2018年11月13日火曜日

牛の村   2 1 - 10

  ホアン・ドルスコ・ドーマーが中央研究所の小会議室に駆け込んだ時、ケンウッド長官とダルフーム博士を始めとする執政官の重鎮達が額を寄せ合って相談しているところだった。会議室の中央円卓の上には、ドルスコが飛行機の中で読んだクラウス・フォン・ワグナー・ドーマーの報告書が浮かんでいた。
 ドルスコは室内を見回し、クロエル・ドーマーとクリスチャン・ドーソン・ドーマーが並んで座っているのを発見した。クロエルの右隣の席が空いているが、別の見方をすれば、それはローガン・ハイネ・ドーマーの左隣が空いているのだった。ドーソンの左には各班のチーム・リーダー達が並んでいて、ドルスコが割り込む余地はなかった。仕方なく、ドルスコは局長の左隣に座った。
 ハイネ局長はテーブルに片肘を突いて顎を支えていた。執政官の相談がまとまるのを待つ間、退屈しているのだ。つまり、局長の考えは既にまとまっていて、執政官がどんな結論に至ろうと自説を押し通すつもりだ。ドルスコが着席すると、彼は横目でチラリと見ただけで何も言わなかった。
 同僚のクロエルとドーソンも黙っている。クロエルはテーブルの下で端末をいじっているし、ドーソンは瞑想でもしているのか目を閉じていた。部下のリーダー達は執政官達同様、重大事件発生にショックを受けていたが、上司達が落ち着いているので、騒がず静かに状況を見守っているのだった。
 やがて、執政官達が各自の席に戻った。ケンウッド長官が、ハイネ、と局長を呼んだ。

「ポール・レイン・ドーマーはまだ生きているのだね?」
「生きています。現在地も把握しています。」

 ハイネはそれ以上無駄なことは言わなかった。口を閉じて、長官の次の言葉を待っている。ケンウッドはさらに尋ねた。

「ラムゼイがラムジーだと言う確証は得たのかね?」
「彼がレイ・ハリスを薬漬けにしたことはわかっています。その薬剤は、抗原注射のワクチンと同じものですが、正規製品ではなく、密造品です。地球人は抗原注射を知りません。一般のコロニー人も知りません。知っているのは、清浄な空気で満たされたドームの中で生活するコロニー人とドーマーだけです。ラムゼイは元ドーマーなどではありません。ドームの中の生活を知っているコロニー人です。少なくとも50年は地球で暮らしているコロニー人です。」

 ざわざわと執政官達が囁き合った。50年前の「死体クローン事件」を知っている世代だから、ハイネの言葉だけでメーカーのラムゼイと事件の中心人物だった遺伝子学者を結びつけるのに十分だった。
 若いドーマー達はまだラムジーなる人物について知識がない。リーダー達は戸惑っていたし、3人のチーフも局長を見たが、ハイネはそれ以上説明しなかった。
 
「彼は何も要求してきていないのか?」

 ケンウッドの質問に、ハイネは首を振って見せた。もしラムゼイがドームに要求することがあれば、誰宛てに言ってくるのだろう? 長官か、局長か?
 ケンウッドは念の為に、もう一つ尋ねた。

「外の政府に接触した気配はないのかね?」

 ハイネは肩をすくめた。彼は連邦捜査局とは業務上連絡を取り合うことはあるが、政府と付き合いがない。
 ケンウッドが溜め息をついた。

「現状では、レインが保護するつもりだった少年少女より、レインの救出を優先した方が良いと言う意見で我々はまとまった。遺伝子管理局はレインを救出出来るか? もし無理なら・・・」

 彼は連邦捜査局に協力を依頼すると言おうとした。ハイネが遮った。

「我々は24時間以内にレインを救出してみせます。」

 執政官達が、そしてリーダー達が驚いて彼を見た。クロエル・ドーマーがニヤリと笑い、ドーソンが目を開いて部下達に向かって頷いて見せた。ドルスコはなんだか嬉しくなって気分が高揚するのを感じた。
 ハイネがリーダー達に声をかけた。

「君達に来てもらったのは、現在起きている重大案件を伝えるためだ。これからチーフと執政官だけで話し合うので、君達は帰ってよろしい。但し、チームによっては明日早朝に出動する者が出てくるので、各自準備はしておくように。出動チームが決まれば直ちに連絡する。以上だ。」
「解散!」

 チーフで年長のドーソン・ドーマーが声を掛け、リーダー達が素直に立ち上がった。