?!」

 ケンウッドは不意打ちを食らった気分で、ハイネを見た。ゴーンも養子の顔を呆然と見つめているし、幹部執政官達もドーマー達の顔を見比べるばかりだ。
 ヤマザキ・ケンタロウだけが、のんびりと呟いた。

「セイヤーズはジモティだからなぁ・・・強力な助っ人に違いない。」

 しかし、とダルフーム博士が呻いた。

「セイヤーズは女の子を生める地球人男性だ。危険な任務に就かせることは出来ない。」
「それはどうでしょう。」

とようやくハイネが口を開いた。

「セイヤーズは1人でラムゼイと渡り合ったことがあります。そして18年間無事に生きて、子供を育てました。ドームの中で育った人間にしては非常に逞しい。頭が良いし、知恵が回る。そして誠実です。18年間取り替え子の秘密を守り通す気概がありました。
それに救出するのは、彼の恋人です。事件を知れば、誰に言われなくても彼は救助に行きたがるに違いありません。クロエルの相棒として彼は適任ですよ。」


牛の村   2 1 - 10

  ホアン・ドルスコ・ドーマーが中央研究所の小会議室に駆け込んだ時、ケンウッド長官とダルフーム博士を始めとする執政官の重鎮達が額を寄せ合って相談しているところだった。会議室の中央円卓の上には、ドルスコが飛行機の中で読んだクラウス・フォン・ワグナー・ドーマーの報告書が浮かんでいた。
 ドルスコは室内を見回し、クロエル・ドーマーとクリスチャン・ドーソン・ドーマーが並んで座っているのを発見した。クロエルの右隣の席が空いているが、別の見方をすれば、それはローガン・ハイネ・ドーマーの左隣が空いているのだった。ドーソンの左には各班のチーム・リーダー達が並んでいて、ドルスコが割り込む余地はなかった。仕方なく、ドルスコは局長の左隣に座った。
 ハイネ局長はテーブルに片肘を突いて顎を支えていた。執政官の相談がまとまるのを待つ間、退屈しているのだ。つまり、局長の考えは既にまとまっていて、執政官がどんな結論に至ろうと自説を押し通すつもりだ。ドルスコが着席すると、彼は横目でチラリと見ただけで何も言わなかった。
 同僚のクロエルとドーソンも黙っている。クロエルはテーブルの下で端末をいじっているし、ドーソンは瞑想でもしているのか目を閉じていた。部下のリーダー達は執政官達同様、重大事件発生にショックを受けていたが、上司達が落ち着いているので、騒がず静かに状況を見守っているのだった。
 やがて、執政官達が各自の席に戻った。ケンウッド長官が、ハイネ、と局長を呼んだ。

「ポール・レイン・ドーマーはまだ生きているのだね?」
「生きています。現在地も把握しています。」

 ハイネはそれ以上無駄なことは言わなかった。口を閉じて、長官の次の言葉を待っている。ケンウッドはさらに尋ねた。

「ラムゼイがラムジーだと言う確証は得たのかね?」
「彼がレイ・ハリスを薬漬けにしたことはわかっています。その薬剤は、抗原注射のワクチンと同じものですが、正規製品ではなく、密造品です。地球人は抗原注射を知りません。一般のコロニー人も知りません。知っているのは、清浄な空気で満たされたドームの中で生活するコロニー人とドーマーだけです。ラムゼイは元ドーマーなどではありません。ドームの中の生活を知っているコロニー人です。少なくとも50年は地球で暮らしているコロニー人です。」

 ざわざわと執政官達が囁き合った。50年前の「死体クローン事件」を知っている世代だから、ハイネの言葉だけでメーカーのラムゼイと事件の中心人物だった遺伝子学者を結びつけるのに十分だった。
 若いドーマー達はまだラムジーなる人物について知識がない。リーダー達は戸惑っていたし、3人のチーフも局長を見たが、ハイネはそれ以上説明しなかった。
 
「彼は何も要求してきていないのか?」

 ケンウッドの質問に、ハイネは首を振って見せた。もしラムゼイがドームに要求することがあれば、誰宛てに言ってくるのだろう? 長官か、局長か?
 ケンウッドは念の為に、もう一つ尋ねた。

「外の政府に接触した気配はないのかね?」

 ハイネは肩をすくめた。彼は連邦捜査局とは業務上連絡を取り合うことはあるが、政府と付き合いがない。
 ケンウッドが溜め息をついた。

「現状では、レインが保護するつもりだった少年少女より、レインの救出を優先した方が良いと言う意見で我々はまとまった。遺伝子管理局はレインを救出出来るか? もし無理なら・・・」

 彼は連邦捜査局に協力を依頼すると言おうとした。ハイネが遮った。

「我々は24時間以内にレインを救出してみせます。」

 執政官達が、そしてリーダー達が驚いて彼を見た。クロエル・ドーマーがニヤリと笑い、ドーソンが目を開いて部下達に向かって頷いて見せた。ドルスコはなんだか嬉しくなって気分が高揚するのを感じた。
 ハイネがリーダー達に声をかけた。

