2018年11月29日木曜日

トラック    2  1 - 5

 ハイネの端末に電話が着信した。保安課が直通を通したのだ。発信者は正に今局長執務室内で全員が見つめている白い点の主だった。

「ハイネだ。」
「クロエルです、局長! レインを無事に保護しました。」

 クロエル・ドーマーの声をハイネは拡声にして秘書達にも聞かせた。

「レインは疲れていますが怪我はありません。今日中にドームに送り返します。それから、ライサンダー・セイヤーズとJJ・ベーリングも保護しました。例の少年少女です。彼等も無事で、今、セイヤーズが健康チェックしています。」

 セルシウスが、キンスキーがホッとした表情になり、ネピアすら口元に微笑を浮かべた。ハイネが尋ねた。

「部下達に怪我はないか?」
「ちょっと銃撃戦がありましたが、味方は局員も警察も無事です。メーカーは4名が負傷しましたが命に別状ありません。手当が済み次第逮捕します。」

 そしてクロエルは珍しく少し間を置いてから言った。

「ラムゼイは確保出来ませんでした。彼は仲間より早く出発したそうで、このトラック隊にはいなかったのです。」
「また逃げたのか・・・」

 ハイネ局長が少しがっかりした声を出した。アメリカ・ドーム最大の汚点を解消出来る機会だと思っていたので、落胆したのだが、若い部下に失望したのではなかった。本物の地球人の女性を作り出した仕組みを知りたかったのだ。

「ラムゼイには逃げられましたが、彼の身の回りの世話一切合切を仕切っている秘書、ジェリー・パーカーを逮捕しました。我々が急襲した際に、逃亡を図り、さらに自死を選ぼうとしましたので、麻酔で眠らせています。」
「ラムゼイの秘書?」

 ハイネの表情がかすかに動いた。興味を抱いたのだ。クロエルに少し待てと言い、セルシウス・ドーマーとネピア・ドーマーを振り返った。

「悪いが発信機の練習はそこまでにしてくれないか。現地の映像を見たい。」
「わかりました。」

 セルシウスが応え、ネピアが端末を操作した。生体エネルギーの白い点を中心とした空中模型が消えた。ハイネは自身の端末を覗いた。

「クロエル、カメラを使ってそのラムゼイの秘書を映してくれないか?」
「わかりました。」

 クロエルは何故局長がメーカーの秘書を見たがるのだろうと疑問を感じながら、歩き出した。端末のカメラを起動してテレビ電話に切り替えた。埃っぽい砂漠の道路が局長執務室の会議テーブルの上に現れた。警察官達がラムゼイの手下達を護送車に連行して行くのが見えた。局員達がトラックの積荷を下ろして遺伝子管理局が押収するものと警察が押収するものに仕分けている。誰かが怒ったような声で怒鳴っていた。それを聞いて、ハイネが微笑んだ。

「クロエル、ニュカネンも引き込んだのか?」

 リュック・ニュカネンは元ドーマーだ。ポール・レインとダリル・セイヤーズ、クラウス・フォン・ワグナー、それに司厨長のピート・オブライアンと一緒に育った部屋兄弟なのだが、局員時代に外の女性と恋に落ち、ドームを卒業して行ったのだ。ドームは彼の為に、そして遺伝子管理局の業務を補佐する目的で出張所と言う機関を創設した。地球人が違法な遺伝子研究をしないよう研究機関を見張る役所だ。ニュカネンは南北アメリカ大陸で最初の出張所所長だ。真面目で頑固で規則重視の堅物で有名だ。
 クロエルは中米班のチーフで、今の地位に上がる前は南米班にいた。ニュカネンとは仕事上の接点が殆どなかったのだが、彼の堅物ぶりは有名で、まだ訓練所にいた頃からクロエルの耳にもそれは届いていた。だから、彼はテレビ電話で局長に片目を瞑って見せた。

「だって、地元なのにシカトしたら、後がややこしいっしょ?」

 リュック・ニュカネンが腹を立てていた相手はポール・レイン・ドーマーだった。レインはくたびれた表情で車の座席に座っていたが、部下に指揮を執ろうとしてニュカネンに叱られたのだ。

「今日の君の部下はクロエルの部下だ。君は大人しく休んでいろ!」

 近くの別の車の陰では、ダリル・セイヤーズが息子と少女と共に休憩していた。セイヤーズの息子は綺麗な緑色に輝く黒髪を持っていた。クロエルが前を通った時、ちらりと顔を上げ、カメラにしっかりその顔を写された。ああ、とハイネが電話のこちら側で呻いた。

 レインによく似ているじゃないか・・・なんてことをしてくれた、セイヤーズ!