2017年2月6日月曜日

大嵐 13

 ライサンダーが再び眠ったので、ダリルはオフィスに戻った。ポールが休憩スペースの簡易ベッドで横になっていた。彼は明け方にアパートに戻り、着替えてジョギングに出かけ、再び戻るとシャワーを浴びてスーツに着替えた。ダリルを起こし、食堂で2人で朝食を取ってから、ダリルを医療区に行かせ、自身はオフィスに出勤したのだ。
 緊急の仕事だけ片付けて眠っている。ダリルはそっと彼の額にキスをして、ブランケットを掛けてやった。ポールが父親らしい振る舞いをしたことに、彼は内心驚いていた。ポールにとって、先ずダリルありきで、ライサンダーはダリルの付属品みたいなものだと、誰もが思っていたのだ。ダリル自身もそう思っていた。ポールは「家族」と言うものに対して、正にドーマーらしい考え方を持っている。家族とは遺伝子を共有している人間ではなく、一緒に暮らしている仲間のこと、それがドーマーの家族観だ。だが、ライサンダーに危害が加えられたと知った時、ポールは滅茶苦茶に怒った。電話の向こうで、マコーリーを銃殺しろと怒鳴った。もし、ニューポートランドの事件現場に駆けつけたのがダリルでなくポールだったら、本当にそうしていたかも知れない。遠い西海岸からとんぼ返りで戻って来たのも、ドーム中をびっくりさせた。
 ポールを寝かせたまま、ダリルはお昼まで仕事をした。医療区から連絡はなかったので、息子は落ち着いたのだと思われた。しかし安心はまだ出来ない。ライサンダーが強がって見せて、その実繊細な心を持っていることを、父親はよく知っていた。
 正午前にポールが目覚めた。時計を見て、彼は顔をしかめ、ダリルに何故起こさなかったのか、と文句を言った。

「寝ぼけてミスをされては困るからね。」

とダリルが言い訳すると、彼はふんっと拗ねて見せた。

「寝坊ばかりする秘書に言われたくないな。」

 オフィスの隅の洗面コーナーで顔を洗って、彼は振り返った。

「ライサンダーはまだ寝ているのか?」
「医療区から何も言ってこないから、多分寝ているのだろう。」
「起こして昼飯に行かないか?」
「あの子を連れてか?」
「患者用の飯より食堂の方が美味いだろうが?」
「それはそうだが・・・」

 ライサンダーはまだ大勢の人の前に出たくないだろうとダリルは思ったが、ポールと一緒に医療区に向かった。
 ライサンダーは起きていた。ベッドの上に座ってテレビを見ていた。
 ドームの中で流される番組は主に娯楽番組と教育番組で、ニュースは殆ど見られない。コロニー人達は、ドーマーに外の世界の醜い面を見せたくないのだ。彼等の可愛い地球人達は純粋な心のままで生きて欲しい、とコロニー人達は情報のコントロールをしていた。しかし、ドーマー達は視聴を許可されているドラマや映画から、様々なことを学んでいるのだ。コロニー人より世間のことを知っていた。
 ライサンダーは昨日の事件の報道を求めてチャンネルを順番に変えていった。しかしニュース番組がないことにすぐ気が付いた。天気予報すらないのだ。

 これだから、父さんは町の住人からずれて見えたんだ・・・

 子供心にダリルが世間知らずであることがわかっていた。それが山奥で暮らしている人嫌いの性格から来ているのだとばかり思っていた。

 そうじゃない、ドームの中では情報コントロールが為されているんだ。父さんは外のことを教えられずに育ったんだ。

  ライサンダーがテレビを消したところへ、ダリルが顔を出した。

「起きているか、ライサンダー。」
「うん、起きてる。もう寝ているのに飽きた。」
「では、食事に行かないか? もうお昼だ。」
「お腹空いてないけど・・・」
「ドームの中を少し案内するよ。」

 誘われて、ベッドから出ると、検査着を見た。

「俺、この服のままで外に出るのは嫌だな。」
「すぐに普通の服を持って来てもらおう。」

 ダリルは端末を出して維持班に電話を掛けた。息子の服のサイズをすらすらと言ってのけたので、ライサンダーは今更ながら父親の能力に感心した。彼が父に部屋の中で待てば、と提案すると、驚いたことにダリルは廊下に居たポールを引っ張り込んだ。親子3人が揃うのは、セント・アイブス郊外でのラムゼイ一派の逮捕劇以来だ。
 ライサンダーと2人きりの時とは違って、ポールはダリルの前では大人しかった。照れているんだよ、とダリルが息子に笑いかけると、彼はムスッとして、時計を見た。維持班が息子の着替えを持ってくるのが遅いと、苛ついている振りをした。
 運ばれてきた服はスーツではなく、普通のジーンズパンツとTシャツだった。ライサンダーが着替える間に、ポールは退院の手続きに受け付けへ行った。

「スーツでなくて良かった。」

とライサンダーが呟くと、ダリルはスーツは遺伝子管理局の制服で、他のドーマーはそれぞれの制服があるのだと教えた。