2018年11月25日日曜日

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 ケンウッドは仕事をしていても救助活動に出たドーマー達が心配でならなかった。第2、第3のポール・レインが出ては困る。貴重な遺伝子を持っているセイヤーズが戻って来なくなる事態になっては困る。
 睡眠時間が短ったせいもあるが、気が散って仕事がなかなか捗らぬまま、昼前の打ち合わせの時刻になった。いつもの様にローガン・ハイネ遺伝子管理局長とラナ・ゴーン副長官が長官執務室に来て、所定の席に着いた。ゴーンは愛する養子のクロエル・ドーマーが救助隊の指揮を執っているのに落ち着いて見えた。息子を信頼しているのだろう。一方、ハイネ局長は眠たそうな顔をしていた。早くお昼ご飯を済ませて昼寝をしたいのだろう。
彼にとって部下を外に出すこと自体が心配な筈だ。毎日心配しながら過ごしている。だから今回の出動をそんなに気にしていない様にも見えた。彼にとって心配なのは、敵の手に落ちたレインだけなのだ、きっと。
 ケンウッドは仕方なく救出作戦が成功した場合を想定した研究予定を提示した。セイヤーズを再び観察棟に収容して検体を提供してもらう。遺伝子管理局は逮捕される予定のメーカー達からの押収品を調べる。
 遺伝子管理局から異議が出なかったので、取り替え子の予定のチェックをゴーン副長官と共に確認し合った。赤ん坊は毎日誕生する。何をおいてもこれは必ずやらねばならない仕事だ。
 ハイネは眠たそうに長官と副長官のやりとりを聞いていたが、彼の端末に電話が着信した。画面をちらりと見た彼は、顔を上げ、上司達に声を掛けた。

「申し訳ありませんが、部下から緊急連絡が入りました。」

 ケンウッドはドキリとした。ゴーンもハッとした表情で局長を振り返った。ハイネは失礼します、と言うなり、端末を操作して長官執務室の会議テーブルの上に発信者の画像を出した。クラウス・フォン・ワグナー・ドーマーだったので、ケンウッドとゴーンは肩の力を抜いた。

「打ち合わせ中、申し訳ありません。」

 ワグナーが謝ったので、ハイネは無駄な時間を使わせずに、報告せよ、と一言応えただけだった。ワグナーの背後は砂漠の様に見えた。ケンウッドは何処だろうと考えた。
 ワグナーが硬い表情で喋り出した。

「タンブルウィード支局長のレイモンド・ハリスが亡くなりました。逮捕するつもりだったのですが・・・」
「ハリスが亡くなった?」

 ケンウッドは思わず口を挟んでしまった。ハイネがチラッと睨んだので、慌てて手を振って、ワグナーに先を続けさせた。

「ハリスは昨日の午後から行方をくらませて、警察と僕等で探していたのですが、今朝になってキエフが衛星画像で砂漠の道路を走る彼の車を発見しました。直ぐに僕はキエフと警官1名を乗せてヘリを飛ばしたのですが、空からの追跡に気が付いたハリスは車のスピードを上げて逃げようとしました。」

 ワグナーは端末を背後の景色に向けた。そこでは10数名の警察官と鑑識官が働いていた。ケンウッドは地面に伸びる長い線状の物に気が付いた。何だろう?と思う間も無く、ワグナーが説明した。

「ハリスは鉄道の線路を横切ろうとして、踏切でない場所に突っ込みました。そこでタイヤがレールに引っかかって身動きが取れなくなり、車を放置して逃げれば良いものを、彼はそこで車を動かそうと虚しく努力したみたいで・・・」

 ワグナーはちょっと息をついだ。

「そこに貨物列車が来ました。あの・・・ご存知かと思いますが、列車って車より制動距離が長いんです。」

 ケンウッドもゴーンもハイネも全然ご存知ではなかったが、鉄道の線路で何が起きたか予想が着いた。

「列車と車がぶつかったら、まず車は負けます。グチャグチャで・・・」

 大きな鉄の塊になったグチャグチャの車の残骸に、ゴーンが目を覆った。ハイネが尋ねた。

「遺体の確認はしたのか?」
「はい。しかし、誰が見てもわからないほど損傷が激しかったので、キエフにDNA検査をさせ、つい先ほど結果が出ました。遺体はレイモンド・ハリスです。」

 ワグナーは溜め息をついた。

「すみません、逮捕してラムゼイとの関係を吐かせるつもりだったのですが・・・」
「起きてしまったことは仕方がない。」

 ケンウッドはまたハイネ局長より先に言ってしまった。ハイネは肩をすくめた。

「ハリスの遺体は宇宙へ送らねばならない。警察の検死が終わったら、ドームへ遺体を送ってもらえるよう、頼んでおいてくれないか?」
「わかりました。」

 するとハイネが言った。

「君とキエフはクロエルと合流したまえ。」
「えっ? クロエル・ドーマーとですか?」

 意外な名前が出て、ワグナーは驚いた。ハイネは説明を簡単に済ませた。

「レインの救出にクロエルとセイヤーズが北米南部班の部下と共に出動した。クロエルと連絡を取り合って、行動しなさい。指揮官はクロエルだ。」