「君達に来てもらったのは、現在起きている重大案件を伝えるためだ。これからチーフと執政官だけで話し合うので、君達は帰ってよろしい。但し、チームによっては明日早朝に出動する者が出てくるので、各自準備はしておくように。出動チームが決まれば直ちに連絡する。以上だ。」
「解散!」

 チーフで年長のドーソン・ドーマーが声を掛け、リーダー達が素直に立ち上がった。




2018年11月11日日曜日

牛の村   2 1 - 9

 ニコラス・ケンウッド長官は遅い夕食を一般食堂で摂っていた。セイヤーズの子供を作る研究に没頭し過ぎて食事を忘れていたので、若い執政官から注意されたのだ。

「長官、やはり研究着を付けられると活き活きとされますね!」

 からかわれて、慌てて食事を摂りに来たのだ。半分も食べないうちに、ローガン・ハイネがクロエル・ドーマーとクリスチャン・ドーソン・ドーマーを伴って現れた。ハイネはケンウッドを見つけると、素早く料理を取って彼のテーブルにやって来た。部下がまだ料理を選んでいるのに、彼は挨拶もそこそこに長官の向かいに座ってすぐに食べ始めた。
 ローガン・ハイネらしからぬ礼儀のなさに、ケンウッドは驚いた。そして隣のテーブルに着いたドーソン・ドーマーを見た。

「ついさっき迄チーフ会議でもしていたのかね?」
「ズバリ! 大当たりっす!」

 クロエル・ドーマーが最後にやって来てドーソンの向かいに座った。
 ケンウッドはハイネを見た。こんな風に振る舞う時のハイネは、大概何か大きな爆弾を持っている。ケンウッドは胸騒ぎがした。ハイネは彼を無視して食べ続ける。ケンウッドはまたドーソンとクロエルを見た。

「クリス、君は今日はカナダにいると思ったが・・・?」
「ええ、緊急事態発生で帰って来ました。」

 クロエルがニンマリ笑った。

「もうすぐホアンも帰って来ますよ、長官。」

 ケンウッドは再び正面のハイネを見た。ハイネは子牛肉のチーズ挟み焼きを真剣な顔で切り分けていた。チーズがこぼれないように慎重にフォークにすくい上げる。
 ケンウッドは恐る恐る声をかけてみた。

「ハイネ・・・?」
「9時半から中央研究所の小会議室で緊急会議を開いて下さい。執政官幹部の招集をお願いします。」

 ローガン・ハイネ・ドーマーは必要なことだけ言って、また食事に戻った。早く食べろよ、会議だぞ、と全身で訴えている。部下達も表情は穏やかだが、手は忙しく動いて料理を口に運んでいた。ケンウッドは何が何だかわからないまま、急いで食べ物を口に入れた。
 時間はあまりない。ローガン・ハイネが急ぐなど、滅多にないことなので、緊急事態に間違いないのだろうが、説明が一切ないので、ケンウッドとしてはどうして良いものかわからなかった。
 それでも一旦手を止めて端末を出した。

「9時半で良いのだね?」
「お願いします。」
「幹部だけ?」
「執政官は幹部だけです。ドーマーも幹部クラスを招集しました。」

 遺伝子管理の問題なのか? ケンウッドは、セイヤーズの子種の実験にクレームでもつけられるのだろうかと不安になった。

「何かヒントをくれないか、ハイネ・・・」
「ヒント?」

 初めてハイネが顔をあげて長官を見た。彼は水を一口飲んでから、言った。

「サタジット・ラムジーですよ。」

2018年11月9日金曜日

牛の村   2 1 - 8

「僕ちゃん、やります。」

 クロエル・ドーマーがポール・レイン・ドーマー救出作戦の指揮を引き受けた。ハイネは頷き、ドルスコ・ドーマーに中米の遺伝子管理業務を引き受けるよう要請した。ドルスコは我慢できなくなって、局長に意見した。

「局長、どうしてそんな遠慮がちな物言いをなさるのです? はっきり、私に『やれ』と命じて下されば済むことです。」

 ハイネは微笑んだ。

「君に中米と南米の両方をこなせる能力があることは十分承知している。君の才能に敬意を表したつもりだよ。」

 クロエルとドーソンは、ドルスコが頬を赤らめるのを見た。南米班チーフははにかみながら言った。

「失礼しました。高く買っていただいて光栄です。クロエルが安心して救出作戦に専念出来るよう、通常業務をしっかり管理します。」

 ドーソンも微笑んだ。

「ホアン、君は一体何年局員をやっているんだ? 局長はいつも若い者にだって敬意を払ってくださっているじゃないか。」

 すると、クロエルが「よろしく〜」とドルスコに挨拶した。おちゃらけたと思うと、すぐに真面目な表情に戻った。

「局長、さっきも言いましたが、僕は北米の地理に詳しくありません。そこで、助っ人を選ばせて下さい。」
「助っ人が要るのか?」
「要ります! 現地の地理に詳しくて、僕同様に時間制限がなくて、僕のアイデアに乗ってくれる人です。」

