2018年11月27日火曜日

トラック    2  1 - 3

 遅い昼食の後、ラナ・ゴーン副長官は好きな時に暗闇の中で眠れる地下のクローン製造部へ戻って行った。ニコラス・ケンウッド長官も図書館の個別ブースで昼寝をすると言うので、ローガン・ハイネ遺伝子管理局長は1人で庭園へ向かった。そして歩き続け、庭園を抜けて森に入り、さらにその端に辿り着いた。樹木が途切れ、目の前に草原が広がっているのを彼は暫く立って眺めた。それから静かに用心深く足を前へ踏み出した。腕を前に伸ばし、10メートル程行くと、指が硬い物体に触れた。ドームの壁だ。内側から見ると透明で何もないように見えるが、外から見ると虹色の光が絶え間なく蠢く不思議な巨大な繭だ。
 ハイネは壁の位置を確認すると、数メートル後退した。ポケットから端末を出し、近くの地面に置くと、見えない壁に向かってダッシュした。壁の手前でジャンプして、そのまま彼の体は空中で停止した。急いで彼は体を捻り、顔を上に向けた。体が柔らかなウレタンの様な物で包まれ、ほんのり温かく、ベッドに入った気分だ。
 ドームの壁は宇宙船の外壁と同じ素材で造られている。宇宙空間を猛スピードで飛んでくる石や古い宇宙船の残骸が衝突した時に、ふわっと包み込んで衝撃を緩和させ、船体にダメージを与えない様になっている。時間が経てば壁は形状を元どおりにして、捕まえた物をポロリと排出する。
 ハイネは子供時代に偶然この壁の特徴を自分の体で学んだ。部屋兄弟のダニエル・オライオンと鬼ごっこをして、近づいてはいけないと大人から言われていた壁に気づかずに激突したのだ。壁は彼を優しく受け止めてくれた。ハイネは、壁が受け止めるのはスピードを出してぶつかる物だと知った。ゆっくり手を伸ばして触れても、壁は硬い壁のままなのだ。試しに体当たりすると、空中に浮かんだ形で彼の体は壁の中に斜めになって停止した。顔を壁に接触させたままにすると、壁が包み込んで呼吸が出来なくなる。急いで体を反転させる必要があることも知った。
 オライオンに教えると、弟は面白がって、2人で何度も壁に飛びついて遊んだ。壁は2人だけの秘密の遊び場となり、大人になってオライオンがいなくなると、ハイネは泣きたい時に1人で過ごす場所として使った。そして長い時間の経過と共に、壁は彼だけの昼寝の場所になったのだ。壁の中にいる時は、端末を携帯出来ない。電子機器が変調を来すので、必ず体から離して地面に置いておく。誰にも邪魔されずに昼寝をしたい時にだけ使う、貴重な場所だった。
 ハイネは目を閉じた。大事な子供達が外で敵と戦っている時に、彼は不安を抱えてただ机の前に座っているより、体と精神を休めて非常事態に備えて体調を万全に保っておきたかった。
 壁の仕組みを知らない人が見たら、それは不思議な光景だっただろう。真っ白な髪のスーツ姿の男が空中で斜め姿勢で浮かんでいるのだから。