2018年11月18日日曜日

牛の村   2 2 - 3

 ゴメス少佐が戻って来ると、やっとハイネが目を開いた。初めから寝てなどいなかったみたいに、スッキリした顔で入り口を見た。ゴメスに続いてダリル・セイヤーズ・ドーマーが姿を現した。寝入り端を起こされて、髪はボサボサ、観察棟入所者らしく寝巻き姿だ。彼は不安がることはなかったが、会議室内を見回して、一瞬「あれ?」と言いたげな表情をした。
 ケンウッドが声を掛けた。

「起こして悪かった。だが、今回の事案は君の力を借りた方が良いと思ったのでね。」

 するとハイネが立ち上がり、会議テーブルのそばに立った。この会議の主導権を取るつもりだ。ケンウッドは物問いたげな執政官達に頷いて承認させた。
 ローガン・ハイネ・ドーマー遺伝子管理局長が、テーブルの中央に3次元画像を立ち上げた。熟年の男性の画像だ。

「元執政官サタジット・ラムジー博士だ。50年前、アメリカ・ドームで起きた『死体クローン事件』の中心人物で、火星に送致される直前に逃亡し、今もって行方をくらませている。」

 彼はチーフたちが誰1人として反応しないことに気が付いた。全員50歳以下、若いので、50年前の事件など知らないか、歴史の一コマ程度の認識だ。ハイネ局長は事件の説明をしている場合ではないと判断したので、話を進めた。

「2月ほど前に、北米南部班が、メーカーのベーリングが4Xと言うクローン技術を開発したと言う情報を得て、それを故意に巷に流した。情報に飛びついたのが、ラムゼイ博士と呼ばれるメーカーの組織だった。」
「つまり、ラムジーとラムゼイは同一人物?」

 とクロエル・ドーマーが口を挟んだ。初めて聞く話なので、質問せずにおられなかったのだろう。ハイネは口を挟まれてムッとした表情をしたが、「未確認だが、恐らくそうであろうと考えられる。」と答えた。クロエルがまだ何か言いたそうなのを無視して、ハイネは続けた。

「ラムゼイはベーリングの研究所を襲撃してベーリングの妻子を誘拐した。それをベーリングが取り戻そうとしてラムゼイの研究所を襲い、2つの組織は共倒れになった。
しかし、ラムゼイ博士は当日不在で生き延びたのだ。そして、ベーリングの4Xだが、それは当局が考えた数式ではなく、遺伝子組み換えで生まれたベーリングの娘であることが判明した。」

おやおや、とクロエル。彼はいつも会議の時にこうなのか? とケンウッドはハイネをそっと伺い見た。局長は部下のチャチャ入れを無視した。

「北米南部班チーフ、レイン・ドーマーは、何を血迷うたか、18年前に脱走したセイヤーズ・ドーマーを共倒れになった両メーカーの研究所の近くで発見し、ラムゼイの研究所から逃亡した4Xの捜索をセイヤーズに依頼した。」

 ハイネが自分のアイデアをレインの発案にすり替えたのを、ケンウッドは気が付いた。奇抜なアイデアを部下に譲ったのだろう。責任を部下におしつける男ではないから、と彼は自身に言い聞かせた。セイヤーズは室内の人々の視線が自分に集まったのに気が付いた。すると、クロエルがまたしても横槍を入れた。

「レインは合理的に仕事をしただけでしょう。脱走者を働かせて娘の捜索をさせて、後で2人共回収する。」
「少し黙ってくれないか、クロエル・ドーマー!」

クロエルは、舌をぺろりと出して、黙り込んだ。そしてセイヤーズを見てウィンクしたので、セイヤーズはちょっと驚いた。