 そんなヤツがいるのか?とドーソンが目で問いかけた。ドルスコも画面の中で首を傾げた。ハイネは一瞬考え、そして、ああ、と呟いた。

「セイヤーズを連れて行きたいのか。」

 えっ!とドーソンが声を上げた。ドルスコも目を剥いた。ダリル・セイヤーズはレインが逮捕してまだ日が浅い。しかも執政官達が数日前から彼の子供を作るプロジェクトに取り掛かったばかりだ。それに、ドームの外に出してはいけないS1遺伝子保有者ではないか。
 2人共、ハイネが反対するものと思ったが、ハイネ局長は面白そうに頷いた。

「確かに、君が提示する条件にぴったりの男だな。」
「ケンウッド長官を説得して頂けませんか、局長?」
「長官を説得しろと言うのか?」

 ハイネは時計を見た。時刻は午後8時前になろうとしていた。

「緊急事態発生をまだ報告していないのだ。」

と彼は言った。

「出来れば遺伝子管理局の内だけで解決させたかったが、そうも行くまいよ。地球人の問題に地球人を投入するのは間違いではない。コロニー人達からセイヤーズを返してもらおうか。」

 そして彼は画像の中の部下を見た。

「夜中前にドームに到着するだろう? それまで休んでいなさい。深夜に緊急会議の招集がある筈だ。」
「わかりました。では、暫く失礼します。」

 ドルスコ・ドーマーは自らカメラをオフにして、局長執務室の会議テーブルの上空から消えた。
 ハイネはドーソン・ドーマーとクロエル・ドーマーを見た。

「さて、深夜の大仕事の前に、腹ごしらえに行こうか?」


2018年11月8日木曜日

牛の村   2 1 - 7

 3人のチーフがテレビを利用して局長と会議を持った。ドーソンもドルスコもワグナーの報告書から事態の深刻さを直ちに理解した。

「レインの抗原注射の効力を考えると、24時間以内の救出を前提に話を進めないといけないな。」

とドーソンが言った。

「南部班は現在第1チームと第4チームが現地にいるのだね?」
「彼等も24時間が限度っすよ。」
「ワグナーはハリスを追跡中だな?」
「すると第4チーム・リーダーが指揮官か?」
「否、まだワグナーが指揮を執っているらしい。」
「そいつは大変す。」
「レインの救出に24時間の制限があると言っても、部下は新たに送り込んだ方が良いだろう。」
「指揮官もワグナー以外の者に任せるべきだ。ワグナーはハリスの追跡に専念させる。」
「では、誰を指揮官にする?」

 テレビの中のホアン・ドルスコ・ドーマーが、局長執務室のクロエル・ドーマーを見た。クリスチャン・ドーソン・ドーマーもクロエルを見たので、ローガン・ハイネ・ドーマーもクロエルに顔を向けた。クロエルが目を丸くした。

「え? え? 僕ちゃん?」
「まさかこんなおちゃらけたヤツが遺伝子管理局の人間だとは、ラムゼイも想像すらしないだろうさ。」

とドルスコが呟いた。ちょっと待って、とクロエルが焦った。

「僕ちゃん、リオ・グランデから北は地理がわかんないっす。」
「何も1人で行けとは言ってない。」
「北米南部班がいるじゃないか。」

 ドーソンがハイネ局長に向き直った。

「私が指揮を執ることも考えたのですが、それでは北米大陸の遺伝子管理業務を統括する者がいなくなります。レインが不在の間、私が北米全般の業務を担当します。また、クロエルの中米は、ホアンが南米と同時に統括出来る筈です。
 クロエルは昔レインと組んで業務をした経験があったでしょう? レインの性格はわかっている筈ですから、救出の際のレインの動きや考えもある程度見当がつくと思います。」
「だけど・・・」

 クロエルは躊躇った。レインが先輩として慕っていたドーソンの方が、レインを理解しているのではないか、と。
 ハイネが首を振った。

「確かに、遺伝子管理業務は1日たりと休む訳にはいかん。レインの救出が24時間以内で成功すると仮定しても、ラムゼイ逮捕や少年少女の保護、全てを同じ時間で行える保証はない。
 クロエル、君は北米のチーフ代理を務められるか?  それとも、ドルスコを指揮官にして君が中南米の統括をするか?」

