2017年2月26日日曜日

オリジン 6

 朝食の後で、ライサンダーはダリルに案内されて中央研究所に行った。前回も執政官に案内されて行ったので、受付は彼の顔を覚えていた。

「次からは1人で大丈夫だよ。」

とライサンダーは親の心配性を笑った。ダリルは「そうか」とすまし顔で言ったが、副長官が現れると真面目な顔で挨拶した。

「おはようございます、息子を連れて来ました。」

 ラナ・ゴーン副長官がニコリと微笑んだ。

「おはよう、ダリル・セイヤーズ。おはよう、ライサンダー。」

 彼女は普段はダリルを姓だけで呼ぶのだが、息子が一緒なので名前も呼んだ。彼女の声を聞いて、ライサンダーはおや?と思った。最近どこかで聞いたことがある・・・。
彼女が彼に尋ねた。

「随分早く到着しましたね、早朝の便で来たのですか?」
「いいえ、昨夜のうちに・・・」

 ライサンダーはハッと思い当たった。昨晩ダリルとデートしていた女性の声だ。
 一瞬うろたえたが、ダリルも副長官も気が付かなかった。
 ダリルが彼女に「では、よろしく」と言って、中央研究所から出て行こうとした。ライサンダーは慌てて彼に声を掛けた。

「父さんは俺の子供を見ないの?」

 ダリルが肩越しに振り返って言った。

「関係者以外、地下は立ち入り禁止だ。」
「でも、父さんは祖父さんなのに・・・」

 ダリルは無言で前を向き直り、さっさと出て行った。
 ライサンダーは副長官を振り返った。父親のガールフレンドは可笑しそうに笑っていた。

「人工子宮から子供が出てくる迄は、祖父と言う自覚を持つ男性は殆どいませんよ。」
「でも、Pちゃんは・・・あっ、レインは自分で祖父さんだと言ってますよ。」
「レインが? あの人が?」

 副長官が驚いたふりをすると、受付のドーマーも目を見張って見せた。「面白いわね」とラナ・ゴーンが呟いた。

「ライサンダー、貴方は私達が知らなかったドーマー達の真の姿を見せてくれるのね。」

 受付のドーマーも言った。

「案外、レイン・ドーマーは家族への情愛に満ちているみたいですよ。」

 そしてそのドーマーはライサンダーに言った。

「レインをPちゃんと呼んでも大丈夫だよ。JJが彼をそう呼ぶから、ここではみんなが彼をPちゃんと呼んでる。勿論、本人がいない場合だけどね。」

 彼はライサンダーにパスを渡した。

「これから毎週来るんだろ? これを提示すればいつでも受け付けるよ。規則を守ってくれれば、そのうち1人でも地下に行けるだろう。」
「顔パスじゃ駄目?」
「一応、記録に残さなきゃならないから、これを地下入り口の受付機械にかざさないと駄目なんだ。」
「わかりました。」

 ラナ・ゴーンが声を掛けた。

「では、降りましょうか。 ドアを抜けたら子供達を守る為に防護服を着てもらいますからね。」

 彼女はライサンダーをエレベーターに誘導した。静かに地下へ降下して、扉が開くとロビーがあり、ロボットが受け付けをしていた。機械にパスをかざし、次の部屋で白い防護服を着た。マスク越しに見る世界は狭い。ライサンダーは毎週こんな窮屈な思いをしなければ娘に会えないのかと、ちょっと情けなく感じた。
 イヤフォンを通してラナ・ゴーンが装備の使い方を簡単に説明した。それから、

「胎児が7ヶ月を過ぎる頃になれば、防護服は不要になります。人工子宮の場所が移動になり、通路から面会出来るようになります。子供もこちらを見ていますから、言動には気をつけてね。」

 と注意した。
 分厚い扉が開き、ライサンダーは両親も知らない未知のドームの地下世界へ足を踏み入れた。