2018年11月21日水曜日

牛の村   2 2 - 7

 クロエル・ドーマーが陽気に「はいっ」と手を揚げた。

「僕ちゃんがセイヤーズのサポートをします。北米2班と違って、僕ちゃんはこっちのメーカーには知られてませんからね、近づいても怪しまれませんよ。」
「それに、誰もそんなおちゃらけたヤツが遺伝子管理局にいるなんて思わないだろうしな。」

と南米班。
 セイヤーズがクロエルを眺めた。きっとこのドレッドヘアのおちゃらけた若者を値踏みしているのだろう、とケンウッドは思った。確かに、中西部でドレッドの男は珍しい。たまに長距離トラックの運転手で見かけるくらいだ。クロエルは態度こそ不真面目に見えるが、抑えるべきポイントで質問を入れ、意見を述べている。中米は地峡とカリブ海諸島の複雑な地域だ。支局は形ばかりで、局員たちはほとんど独力で担当地域を飛び回って仕事をしている。「馬鹿」では絶対に務まらない地域だ。
 セイヤーズが局長を見た。

「彼にサポートをお願いしたいと思います。」
「君がそれで良いのであれば・・・」

 ハイネ局長はケンウッド長官を見た。セイヤーズは外に出せないドーマーのはずだ。出すには長官許可が要る。既に会議で決まりかけているが、まだ決定していない。
 ケンウッド長官は、ラナ・ゴーン副長官を見た。私はセイヤーズを信じるが君は? と目で問うたのだ。ラナ・ゴーンが頷いた。
 長官は「許可する」と宣言した。反対派の執政官達が彼を睨んだが無視した。

「ワグナーがまだ現地にいる。彼は『通過者』だ。彼も使え。」
「では、これから局に戻って作戦を練ります。セイヤーズを連れて行きますが、宜しいですね。」

 長官と副長官の了承を得て、ドーマーたちは会議室を出て行った。
 会議室に残ったケンウッド達は脱力感に襲われた。大切なドーマーの1人がメーカーに捕まり、地球人の未来がかかっている別の大切なドーマーが救助に向かう。執政官達には何も出来ない。ただドーマー達の作戦が成功することを祈るのみだ。
 ラナ・ゴーン副長官がケンウッドに尋ねた。

「何故ハイネ局長は私達に聞かせた情報をまた繰り返したのでしょう? セイヤーズに伝えるのでしたら、観察棟へ行って語って聞かせても良かったのではありませんか?」

 するとヤマザキが、眠たそうな目をしながら言った。

「副長官にはわかりませんかねぇ・・・」

 ゴーンが彼を振り返ると、ダルフーム博士も医療区長を見た。

「私にもわからないですよ、ヤマザキ博士。ハイネは何故時間を費やして我々に同じ話を聞かせたのです?」

 ヤマザキはケンウッドを見た。ケンウッドもハイネの意図がわからなかった。ハイネだけでなく、ドーマー達の考えが理解出来なかった。セイヤーズを救出作戦に使う許可を得てから、セイヤーズに情報を与えても良かったのではないか? 
 ヤマザキが頭を掻いた。

「僕等を守るためですよ。」
「私達を守る?」
「ドーマー達が我々を守ると仰ったのですか?」
「そうですよ。」

 ヤマザキは議場内を見回した。

「セイヤーズには地球の未来がかかっています。それは我々以上にドーマー達が一番よく理解している筈です。しかし、彼等はレインを救いたい。レインは彼等の家族ですからね。そして彼を24時間以内に救えるのは、セイヤーズだけでしょう。もしセイヤーズに何か悪いことが起きれば、或いは彼が再び逃亡してしまったら、責任は誰が負います? 」

 コロニー人達は互いの顔を見合った。ケンウッドが答えた。

「私だ。」

 ヤマザキが首を振った。

「確かに、長官の責任は重大だ。しかし、セイヤーズを外に出すことを認めた我々全員の責任でもある。もしセイヤーズが怪我をしたり、最悪死んだりしたら、地球もコロニーも、このアメリカ・ドームを責めるでしょう。だから・・・」

 彼はフッと溜め息をついた。

「ハイネはセイヤーズが自主的に救助活動に行く方向へ話を持って行ったのですよ。我々が命令したのではなく、要請したのでもない、セイヤーズに自分から進んで行くと言わせたのです。万が一のことが起きても、それはセイヤーズ自身の責任だと、我々に逃げ道を用意して、ハイネは彼とクロエルに部下達を託してレイン救出に向かわせるのです。」

 ケンウッドは胸に熱いものが込み上げてきて、そっと一同に背を向けた。心からドーマー達を愛おしいと思った。