 クロエルは事務仕事より外で救出活動を指揮する方がましだ、と感じた。


2018年11月7日水曜日

牛の村   2 1 - 6

 クロエル・ドーマーが自分で訪問者用暗証番号を入力して局長執務室に入って来た。ハイネを見て、彼は立ち止まった。

「何か良くないことっすね?」

 彼はいつもの陽気な笑みを消した。局長が大好きなので、一目でハイネが何か心痛を抱えていると看破したのだ。
 ハイネは彼の席を指して座れと無言で命じた。そして会議テーブルの上にワグナーの報告書を出した。クロエル・ドーマーには無類の才能がある。例えば、広げた新聞を一目で全部読み記憶してしまう、速読の才だ。中米班チーフは、同僚が危機に瀕していることを一瞬にして悟った。ああ、と彼は呻いた。そして局長を振り返った。

「彼は生きているんすか?」
「生きている。」

 ハイネは別画面を立ち上げた。ポール・レイン・ドーマーの体内に埋め込まれた生体エネルギー電波発信装置から受信された信号が、立体地図の中で弱々しく光っていた。クロエルは地図を見上げた。

「農場みたいっすね?」
「農場だ。牛を生産しているが、メーカーの隠れ家だ。」
「ラムゼイの家なんすね?」

 レインの光は一点から動かない。どこかの部屋に軟禁されているに違いない。
 クロエルは先日のチーフ会議の内容を覚えていた。レインはダリル・セイヤーズの息子から接触を受けた。ラムゼイが引っ越すと少年は告げ、実際衛星データ分析で農場の人の出入りが急に慌ただしくなったことが判明した。レインはラムゼイが何処かに移動してしまう前に、引越しの準備で忙しい時に、奇襲をかけて少年少女を保護してしまおうと計画したのだ。実際に奇襲攻撃だったので、ラムゼイ側はレイン以外の遺伝子管理局に対する攻撃はしていなかった。だが、誰もが予想だにしなかった裏切り者、レイ・ハリス支局長の存在が、レインを窮地に追い込んだのだ。

「ラムゼイは何か要求してきてるんすか?」
「否、今は何も・・・」
「でもレインの価値はわかってるでしょうね? ドーマーの細胞はメーカーの間では高値で取引されるらしいっすよ。それにレインは上玉だし・・・」

 クロエルは時々俗な言葉を使う。しかしハイネは気にしなかった。ドーマーだってテレビや映画を見るし、外の世界の文化を面白がって真似る者は多い。

「局長、ラムゼイは引越しにレインも連れて行くとお考えですか?」
「レインの価値を高く評価しているなら、連れて行くだろうな。」

 ハイネはレインの生みの親を思い出した。レインの実家は、今やアメリカで最も権力のある人物の実家でもある。ハロルド・フラネリー大統領の顔を見た時、ハイネはレインがスキンヘッドにしていることを感謝したものだ。兄弟はよく似ている。もしラムゼイがレインの出自を知ったら、ドームだけでなく大統領にも圧力をかけてくるだろう。
 クロエル・ドーマーが再び地図に視線を戻した。

「僕ちゃんなら、ラムゼイがレインや子供達を連れて移動する最中に攻撃するっす。」
「ヤツが何処へ行くつもりなのか、わかっているのか?」
「それは人の動きを分析しないと・・・」

 その時、チャイムが鳴って、ドーソン・ドーマーが入室して来た。


2018年11月6日火曜日

牛の村   2 1 - 5

 優秀なクラウス・フォン・ワグナー・ドーマーは約束の時間きっちりに報告書を送信して来た。ハイネはそれを読み、ワグナーと半時間ばかり話し合った。レイモンド・ハリスの裏切りによってポール・レイン・ドーマーがラムゼイに売られたのは確実だ。ワグナーは警官をハリスの自宅に送ったが、逃亡した後だったと言った。

「現在追跡させています。ハリス支局長はあまり遠出をなさる人ではなかったそうで、あまりここの地理に詳しくありません。警察は大きな道路を重点的に封鎖して検問を行うと言っています。」
「ハリスの追求を君に一任して良いか? レインの救出はこちらでやる。」

 ワグナーは少し躊躇った。彼も部屋兄弟で上司のレインを救出したいのだ。しかし、彼は冷静な男だった。大勢で一つのことに取り掛かっても物事が早く解決するとは限らない。彼は局長の判断を尊重することにした。

「わかりました。ハリスを追います。レインをお願います。」
「ハリスの追求には君とキエフを充てる。他の部下達は指示があり次第すぐ動けるよう待機させてくれ。」

 何故キエフが俺と? とワグナーは一瞬疑問に思ったが、レインがいない時にキエフを他の部下達と一緒にさせるのは拙いと思い当たった。アレクサンドル・キエフ・ドーマはレインに異常な程執着している。誰かが監視していないと身勝手な行動を取るだろう。それに他の部下達は、チーフを敵の手の中に残して戻って来たキエフを快く思っていない。西ユーラシア・ドームから望まれてやって来た筈なのに、キエフ・ドーマーはその神経質で一つのことに固執する性格が災いして、チームの誰からも歓迎されていなかった。

 局長はキエフの性格をご承知なのだ・・・

 「了解しました。仲間は休憩を取らせて、移動もしくは出動に備えさせておきます。僕はこれから警察と共にハリスを追います。もしあの男がメーカーと合流などしたら、ドームの情報が漏れてしまいますから。」
「十分に気をつけるように。」

