2018年11月15日木曜日

牛の村   2 2 - 2

 ダリル・セイヤーズ・ドーマーをドームの外へ、危険な任務をさせる為に、出動させる是非を執政官達だけで話し合った。ダルフーム博士を始めとする半数が反対の立場を取った。今セイヤーズを失うことがあれば、地球人の復活は2度と望めないかも知れないと彼等は危惧した。賛成派は1人のドーマーもメーカーの魔の手に渡したくないと言い張った。それにセイヤーズの子種は既にかなりの数をストックしている。新しい子供を作って、その子供が女の子である確率は五分五分だ。生まれてくる女の子が、次の世代に女の子を産んでくれるまで、まだ四半世紀近く待たねばならない。その間に、セイヤーズ1人に頼らなくても問題を解決することができるかも知れない。
 議論を聴きながら、ケンウッドは会議室内のドーマー達の様子をそっと見た。ハイネ局長はテーブルに両肘をつき、顎を手に載せて完全にうたた寝状態だ。地球人が就寝する時刻だから無理はない。若いドルスコ・ドーマーとクロエル・ドーマーは互いの端末を使って業務の引き継ぎを行なっていた。会話がスペイン語なのでケンウッドにはわからない。ドーソン・ドーマーは救出作戦に出ない北米南部班のリーダー達とメッセで打ち合わせ中だ。
 突然、誰かがテーブルをバンッと叩いて、議論していた執政官達を黙らせた。

「堂々巡りの議論をしていても仕方がないでしょう?」

と言ったのは、ラナ・ゴーン副長官だった。

「遺伝子管理局はもうレイン救出の準備に取り掛かっているのですよ! 局長もクロエルも、セイヤーズを戦闘に出すとは言っていません。道案内に必要だと言っているだけです。早くこちらの方針を決めないと、彼等から貴重な時間を奪ってしまいます。レインをどんどん危険な状況に追い込んでしまうのは、私達の優柔不断さですよ!」

 それまでハイネ同様うたた寝状態だったヤマザキ・ケンタロウが目を開いて、クスッと笑った。彼は言った。

「セイヤーズの健康はすっかり回復して、毎日女性執政官相手に研究材料を提供しているじゃないか。たまには外に出して運動させてやれよ。どうしても結論が出ないのであれば・・・」

 彼はケンウッドを振り返った。

「長官の英断に任せるこった。」

 こっちへ振るのか? ケンウッドは他人事みたいなヤマザキの言葉にムッとしたが、彼自身も議論が無駄なことがわかっていた。ハイネもクロエルも、セイヤーズを救出作戦に加えたいから、この会議を開かせたのだ。
 ケンウッド自身は、研究を脇に置いても、セイヤーズを外に出したくなかった。セイヤーズだけではない、救出作戦に出て行くドーマー達全員を引き止めたい思いだ。彼は可愛いドーマー達に危険な目に遭って欲しくなかった。しかし、それが過保護だとも承知していた。だから・・・
 ケンウッド長官は、出口近くで静かに会議の行方を見守っていた保安課長、ロアルド・ゴメス少佐に声を掛けた。

「ゴメス少佐、悪いがダリル・セイヤーズをここへ連れて来てくれないか?」

 ゴメス少佐は「わかりました」と一言だけ応えると、立ち上がって小会議室から出て行った。
 ケンウッドはハイネ局長を見た。真っ白な髪のドーマーはまだ目を閉じていた。