 ハイネは通話を終えた。ワグナーには妻がいる。キャリー・ワグナー・ドーマーを悲しませるようなことになってはならない。ワグナーは必ず無事に帰還しなければならない。
 ハイネはどの子供達も失いたくなかった。レインも、あのよく理解出来ないロシア系の衛星データ分析官も、大事な子供達だ。自分がドームの外に出て行って指揮を執れれば良いのだが。
 くよくよ悩む暇もなく、ホアン・ドルスコ・ドーマーから搭乗機が安定飛行に入ったと連絡が入った。ハイネはクロエル・ドーマーに局長執務室に来るよう指示を送り、ドーソン・ドーマーに現在地を尋ねた。ドーソンは間も無くドーム・シティの上空に到達する頃ですと答えたので、会議を半時間後に開くと伝えた。


2018年11月5日月曜日

牛の村   2 1 - 4

 ハイネはワグナー・ドーマーに尋ねた。

「報告書を5分で書けるか?」
「すみません、10分下さい。」

 ワグナーは正直だ。ハイネはわかったと答え、一旦通信を切った。
 ちょっと考えてから、南米班のホアン・ドルスコ・ドーマーに電話をかけた。ドルスコはリオ・デジャネイロに居た。

「ホアン、大至急帰還出来るか?」

 いきなりの要請だが、遺伝子管理局の仕事には珍しくない。ドルスコ・ドーマーは滅多にない局長からの電話に、異常事態発生を感じ取った。

「帰還は私1人でよろしいですか?」
「君だけで良い。」
「では、直ちに帰還します。」

 ハイネは素早く考えて言葉を追加した。

「飛行が安定してテレビ会議が出来る状態になったら連絡をくれないか?」
「わかりました!」

 通話を終えてから、ドルシコ・ドーマーはふと思った。何故局長は「要請」するのだろう? 「命令」で構わないのに、と。
 ハイネはドルスコに対して行った要請と同じ物を、北米北部班のドーソン・ドーマーにも送った。ドーソンはモントリオールに居て、すぐに帰れると答えた。彼は尋ねた。

「レインが何かヘマをしましたか?」

 南部班が無謀とも言える作戦を取っていることを知っているから、そう尋ねた。レインは前回のチーフ会議の後、衛星データを駆使して標的のアジトを何度も確認して、人間の動きも観察し、敵のスケジュールを把握して出かけた筈だ。しかし、2人で敵のど真ん中に降りるのは無謀そのものだろう、とドーソンは思っていた。
 ハイネはぶっきらぼうに言った。

「レインがヘマをしたとすれば、それは俺のヘマだ。」

 通話が切れて、ドーソンはびっくりして端末を見つめた。ローガン・ハイネ・ドーマーが時々普段と違う、砕けた言葉遣いをすることは噂で知っていたが、実際に聞いたのは初めてだ。ハイネがそんな言葉を使うのは、感情が昂ぶっている時だと聞いていた。
 ドーソンは本気で後輩が心配になった。

 ポール、お前は何をしたのだ?

 ハイネは最後にクロエル・ドーマーにかけた。中米班チーフは、ドームの中に居た。自身の執務室で事務仕事に励んでいた・・・実際は休憩スペースに置かれたドラムを叩いてストレス発散をしていたのだ・・・局長の電話に急いで飛びついた。

「クロエルでーーすっ!」

 ハイネは端末を耳から遠ざけた。

「クロエル、今夜緊急会議を開く。だが、その前にテレビ会議があると思ってくれ。」
「会議って・・・チーフ会議っすか?」
「そうだ。」

 ハイネはそれ以上語らず、電話を終えた。
 否、もう1人、連絡しなければならない相手がいた。ローガン・ハイネは溜め息をついた。叱られるのは必至だ。しかし気が重いのは、叱られるからではない。

 ドーマーを我が子として愛してくれるあのコロニー人に、何と言おうか・・・

 ハイネはケンウッド長官の心を傷つけることを何よりも恐れた。

2018年11月4日日曜日

牛の村   2 1 - 3

 ポール・レイン・ドーマーがライサンダー・セイヤーズと4Xと呼ばれる少女の保護に向かった日の夕刻。
 ローガン・ハイネ遺伝子管理局長はいつもの日課と午後の業務を終えようとしていた。否、実際は終えたくても終われなかった。北米南部班の第1チームと第4チームからの報告書が上がって来ていなかったのだ。レインが直接指揮を執っているチームだ。摘発に手こずっているのか、忙しいだけなのか、局長は少し胸騒ぎがして落ち着かなかった。こんなことは初めてだ。局員が生命の危険に晒される危険な目に遭ったのは初めてではない。だがこんなに嫌な気分になったことはなかった。

 子供達に何かあったのか?

 子供達とは、少年少女のことではない。彼の子供達、若いドーマー達だ。ハイネが珍しく自分からレインに電話をかけようかと思った時、保安課から電話が入った。

「局長、ワグナー・ドーマーから直通が入っています。」

 直通が保安課を通るのもおかしな話だが、外からドームに掛かってくる電話は全て保安課がチェックしている。保安課は話の内容ではなく、発信者の確認をしたのだ。ハイネは礼を言って、電話に出た。

「ハイネだ。」
「ワグナーです。局長、面倒な事態になりました。」

 北米南部班チーフ副官であり、第1チーム・リーダーであるクラウス・フォン・ワグナー・ドーマーは冷静な男だ。気は優しいが配慮を怠りなく、仲間を上手くまとめられる。レインが試験で上位の成績を納めなければ、この男が南部班のチーフになっていただろう。
 ワグナーは、ハイネに質問をさせずに本題に入った。

「チーフ・レインがラムゼイに捕まりました。今回の作戦は失敗です。」

 ハイネは黙って端末を見つめた。それから、尋ねた。

「君は今どこからかけている?」
「タンブルウィード支局の支局長室です。ハリス支局長が行方不明です。彼が我々の情報をラムゼイに流したと思われます。」
「ハリスが裏切った?」
「そうです。彼の部屋の机に、抗原注射の薬剤があります。ドームの正規薬剤ではありません。恐らく地球の外気が怖いコロニー人のハリスに、ラムゼイが密造薬剤を売りつけて、薬浸けにしたのだと思われます。ハリスはその代償にこちらの情報を流していたのでしょう。」
「では、今日の作戦も漏れていたのか?」
「作戦をハリスに打ち明けたのは今朝です。ハリスは慌てた筈です。ラムゼイに買収されていたパイロットをヘリに乗せ、それにチーフ・レインとアレクサンドル・キエフを乗せたのです。恐らく計画的ではなかったと思います。キエフが逃げて戻って来たのです。」

 ハイネは、髭面のひょろりとしたロシア人を思い浮かべた。あの衛星データ分析官が逃げて来た?

「キエフはチーフを見捨てたのか?」
「チーフが逃したのです。」

 ワグナーはキエフに聞かされたヘリの上でのレインの奮闘ぶりを語った。レインはヘリから落とされかけたキエフを救おうとして、2人で池に飛び降りて、そこから二手に別れたのだと。

「チーフは夕刻になっても連絡をして来ません。端末は破壊されていました。」

 ワグナーの報告は絶望的だった。

牛の村   2 1 - 2

 クローン観察棟は基本的に遺伝子管理局が保護したクローンの子供が健康障害を持っている場合のみ収容する施設だ。子供達は深刻な遺伝性の病気を抱えており、ここで治療され、教育を受ける。そして親が出所する頃に健康に問題がないと判断されると外の収容所に移送され、やがて親と再び暮らせる。だから、観察棟の食事は給食制で棟内に運ばれて来るのだが、ダリル・セイヤーズは成人だし健康そのもの、ドーム育ちのドーマーなので、食事の時は監視付きで医療区の観察下の出産管理区の食堂を使った。女性達の利用者が少なくなる遅い時刻に連れて来られ、保安課員の監視の下で食べる。担当のピーター・ゴールドスミスはすっかり彼に馴染んでしまっていて、彼が声を掛けてくる女性の相手をしても邪魔をしない。邪魔をすれば却って女性達から不審がられるとわかっているからだ。セイヤーズもちゃんと自身と彼の立場を弁えており、余計なことは喋らない。制服を着ていれば出産管理区のスタッフのふりが出来るが、観察棟の収容者なので、彼は寝巻きだ。長期療養中のスタッフだと誤魔化していた。
 ケンウッド長官は、女性執政官達がガラス壁のこちら側でセイヤーズの批評をしているのを、少々腹立たしく思いながら耳にしていた。聞くつもりはなかったが、セイヤーズの名前が出たので、つい耳を欹ててしまう。
 女性執政官達は、セイヤーズの「お勤め」の話をして盛り上がっているのだ。セイヤーズの遺伝子を使用して女の赤ちゃんを作るプロジェクトが進行していた。セイヤーズはポール・レイン・ドーマーの恋人だが、レイン以外の人間に対しては、異性愛者だ。だから彼は男性執政官が担当する「お勤め」を拒否した。それで女性達が相手をしているのだが、ただ注射を打って、自身で遺伝子を採取させるだけの筈なのに、彼女達は楽しんでいる。恐らく、お誕生日ドーマーの感覚でセイヤーズの体を弄んでいるのだろう。そして、哀しいことに、セイヤーズもそれを嫌がっていない。女性達の方からお相手してくれるのだから、女性不足で悩む地球人男性としては大歓迎なのだ。

 いつから検体採取室がラブホテルになったんだ?

 ケンウッドは苦々しい思いで食事をしていた。彼女達は地球人保護法違反すれすれを平気でやっていることを意識していない。遺伝子管理局内務捜査班から摘発を受けたら、どうするつもりだ?
 そこへゆっくりとした足取りで近づいて来たのは、ダルフーム博士だった。よろしいか?と声を掛けられて、ケンウッドは手でどうぞと前の席を勧めた。
 ダルフームが静かに座った。

「なんだか急に物事が動き出したような気がします。」

と彼は言った。ケンウッドが頷くと、彼はガラス壁の向こうを見た。

「ずっと女性を産ませる能力を持つ者の出現を待っていましたが、ここに既にいたなんてね・・・」
「そうですね。」
「サンテシマの横暴がなければ、もっと早く解決していたでしょうにな。」
「ええ・・・」

 ダルフームが疲れているように見えた。ケンウッドが何か元気つける言葉を探していると、老博士が振り向いた。

「来月、私は退職しようと思います。」
「え?」

 ケンウッドは面食らった。

「しかし、これから貴方の発見が実証されて・・・」
「まだ根本原因はわかっていませんよ。」
「だからこそ・・・」
「もう疲れたのです。」

 ダルフームが苦笑した。

「そろそろ重力が堪えて来ました。それに木星のコロニーに移住した家族から、早く来いと矢の催促でしてね。私も動けるうちに次の人生を始めてみようかと思っているんです。どうか、委員会にその旨を伝えて頂けませんかな?」
「・・・」
「200年掛けて解けなかった謎が、アッと言うまに解けてしまう、そんな悔しい瞬間に、私は立会いたくないのです。」

 ケンウッドは思わず苦笑した。

「言われてみれば。そうですね。私も無力だ。毎日ハイネ局長に、執政官は何を研究しているのかと尻を叩かれているのに。」
「貴方は行政をしっかりやってくれています。」
「でも科学者とは言えない。」
「失礼だが、貴方には行政の力がおありだ。どうか誇りを持って下さい。ドーマー達も
貴方についてきている。貴方がいるから、謎がもうすぐ解けるのですよ。」

 ダルフーム博士は、ケンウッドを彼流に励ましてくれた。

2018年11月2日金曜日

牛の村   2 1 - 1

 ポール・レイン・ドーマーがメーカーのアジトと思われる農場を家宅捜査すると言ってきた。垂れ込みがあったのだと言う。それも・・・

「あの声は確かにライサンダー・セイヤーズでした。」

とレインは断定した。

「ラムゼイ一味が引っ越すと言ってきました。行き先は不明です。彼は言いませんでしたし、俺も時間をかけると通話がバレると思ったので、彼にそれ以上喋らせませんでした。恐らく、彼も行き先は聞かされていないでしょう。」

 彼は局長執務室の中央にある会議テーブルの上に空中画像を立ち上げた。農場の空撮画像だ。

「電話の発信元はこの母屋と思われる大きな建物です。部屋がたくさんあるので、見つからないよう隠れて電話をかけてきたものと思われます。」
 
 彼はポインターの光を中庭に当てた。

「ルーカス・ドーマーが少女を確認したのが、この場所です。子供達はこの農場にいます。そして救助を求めているのだと、俺は信じています。」
「罠ではないのか?」

とクリスチャン・ドーソン・ドーマーが発言した。北米北部班のチーフで、レインより10歳上だ。レインにとては、仕事のノウハウを教えてくれた師匠であり先輩だ。レインにとって、局長は遥かに年上で偉大過ぎる。それに現場経験がないハイネは、細かな仕事のやり方を何も教えられない。最終目標を与えるだけで、何をどうせよと教えることはない。だから、レインがいざ具体的な業務内容を相談したいと思った時は、ドーソンに頼るのが常だった。そのドーソンが、レインの考えに懸念を抱いた。

「ライサンダー・セイヤーズは、我々ドームの人間に不審を抱いて逃亡したのだろう?何故今頃になって君に助けを求めてくるのだ?」

 レインはその質問を想定していたので、答えた。

「ライサンダーは俺のチームに追われた時、川に転落しました。その時、少女も近くにいた筈です。彼等は俺達から逃れた後、ラムゼイに拾われたのでしょう。川は農場がある方角に流れています。放牧地で使用人が彼等を見つけたのかも知れません。」
「ラムゼイは、少女を狙ってベーリングとか言うメーカーを全滅させちゃったんすよね?」

と口を挟んだのは。中米班チーフのクロエル・ドーマーだ。

「少女だけ攫って、少年は放置しても良かったんじゃないすか?」
「少年が怪我をして動けなかったとしたら? 彼を助けてやるから、ついて来いと言えば、少女も仕方なくついて行くだろう?」
「成る程、人質なのね。」
「互いを離して、人質同士にして働かせているんだろ。」

 南米班チーフ、ホアン・ドルスコ・ドーマーはあまりこの会議に気乗りしていない。彼は明日からまた10日間の南米出張が待っている。早くアパートに帰って眠りたいのだ。

「少女は逃げ出したいんだよ。だから、レインに来いと言ってるのさ。そしてガキも逃げ出したがっている。ラムゼイと一緒にいれば、ダリルと会えなくなるからな。」

 ドルスコが呟いた。

「どうしてドーマーがメーカーに子供を作らせたりしたんだよ・・・」

 彼は面倒臭い事態を引き起こしたのは誰の責任だと、言いそうになって、執務机の向こうからこちらを見つめているローガン・ハイネの青みがかった薄い灰色の目と自分の目を合わせてしまった。局長は何も言わないが、ここでセイヤーズの過去の行為をとやかく言うのは筋違いだと目が言っていた。ホアン・ドルスコは小さくなって、視線を画像に向けた。
 レインが地図を広域に戻した。

「俺が部下を1人連れて、空から農場を訪問します。残りの部下は地上から農場を取り囲みます。ラムゼイと思われる老人は足が不自由で、反重力サスペンダーを用いないと1人では立つことも歩くことも出来ないそうです。俺はヤツを抑え、子供達を部下達に保護させます。」
「なんだか勇ましい話だが、少人数で大丈夫なのか?」
「麻痺光線を乱射すれば、まず敵の大半は気絶させられます。向こうの銃より安全で確実です。」

 実際、遺伝子管理局はよくその手の方法でメーカーを逮捕してきた。光線はエネルギーさえ充填しておけば、半時間は保つ。2人の局員でその10倍の敵を一網打尽に出来たこともあるのだ。チーフ仲間の心配は、少年少女が人質に取られる場合だった。
 レインは局長を振り返った。実戦経験のないリーダーがどんな判断を下すのか、ちょっと不安だった。ローガン・ハイネは部下達が傷つくことを一番嫌う。

「局長、許可をお願いします。ライサンダー・セイヤーズと4Xの保護に行かせて下さい。」

 ハイネが彼を見返した。

「地上と空からのタイミングを間違えるなよ。」

と彼は言った。




2018年11月1日木曜日

JJのメッセージ 2 1 - 10

 遺伝子管理局長ローガン・ハイネ・ドーマーには、富豪の奥方より重要な小娘の件を抱えていた。朝食会の話題が終わったと判断したので、彼は一番重要な報告に移った。

「レインが昨日部下のジョージ・ルーカス・ドーマーから受けた報告ですが・・・」

 ケンウッドが物思いから覚めた表情で振り返った。

「4X関係か?」
「そうです。」

 ゴーン副長官にどれだけ情報が伝わっているのか、ハイネはわからなかったが、彼女も毎日この打ち合わせ会に出ているから、説明は要らないだろう。

「ニューシカゴから南西に下った農場で、少女を目撃したそうです。」
「農場?」
「かなり以前から牛の生産をしている農場があるのですが、そこに人の出入りが多く、誰がいるのか、何人住んでいるのか、付近の住民にもよくわかっていないらしいのです。」
「もしや、メーカーのアジトなのか?」
「そのようです。牛の生産と言えば、体外受精などを行いますから、人間の研究も隠れて出来るでしょう。それに農場の名義に登録されている男性は生きていれば90歳になるのですが、実際に住んでいる男は高齢ではありますが、名義人ではないそうです。」
「高齢の男性? まさか、ラムゼイなのか?」
「可能性はあります。」
「少女はそこで何をしているのだ?」
「ルーカスが見た時は庭で立って空を見上げていたそうです。」
「・・・わからんなぁ・・・」
「拘束されているのではなく、働いているのかも知れません。レインは部下達にもっと詳細を探れと命じたそうです。」
「うむ・・・」
「それから・・・」

 ハイネはこれも不確かですが、と続けた。

「ニューシカゴで葉緑体毛髪を持つ少年が目撃されています。セイヤーズの息子と年恰好が似ているので、ライサンダー・セイヤーズの可能性があります。」
「葉緑体毛髪は珍しくないだろう? 一時期地球上でもコロニーにでも大流行した髪だ。セイヤーズの息子と決めつけるのは如何なものか?」
「その少年を同伴していた男が、少女が目撃された農場の男であってもですか?」
「そうなのか?」
「その男は、農場主の秘書と呼ばれています。滅多に外出しないそうですが、主人の身の回りの世話を任されているらしく、主人の個人的な買い物はその秘書がする習慣になっているとかで、街では知られているそうですよ。」

 ゴーンは、ハイネの口調がのんびりしているので、どこまで重要な話なのか掴めなかった。しかし養子のクロエル・ドーマーがいつも局長の言葉に感銘を受けている様子なので、きっと全部重要なのだろう。
 ケンウッドは考え込んだ。コロニー人の遺伝子学者サタジット・ラムジーと思われる 
メーカー、ラムゼイが農場主ならば、セイヤーズの息子と4Xと呼ばれる娘は何故そこにいるのだろう? 
 その時、ハイネがまた言った。

「少女はヘリで上空を旋回したルーカスに手を振ってくれたそうです。まるでおいでと言っているかのように・・・」